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賢者とバニーガールと  作者: ふぉー
1章 冒険の始まりとバニーガールと
2/25

2話 冒険者の酒場2

「落ち着いたみたいですね」

「…………すみません……わ、わたし、こういう場所に……慣れてなくて……」


 席を改め、いつもと違う、一番奥まったテーブルについた。

 惨状を手早く片付けた看板娘に連れられ、酒場の住居を借りて身形を整えて戻って来た少女は女給の制服にバニーイヤーを装備していた。

 清潔で勤労な印象の女給服に、浮かれたうさぎの耳がなんともちぐはぐな印象で、これはこれで面白い。少女は落ち着かない様子でそわそわとしながら、白湯の入ったマグカップを両手で抱えてぐずついている。


 話を聞くところ、極度の緊張で具合が悪くなったとのこと。ようやく落ち着いてきたのだろう、顔色も良いとは言えないが幾分マシになってきた。


(色んな祭りの場に呼ばれる遊装人なのに?)

 

 僕は微笑みを浮かべたまま疑問に思う。


「念のために測定魔法でステータス異常が無いか観ましょうか?」

「測定魔法……――い、いえ、いえいえ!」


 少女は慌てて拒否する。

 魔物の強さを測るのに便利な魔法なのだが、人間の状態を観るために使うこともある。個人情報であるステータス値を知られてしまうので嫌がる人は多い。女性は特に嫌がる。

 聖教職関連の組合に所属している聖職者以外は教えて貰えない、秘伝の聖教魔導論理なので悪用なんてしたら僕の命に関わるわけだが。

 さもありなん。


 「……す、すみません……あ、あの、あなたのローブを……その……ほんとうに、ごめんなさい」

 

 少女が悲痛な面持ちで頭を下げると、バニーイヤーが大きく揺れた。


(真剣になればなるほど面白い。これは笑っちゃ駄目なんだろか)


 もちろんそんなことはおくびにも出さず。


「僕は今、孤児院を間借りさせてもらっているので。孤児院の手伝いでああいったことには耐性ありますから、気にしないでください」


 あれくらい日常茶飯事だ。子守に洗濯、繕い物に簡単な料理だってこなせるようになった。笑顔で告げれば、少女は益々気不味そうにうつむいてしまった。

 看板娘がローブとバニー装束を洗濯屋に持って行く途中、すれ違いざまに小声でこの謎の客の様子を探るよう頼まれたこともあり、改めて話を聞いているのだが。


「それで、フルーレル・クリアスタルさん……え、14歳?」


 僕は少女の「娯楽職・楽芸士・遊装人」を表すジョブ章の裏に彫り込まれた名前、性別、年齢と確認して、流石にまじまじとした視線を向けてしまう。


「中等学生を辞めて、楽芸士に?」

「はい……」


 つまり中等学舎中退の、初等学舎卒?

 うつむいているのをいいことにじっくり眺めていると、わずかに視線を上げた少女と目が合い――慌てて伏せられる。


(僕もまともに学舎は通ってないけど……14歳ってこんな幼い感じだったか?)


 僕が現在22歳。ダンジョンに潜り始めて早い物でもう四年か。

 八年前、自分が14歳だった頃といえば丁度孤児院からベリオル神父に養子として引き取られた頃か。

 その父を師として学び、今のジョブに就き、独り立ちしてからまた孤児院に間借りさせて貰うという、なにかと神様に縁のある僕の人生だ。


(あの頃の僕は……まぁ荒れてたか)


