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賢者とバニーガールと  作者: ふぉー
1章 冒険の始まりとバニーガールと
23/25

23話 再度挑む。ヴルックス迷宮後




 いつもの酒場ではなく、宿の部屋で落ち着くことになった。

 細々とした事後処理を済ませて、ベッドの上に腰かけて溜め息をつく。

 外を見れば日もすっかり落ちて、一階の食堂も火を落としてしまっているような時刻。


 酒場では今頃、僕が仕留めた魔物の回収権を賭けた競売も終わっている頃か。高値がついていればいいが。

 遊び人の混ざっている少数クランが、初めて持ち込んだ戦利品が黒牙熊を含む多量の小鬼の角なのだ、アルネラは大袈裟に騒いでいたし、酒場の主人まで驚いていた。


「……で?」


 僕はテーブルに座っている人物へ問う。

 結局フルルに賢者の力を振るっていたときの記憶はなく、手に入れた石も賢者の石ではなくて、ただの色付きの魔石だった。


「じゃから、フルーレルが無茶苦茶な使い方をしたせいじゃと言うとろうが。二代目賢者は力に溺れ、赤竜へと変貌し、人の軍勢に討たれてその力を使い切ったんじゃ」


 椅子に膝を抱えて座る賢者ゼィロルは疲れを隠さずにいう。


「賢者の力を手に入れておいて、そこから人に戻るとは……フルーレルはやはり他の賢者とはどこか違ったようじゃな。興味深い」


 ということらしい。

 いつもの酒場を避けた理由の一つこれだ。

 10階層からフルルを背負い満身創痍で引き上げている途中、マアシャンテの身体に戻って全力を取り戻したゼィロルが現れ――帰りの護衛をしてくれた。


 現在、本当ならマアシャンテは国外に居ることになっているので、混乱を避けるために人目を避けたいそうだ。

 空を飛んで帰って来たらしい。もう隠身魔法を使うのもだるいとぼやいていた。


「……で?」


 フルルは隣の部屋をとってそのまま休ませてある。目が覚めたら賢者の石がただの色付き魔石になっていることを告げなければならないのか。憂鬱だ。


「おぬしが酒場に行っとる間に少し目を覚ましておったからな、マアシャンテとして簡単に顛末の説明をしてやっとるよ。強い力を持った魔宝石じゃったが、力の使い方を誤って力は失われてしもうたと説明しておいた。嘘は言うとらんじゃろ?」

「そうなのか、それは助かった。ありがとう。それで?」

「なんじゃ突っかかるのう。それで? とは?」


 僕は呆れと疲れを含んだため息を一つ吐いてから問う。


「この世界、どうするんだよ」

「意地の悪いことを聞くでない。しばらくは……。あ、そうじゃ、おぬしの判断に任せようかの? 答えはおぬしの手の中にあるというやつじゃ」

「勘弁してくれ。というか滅ぼしたいなら勝手にしろ。人に判断させようとするな」


 苦笑しか浮かばないが、わりと真面目に言う。そんな重い決断を他人に押し付けるな。自分で判断できないならやるな。この卑怯者。


「ふん。おぬしこそ、この先どうするんじゃ?」

「フルルのことなら最初の考え通り、3年間で半人前の冒険者くらいには鍛えようと思ってるよ」


 今回は失敗した。だけどこれで終わりじゃない。

 良き冒険者は一度の失敗くらいで諦めない。


「しかし、それではフルーレルの望みは結局叶わぬということじゃな。このまま未来永劫最弱のまま苦しみ絶望し続けろというんじゃな?」

「賢者だって上手く行かないことがあるんだ、誰だってすべてに満足して生きてるわけじゃない。一人で5階層まで回れるようになれば、少しは考えも変わるんじゃないか?」


 5階層までを一人で回れるようになれば、慎ましく日々は暮らしていけるだろう。

 単純な話だ。

 それに……3年間で色々変わることもあるだろう。


「変わらんかったら? それに、おぬしが責任を持つと提案しても、フルーレルが断った場合は? そもそもおぬしが引き受ければフルーレルが幸せになるという保証は?」

「保証って……そんなものはないし、断られることもあるだろうけど……」


 そこは本人の意志を尊重しないと駄目だろう。僕だってはっきりとしたことはまだなにも言葉としては言えないのだから。


「なにも変わらなくても、冒険者として身を立てられるように手助けして行くのはフルルにとって悪い話じゃないだろ?」


 どうせなにをやっても駄目なのだから。と言うのは酷過ぎるが、開き直ればそう言うことだ。いつもの手助けを長い目で見るようなものだと考えよう。


「なんじゃ、もうフルルにもよおす衝動は平気なのかえ?」


 つまらなそうに言う。

 もよおすて。賢者には全てお見通しだったようだ。ああすれば僕が急いで動くのもわかっていたのか。掌の上だったらしい。


「まぁ幻視で見せられたような衝動もあるんだろうけど。現実問題ああはなれない」


 冷たいフルルに触れてわかった。

 人の死に目に立ち会った経験もあるが――こんなことは比べてどうこうと言うのも良くないのだろうが――あれ程の恐怖を味わったことは未だかつてなかった。絶対に失いたくない。守りたいと心に刻まれてしまった。


「くふ、人の気持ちなんぞ変わるんじゃろ?」


 上げ足を取られている気がする。


「悪い方に簡単に変わってたまるか」

「くふふふ、悪い方にこそ簡単に変わるもんじゃろう。物は言いようじゃて。まるで良いことのように詭弁を並べてやれば人なんぞ簡単に流され変わるものじゃよ」

「動かせない基準ってものがある」


 大事なことは、フルルを守ること。フルルが幸せになるため、僕に出来る手助けをする。そこがブレなければ大丈夫だろう。

 堂々と答えたのが甚くお気に召したようで、お腹を押さえて笑っている。


「基準のう。満たされぬうちは必要な物さえあればよい、必要最低限あればよいと思うておってもな、人は今ある満足ではすぐに我慢できなるものじゃぞ?」

「だから、それはそのとき考えるって。今は完璧を求めても切りがない、逆に辛くなるだけなんだなって、おまえを見て学ばせてもらってるよ」


 賢者は笑う。


「ついでに聖職者をあんまり舐めるなよ?」


 そうならないために、人の言う神の教えがあるのだ。これだってそうだ、悪い面も多いが、良い面だって多いのだ。大事なのは大局と先を見据えて、どうしたいのか、どうすべきなのかだろう。