 そういう意味では僕も幼かったなと思うが。

 孤児院で14歳なんてもう子供の世話をする側だ。

 目の前の少女は、身体は確かに成長過程にあるようだが、不安そうな表情や大きな瞳のせいで、下手をすれば14歳にも見えないほど幼く見えてしまう。


「あの……ふ、フルル、と……」


 呼んでください。と、うつむいたまま口の中でもごもごと呟く。うつむいていると言うよりも猫背気味なのか。縮こまった猫背で少女の小柄な体型は余計に小さく見える。


「僕はルシェで通っています」


 返事をしながらフルルへジョブ章を返すが、もたもたと不器用僧に付け直す仕草を眺めながら、頭の中ではこの子の保護者はなにを考えているんだという疑問しか浮かばない。


(確かにステータスや条件が足りていればどんなジョブ試験でも受けられるんだが……)


 セフィロード大陸の社会形態を一言でいってしまえば能力主義だ。

 アーリファ王国も同様に、国民は全員なんらかの職に就く義務があり、組合に所属し、組合の人員同士で助け合い、また互いを律し、決まった仕事をして日々の糧を得るのが決まりになっている。

 賢者ゼィロルが定めたダンジョンを基準とした賢人法典と、神に統治を任命された王の元、聖教会が布教している聖教法に則った秩序と規律の保たれた平和な社会。

 社会の中で、最も特徴的なものがダンジョンの存在に支えられたジョブ制度だろう。

 ダンジョンはその名の通り、地脈の流れで魔素の溜まり易い場所に賢者ゼィロルが建てた迷宮のことで、ダンジョンには魔素が集まり、魔石や魔宝石が精製されると共に魔物が発生し、独自の生態系が築かれていて、その魔物から取れる素材も貴重な資源として高値で取引されている。

 ジョブ制度とは、測定石と呼ばれる、手にした者の力量によって色の濃さを変える魔宝石を目安に、個人の力量を数値化、ステータス化することによって、それぞれが最適なジョブに就くことができ、努力の結果も数字となって認められる素晴らしい仕組み。

 それも、ダンジョンのおかげで多様な職が成り立つからこそ、ジョブ制度が上手く回っていると言っても過言では無い。

 ジョブ章はそれぞれの職を象徴する形をしていて、大まかな区分、なにをする者なのかの所属組合、なにをしている者なのかの職位が表されている。

 この酒場なら「商売職・集会酒場・店主」のジョブ章を持つ者は、集会酒場組合に加入している者で、その店の主を示していることになる。「商売職・集会酒場・給仕」が駆け出しの職位と言った具合か。


(問題もあることはあるが)


 技能の劣る者、技能の未熟な者への風当たりは厳しい。

 劣る者は就けるジョブが限られ、開拓地や農耕地で最下層の職位に就くか、目の前の少女のように条件の緩い、駆け出し職位いから始めるかしかない。

 その労力を嫌い、制度に馴染めない者は形だけ楽なジョブに就き、自由地区とは名ばかりの貧民街といった裏社会に流れて行くか、国を出て……盗賊にでもなるしかない。


(だから普通に考えて、基礎学習を切り上げてジョブに就く利点なんてないんだが)


 中等学舎までは国が助成金を出してくれている。

 特殊な専門職や、優れた師の元で技術を教授してもらったり、余程才能に溢れた天才児であれば学生のうちから組合に引き抜かれるなんてこともあるのだが、失礼ながらそういう様子でもない。


(そもそも、遊装人の条件なんて年齢制限以外なにかあるのか?)


 楽芸士組合の細かい規定までは知らないが。

 とある遊び人が文字通り遊んで若い時代を過ごし、年齢制限で続けられなくなるのだが、なにも技能を伸ばしていなかったために再就職先が非常に制限され、結局養蚕場の作業員に転職できたのはいいが、当人が大の虫嫌いで苦労するといった笑い話がある。


(所属する組合に積立金を払っておくか、大きな貢献残せば引退した後に老後年金だって貰えるってのに)


 つまり能力や技術を磨かないと将来自分が苦労をするぞと言う教訓。


(最初から能力で評価すると明言されているんだ、人間が平等だなんてありもしない夢想を強いるよりよっほど公正だろう)