「くふふ、聖職者なんぞ……まぁこれ以上いうても水掛け論か。おぬしやフルーレルの考えがいつか変わるのか、変わらんのか、わしはのんびりと見守ることにしよう」

「そうしてくれ」


 全てを持っている最強の賢者だからこそ、遠い未来には絶望しか見えず。

 なにも持たないどん底の愚者だからこそ、目の前にある希望をだけを見ていた。


 ゼィロルとフルルは丁度真逆でそっくりだ。

 絶望的な未来も十分考慮するけど、そればっかり見て悲観しても仕方がない。

 希望だけを見て無茶をしたってどうにもならない。

 絶望の未来を考慮したなら、それを回避して良くなる方へと進んで行けばいい。

 希望は後からついて来るだろう。


 賢者に言わせればそれすらもいつか絶望に変わるのだろうが、今はそのときではない。

 希望だけに酔わず、絶望だけに囚われない。

 そうでなければ、大事な物を守りながら前に進むなんてできないだろう。


「ふん、ありきたりじゃな」


 その言葉に僕は肩を竦める。大事なことは、いつだってありきたりだ。

 父さんだって良くなる未来を信じていたから人を助けて来たんだろう。そうじゃなければ、黙って人の背中を支え続けるなんてできるはずが無い。


 神か賢者か父さんかならば、僕は父さんを信じているというだけのこと。

 ありきたりな人間だからこそ、信じられるというものだ。


「そうじゃ、ベリオル神父のことを話してもよいか?」


 椅子の上で膝を抱えて座っていると、子供が拗ねているようにも見える。


「……」

「……」


 賢者はじっと僕の目を見ている。


「?」


 僕は聞く体勢になっているのに、黙ったままの賢者を促すように首を傾げる。


「話してもよいかと聞いとるじゃろうが?」

「? いいけど?」

「聞きたいのか聞きたくないか、答えんか」


 なんだそれは。こだわる所なのか?


「繊細な話をするときはな、相手が望んだという体にすることで、我は悪くないぞと予防線を張るものなのじゃ」


 本当にこの賢者は臆病者で卑怯者だな。


「それで、話してよいか?」

「まぁ、聞かせて欲しい……かな?」


 なんだか改めてそう問われると。


(結構どうでもいい気がする)


 悪い意味ではなく、今更知ってどうするのか感が強いというか。

 じと目でこちらを見て来るゼィロルに向けて、慌てて心の中で弁明する。心の中で弁明というのも変な話だが。


「いや、父さんは昔、優秀な冒険者で、恋人と隠し子をダンジョンで亡くしてから寡黙で人助けに全力の僧侶になったってことだろ? その手の話をあんまり根掘り葉掘りするのってどうなんだ」

「べリオルの冒険者時代の話じゃよ。醜聞といえば醜聞じゃがな」

「話したいんだろ? うん、僕も……まぁ聞きたいといえば聞きたいかな」


 優しく苦笑が浮かんでしまう。

 この賢者、臆病で卑怯者だが、結局大元にあるのは他人への気遣いなのだから質が悪い。こんなところも弱い癖に人に気を使うフルルと似ている。


「ふん。まぁ聞くが良い」


 一度言葉を区切り、賢者は話始めた。


「べリオル神父の時代、冒険者といえば冒険者組合の時代でな、更にべリオル神父は冒険者組合の設立者の一人じゃったんじゃよ」


 60年以上昔の、冒険者組合が設立され、ダンジョンを独占していたという時代。


「これも理想だけは素晴らしかったんじゃぞ? ダンジョンで一人も犠牲者を出さぬために、手練れだけを集めてダンジョンの恩恵を集め、皆に分配するといった建前での。商売職との間ではうまく回っておったしのう」


 むしろ商売職が非常に強く歓迎していた面もある。


「それにより様々な問題が起こっての」


 独占によるダンジョン製品の価格向上。大きくなり過ぎた組織内での賄賂、癒着、不正、汚職。ダンジョン内で行われる隠れた犯罪行為に、神殿騎士団の取り締まりも跳ね除ける冒険者の戦力。それまで治安の悪かった地区の悪化、自由街の基礎ができる。それまでダンジョンに関わる仕事で生計を立てていた者の失業、大量の盗賊化等々。


「言わんとしておることはわかるじゃろ?」

「ああ」


 つまり僕の生みの親が野盗になった原因は、少なからずべリオル神父にあるのか。


「そうじゃよ。つまりベリオル神父がおぬしを拾って育てたのは、自らの罪滅ぼしということじゃな。ついでによくある話じゃが、おぬしの生みの親とべリオル神父は親友だったんじゃよ。おぬしの実父が恋人の弟じゃったんじゃな。あまり強くなかったおぬしの実父がダンジョンで命を落とさぬようにと、冒険者組合を作りダンジョンから遠ざけ、完璧を目指してこのザマじゃったようじゃな」


 なるほど。確かにどんな相手でも助けるのに全力だったが、僕だけを養子として引き取った理由が子供に似ていたからだけでは動機として弱いと感じていたが、そんな過去があったのか。

へぇ。


「それで?」

「おぬし言っておったではないか、自分はベリオルから学んだと」


 ゼィロルは呆れ気味に続ける。


「シュミレーションを繰り返して見たが、確かに、おぬしとベリオル神父を合わせればかなりの確率でおぬしがおぬしになる。盗賊生まれの聖職者育ちというバランスがよかったんじゃろうか。神を信じず、また絶望にも染まらず。中庸でつまらん、ふわふわとしておるといえばそれまでじゃが、それが無力なフルーレルには丁度良かったのかも知れんな」


 ものすごく哲学的な話をしているようで、頭が混乱しそうだ。

 ついでにずいぶんと酷い評価に聴こえるが、喋っているゼィロルは楽しそうだ。僕は肩を竦めるしかない。


「まぁ、今この瞬間におぬしがおぬしである謎は残るんじゃが……運命の輪を操る神の手に、我では届かぬことも理解はした。が、釈然とせぬものじゃな……」

「そんなことを言われてもなぁ。どれだけ考えを巡らせたって、今この瞬間目の前で起こっていることが全てなわけで……偶然でいいんじゃないか?」

「じゃから、その偶然を操っておる神の手がじゃな……」


 ゼィロルはぶつぶつと続けているが、そんなことを僕に聞かれてもわかるわけがない。


「むぅ、万を超える試行の結果がただの偶然で覆えされるとは、納得いかんのう」

「全てのことに答えなんて用意されてないし、考えても解けない謎や、もやもやは先送りにしたり他のことをして忘れて上手くやるもんじゃないかね」


 それが普通なのだ。

 世の中の全てに答えを出して来た賢者にはそれが難しいのか、不満そうに唇を尖らせてつまらなそうにしている。


「おまえが言っている試行って、本になってる英雄譚みたいなことなんだろ?」


 僕も何冊か読んだことがある。賢者が記したとされる異世界の冒険物語や、優秀な勇者や英雄達の冒険活劇。

 それをその目で直接見て来た賢者はハッと顔を上げる。


「それが基準じゃ、フルルは測れないんじゃないか?」


 たぶん前提から色々と間違えているんじゃないだろうか。賢者の予想以上にフルルが弱くて、そして強かった。

 ゼィロルは難しそうに腕を組んで小さく唸ってしまう。


「それに、僕が僕以外であったことなんてないんだから、僕が僕以外の場合どうなるかを考えて心配するなんて、ただの取り越し苦労だろ」


 ありきたりな人間同士の関係で人は変わる。べリオル神父と僕が出会った僕になった、そして僕がフルルと出会って、また変わって行く。

 世の中、そんなものだろう。


「そうじゃ、話を逸らすでない。おぬしはベリオル神父の背中を目指しておるんじゃろ? そのべリオル神父のやっておったことは、蓋を開けてみればただの贖罪。ベリオル神父自身の自己満足のためじゃった。ずっとおぬしや今の世の中に罪の意識を感じておったんじゃ。だからなにも言わずにおぬしの世話を続けておっただけなんじゃぞ?」


 段々と語気が荒くなって行くのは、怒っているのかも知れない。


「真相はベリオル神父自身の自責と自尊心に塗れたただの自己満足じゃ。おぬしの感じておった献身や優しさなど、まったくのまやかしであると容易に読み取れるじゃろ?」

「……」


 なにに怒っているのか。


「真実を知っても、おぬしはおぬしのままでいられるか?」


 僕が大して反応しないからだろうか。

 今日はもうくたくたに疲れているのに、難しい話をされても。


「頭が良いって、ほんと大変なんだな。僕はそこまで考えられないよ。真実がどうあれ僕にとって父さんは優しい人だったことには変わりない。生みの親に関しては、そういう時代だったんだろうな、としか言えないかな……」