 人は平等ではない。夢見がちな聖教会の言う、神の教えには反するのだろうが。

 だが職業選択の自由は賢人法典で保障されている。

 アーリファ王国では親の職業を継ぐのが一般的だが、あくまで一般論であり、学舎に通いながら、自らの意思で目指すジョブのためにステータスを鍛えてもいいし、身に着けた技術を手に希望のジョブに就くことも可能だ。

 努力して上級職位を目指すのも自由だし、現状に満足するのも自由であり、怠けて相応の扱いを受けることも自由なのだ。


(しかし、怠けたい人間が冒険者をやりたいなんて言うかね?)


 見返りは確かに大きいが、危険で辛い仕事なのに変わりはない。

 娯楽職である遊装人に就き、そこから冒険者を目指す意味が分からない。


(まぁジョブに就く道はそれぞれあるし、あまり詮索するのも無礼か)


 家庭の事情や本人の意思もある。

 僕自身学舎はまともに通ってないし、重要なのはジョブに就いて何を成すかだ。

 高学歴でステータスの低い貴族の若造もいたりするので、学歴にはあまり言及しないのが礼儀でもある。

 話を切り替えるとしよう。


「フルルさんは冒険者になりたいということですけど」

「は、はい……わたし、冒険者に……なりたいんです……試験はどこで……」


 あってるんですか? と消え入りそうな声が続く。


「……はい?」


 それこそ初等学舎の社会科目で習うはずだが。

 セフィロード大陸の多くの国で、冒険士といった職業は存在しない。

 賢人法典でもダンジョン探索は多様な職で協力し合うことが前提とされているし、この国で60年程昔、手練れを集めて組織された冒険士組合が国内全てのダンジョンを独占してしまい、他の職業組合と大きく揉めた事件があったそうだ。

 それ以来、ダンジョンに挑む専門の職業といった職は存在しないことになっている。一応娯楽職に迷宮案内人というのもあるが、こちらは観光専門だ。

 その辺りの説明をざっくりとして。


「珍しい鋼材を手に入れたり、薬草や魔石、魔宝石の採取だったり。魔物の素材なんかもそうですね。とにかく目的を持ってダンジョンに挑み、ダンジョンの恩恵で生計を立てている人達のことを指して冒険者って呼んでいるんです」


 だから、と続ける。


「フルルさんもダンジョンに挑んで、なにか希少な品でも持ち帰れば立派な冒険者の一員ですよ」

「わたしでも……冒険者に……なれるんですか?」

「ジョブである狩猟士や漁猟士と違って、冒険者はただの肩書ですから」


 軽く肩を竦める。


「しょ、書類とか……試験は……いらないんですか?」

「冒険者の酒場で迷宮行動計画書を出す決まりにはなっていますが、それくらいですよ。堂々と名乗りたいなら、実績を出して顔と名前を売るくらいですね」

「めいきゅう……こうどう、けいかくしょ?」


 カタコトで異世界の言葉を聞いたかのように言う。

 いや、そんな難しいことを言ってるかな?


「普通の……ダンジョンの何階を目指して、いつ頃帰還するかの予定を書いて提出しておけば、いざと言うとき熟練の冒険者が救助に来てくれる仕組みのことですよ」

「……」


 フルルは不安そうな表情のまま固まっている。


「お金はかかりませんよ。組合じゃなくて、あくまで互助的な関係ですので。酒場の利用料から既に一部互助金として徴収されているわけですね。酒代が若干高いのはそういう理由です」


 迷宮接近地区、通称冒険者街にある、他の冒険者が活用する施設からも僅かづつ徴収されている。


「ええと……」


 よく分かっていなさそうだ。


「ま、細かい話はいいか。とにかくダンジョンに行ってみましょうか」

「え?」


 よく分かっていない表情のまま、フルルは驚いたように声を上げて固まってしまう。


「うん?」


 バニーガールという、見た目の異質のせいで誰も寄りつかなかっただけで、駆け出し冒険者の手助けということなら話は単純だ。

 冒険者の手助けを日常している僕にとっては当然の提案だろう。

 珍しいことではないし、何度も初心者が混ざっていた部隊に同行している。一対一で単独というのは珍しいが、ないことでもないだろう。


「いえ、あの、わたしが……行っても……いいんでしょうか?」

「? ああ、体調が優れないなら明日にします?」


 フルルは首を横に大きく振る。


「僕ではお役に立てませんか?」


 断られるならそれまでか。聖職者として僕ができることは手助けを提案するまでだ。


「い、いえ、その……」


 バニーイヤーが豪快にずれたのを手直ししてから、顔を上げて。


「わ、わたしが行っても……いいんでしょうか?」


 同じ言葉を繰り返した。弱々しく震えた声で。

 僕はその表情を静かに見つめながら問いかける。


「冒険者になりたいんだよな?」

「は……はい……」


 怯えた表情で、俯いて目を逸らして――それでも、少女は両手を膝の上で握りしめて答えた。

 その様子に、僕は小さく微笑んで頷く。


「大丈夫、ダンジョンはそんなに怖い所じゃありませんよ。とりあえずダンジョンの一階層をどんなものか観光してみるのはどうでしょう?」

「で、でも……竜が……出るんです……よね?」


 思わず吹き出しそうになるが、なんとか微笑みの表情を維持してやり過ごす。

 居住区で噂されるような、魔王が封印されているだ、竜の生き残りがいるだの、大袈裟な話を鵜呑みにしているのかも知れない。

 確かに潜って行けば危険な魔物も増えるが、ダンジョンの一階層で厄介なのはスライムくらいだ。ついでに竜なんて聖教歴以前の、太古の昔に絶滅した生き物で、化石でも手に入れれば一躍宮廷からお呼びがかかるような冒険者になれる。


「深く潜らなければ大丈夫ですよ。ここから軍馬で20分程ですし、ちょっと行って帰ってくれば服も乾いていることでしょう」


 近所の冒険者を相手にしている洗濯屋には、魔導機械の乾燥魔動機が設置されているので一時間程で乾燥まで終わることだろう。


「あ……あの、わたし……馬に……乗れません……」


 なんとなくそんな予想はしていたので余裕を持って応える。


「二人乗りして行きましょう」 


 孤児院の子供にせがまれ良く乗せあげるので、僕の馬も二人乗りには慣れている。大丈夫だろう。フルルはぱっと顔を輝かせたが、すぐにはっとなる。


「あ」

「うん?」

「わたし、いま下着……履いてないです」


 フルルはなに気なく、ただ困っていることをぽつりと呟いただけの様子だが。


「……」


 ああいう服の下着ってどんな物なのだろうと一瞬考えてしまったのは忘れることにして、そいつは大問題だ。しかしどう反応すればいいのか。迷っていると。


「あ」


 自分がなにを言ったのか遅れて気づいたようで。真っ赤な顔をしながらスカートを抑えてうつむいてしまう。いや、本当にどうすればいい。


「服、乾くの待ってから行きますか」


 そう提案すると、少女なうつむいたまま小さく頷くのだった。




 看板娘の帰りを待っている間も雑談めいた話題を振ってみたが、フルルの反応は鈍く。

 あまり話しかけても尋問のようになってしまいそうだし、僕も自分語りなんて趣味じゃない。聖職者は慌てないものだ。なので途中から諦めて静かにお茶を飲んで過ごした。


「悪いな」

「ほんとよ、なんで真っ昼間から虹川さんの後片付けしなくちゃならないのよ」


 給仕長のジョブ章を付けた看板娘、アルネラ・ガネットは酒場の隠語を使いながら笑っているが、実際迷惑だったはずだ。昼前は本格的に忙しくなる夕方へ向けて仕込みを始めている時間帯だ。