 僕ももう良い歳で自立している大人だ。


「父さんも苦しんでたんだろうし、生みの親だって苦しんだんだろう」

「どうじゃろうな、どれだけ出来た人間でも――我を見ても分かるじゃろ。忍耐には限りがある。苦しみ続けて成し遂げられるものなどなかろうよ。べリオル神父はおぬしを保護することで歪んだ優越感を得ておったようじゃぞ、死に際になって己の罪をおぬしに告白できんかった辺は、さすがに後悔しながら逝ったようじゃが」

「優越感とか言われても。優れた父親ってそういうもんじゃないか? 僕はずっと父さんの背中に劣等感を感じていたよ。だからあんな風になりたいと思ったんだし」


 憧れの理想像と現実は違った、そういうことだろう。

 だからといって憧れは憧れのまま、僕の中にあるものだ。

 他の誰でもない、僕が僕の中に持っているものだ。


「父さんが楽しかったんならいい。僕も助かったんだし」


 肩を竦めて言う。


「怨まないぜ。なんてかっこいいことは言えないけど、僕だって良い子じゃなかったんだしなぁ。騙して金を使い込んだり、無茶苦茶遊びまわっていても笑って許すくらい罪の意識を持っていたんだろうし、ちゃんと愛情も受けたよ」


 絶対に歪んだ優越感だけではない。僕を信じてくれていた。

 そこは僕自身が胸を張って言える。


「それにもう故人なんだ、これ以上責めたって醜いだけだろ。思い出は綺麗な方がいい」

「おぬしは、ほんとうに自分を飾らんのじゃな」

「子供の頃は無理して無駄に飾ってたけどな。背伸びしてまで飾らないといけないほど大それた人間じゃないって、そのうち誰でも気づくもんだ」

「くっふふふ、なるほどのう」


 皆ありきたりな人間なのだ。

 僕だってそうだ。だから信じるし、信じて欲しいし、信じたいんだ。一人で全てが完結していた賢者にはわからないのだろうか?

 呆れながら笑う賢者は、なんとなくすっきりとした表情で、目に涙が薄らと浮かんでいた。


「賢者などと祭り上げられて思い上がり、小賢しい小手先の小細工でどこまでも

手が届く気になり、皆を幸せにしたいなとどいう成り立ちもせぬ野心に駆り立てられ、大事な物を見失っておった我が一番の愚か者であるということじゃな」


 そこまでは言わないが。


「世界は神がなんとかするじゃろ。我々はただ日々を楽しく、小難しいことは考えずに生きればそれでよい。そういうことじゃな?」


 そこまでも言わないが。


「ここがわしの限界なんじゃろうな……」

「一つ賢くなったんじゃないか?」


 疲れて眠いのでもう適当だ。


「くっふっふふっ、とりあえず今は世界よりも、これからどうなって行くのか興味を惹かれる輩がおる」

「……失礼なこと言われてる?」

「褒めとるよ」


 褒められている気はしないし。


「褒められる理由がわからないな」

「あんな風に叱られたのもはじめての経験でのう、妙に舞い上がってしもうておるだけな気もするが……どうなんじゃろうな?」


 可愛らしく問いかけられる。いや、知らないが。


「そういうわけで、おぬしのクランに参加させて貰うぞ」

「は?」

「ベリオル神父の真相を知ったところで、フルルが冒険者として身を立てられるようになるまでおぬしが面倒をみてくれるのは変わらぬ、そういうことで良いのじゃろう?」

「そうだが……」

「その後も面倒をみるかどうか、事と次第によって、わしは義妹になるんじゃろ?」


 ……マアシャンテとゼィロルの関係はどういうことになっているのか、詳しく問い詰めたいところだが。


「同一人物にして別人格だと思うてくれればよい。マアシャンテもフルーレルと一緒におられるんじゃから嫌とは言わんじゃろ」


 よいといわれても、それがいまいちわかっていないのだが。


「一人の身体に入っとる双子のようなもんじゃ。これもわしの血肉を分けた二代目賢者直系の子孫じゃからこその魔法じゃな。本来はわしの器のために用意した身体じゃ」


 フルルにやらかした魔奴贄の呪い、その逆ということか。


「マアシャンテの方は我の存在を知らぬ。当然こやつらの父親もフルーレルもラティスも我のことは知らぬ。黙っておくのじゃぞ?」


 結局理屈なんかはさっぱりわからないのだが。


「それで……そうじゃな、これくらいでよかろう、こうして、こうじゃな」


 ぴんと立てた指先に赤い光が集まり、ふっと消える。


「さて、賢者の能力はヴルックス迷宮の一番奥深くへと封印したぞ」


 は?


「ステータスも知力以外はかなり落としたことじゃし、宮廷魔導士は続けらぬな。ジョブ章も新しく取り直さんとの」


 はい?


「わしからの魔素供給が断たれてマアシャンテには不便をかけるかも知れぬが……魔法の使用回数制限がかかるようになるが、それが普通なんじゃしいいじゃろ」

「えーと……」

「わしも、遊び人にでも転職するかの?」

「いや、もうどうすればいいんだ」

「これからわしはおぬし達を監視するんじゃからな。ついでにわしもクランに入れてくれてもよいじゃろう?」


 片目を器用に閉じて茶目っ気たっぷりに言っているが。


「よくわからないが、つまり自殺する気はもうなくなったんだな」

「……なんじゃ、その件は気づいておって黙っておってくれるんじゃないのかえ?」

「一応ちゃんと確認しておきたい」


 あのとき、身体の動きを止められたゼィロルの魔法が冷たくて、酷く物悲しくて、直感的に思い当たった。

 世界を滅ぼしたくないなら、自分が滅ぼされるしかない。

 賢者の力を手に入れたフルルに殺されるのが、賢者の真の望みだった。

 だからあのとき僕はゼィロルの方に怒り、語りかけた。自殺行為は止めるものだ。


 希望のないどん底で、命懸けで生きようとしていたフルルと、大きな力を持ちながら絶望し、自ら命を絶つ、否、自らどころではない、他人に命を絶ってもらおうとしていた賢者の構図というのも対極的で、幸せになることの小難しさその物のようだ。


「ふん、自殺する勇気がなかっただけじゃし。神に見放されたこの世界でも生きて行こうと思えるだけの動機ができた。それだけじゃ」


 開き直り、不貞腐れるように言っている。僕は微笑んで頷く。


「それじゃ、クラン加入の契約書作るか」

「くふふ、そうじゃな……では契約の証として――」


 ゼィロルは椅子から降りて、ベッドに座る僕の顎に小さな手を添える。

 妖艶に微笑み顔を寄せ――僕は身体を仰け反らせて離れる。


「な、なにを――」

「わしもシュミレーション以外では初めてじゃからな、やさしくするんじゃぞ?」

「いや、は?」


 なにをいっている。


「いくらでもシュミレーションから記憶をトレースできるし、ゴースト体で覗き見も出来ておったんじゃ、オリジナルで危ない真似をする必要はどこにもなかろう?」


 幼いマアシャンテと同じ顔なのに、表情はまるで違う。なにかを期待するような、女性の瞳で迫られる。


「しかし、おぬしになら……」

「い、いや、まて」


 なにを言っているのかよくわからないが、妖艶に笑うゼィロルから目が離せない。


「くっふふ……なぁ、おぬしさえよければ……こんな世界は滅ぼして、二人でゼロから新しい世界を作って行くというのはどうじゃろう?」

「……」


 間近に迫るゼィロルに息を飲む。僕の胸板に触れる小さな手。


「っ、せ、聖職者を誘惑するな」


 声が上ずる。


「こんなときにまで都合よく使い分けるでない。……おぬしが傍らにおってくれるなら――」


 ゼィロルの顔がゆっくりと迫り――

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