「それで? なんか分かった?」


 その報酬を寄越せと言いたげに、首の後ろでまとめた赤茶毛を長い尻尾のように揺らして詰め寄って来る。


「あの子歳は? 名前はフルーレルでいいのよね? なんで遊び人なのに冒険者やろうとしてるの?」


 宣教士のローブを手渡してくれながら、好奇心旺盛な猫のような目で謎の客、フルルの様子を聞き出そうとする。

 僕は一応聖職者なのだ、気軽に噂話なんて出来る訳がない。少し考えて言葉を選び、フルルの印象を一言で表してみた。


「なんか、繊細な子みたいだ」


 うんうん。と頷くアルネラ。

 うん。と頷く僕。

 二人の間に空気が流れる。


「それだけ?」


 洗濯され乾燥機で乾かされたローブはまだほんのりと暖かかった。

 ローブを広げて若干思う所がないとは言わないが、きちんと綺麗になっている。気にするほうが精神衛生上よろしくないだろう。微妙な気分を振り払う心地で一度大きくはたいてから袖を通す。


「色々それとなくは聞いて見たけど、あんまり話したがらない様子だしな」

「ぶー、つまんない。みんなが謎のバニーガールの噂してるの知ってるでしょー」


 細身だがそれなりに出る所は出ているアルネラが腕組みをしながら言う。


「遊び人で冒険者目指すなんて、なにか事情があるんだろ。あんまりこちらから

詮索するのもな……話してくれるなら力にもなれるんだが」


 そして話せる事情なら自分から相談するだろう。僕はただ待つだけだ。


「なによ、ちゃんと僧侶してんのね」

「それなりにな」


 アルネラとは、昔僕が孤児院に預けられていた頃からの顔見知りで、なにかと年上ぶりがたるが3つか4つ年下だったはずだが。


「あんたも丸くなった物ねぇ。こんなのんびりした奴になるなんて、ちょっと想像してなかったわ」

「まぁ、そうかな?」


 昔が荒れていて気忙しかっただけだと思うのだが。アルネラは楽しそうに頷く。


「トルマリナ孤児院の狂犬がこんなふわっとした常識人になるなんてね。神の御威光のおかげかしら、それともやっぱりべオルブ神父の影響が――」


 なんでもいいが、尖っていた頃の、文字通り黒歴史時代の話しは控えて欲しいものだ。本気で不快な表情を酒場の看板娘として鍛えた目は見逃さなかったようで。


「あ、ごめん」


 謝られる。

 僕は曖昧に肩を竦めておく。


「いやーお父さんはお客さんの個人情報なんて絶対教えてくれないしさー、酒場の看板娘としては噂の真相は押さえておきたいのよ」

「小遣い稼ぎになるような情報じゃないだろ?」


 話題を戻し、微妙な空気を誤魔化そうと明るく振る舞うアルネラに軽口で合わせる。


「そんなのわかんないわよー、どこかのお姫様だったりしたらどうするの。あの憂いを帯びた横顔、根暗な魔術士の間じゃちょっと話題になってんのよこれが」


 確かに庇護欲を駆り立てられる顔立ちで、魔術士連中が好みそうだが、格好が格好だ。

 独立独歩を理想として、派閥ごとに分かれてこそこそと魔法の探究をする魔導士が自らバニーガールに声をかけている光景というのも確かに想像できない。


「今度ご飯奢るから、しっかり報告頼むわよ」

「まあ、ほどほどに……と」


 背後で履き慣れていないハイヒールが木床を鳴らす不安定な音。


「あの……お、おまたせ……しました……」


振り返れば、バニー装束に戻ったフルルが相変わらず居心地悪そうに猫背で立っていた。


「そ、その、店員さんの服、お借りしてしまって……すみませんでした」

「ううん、いいよ、気にしないで。流石、遊び人だけあって衣装選びに遊び心あるのね」

「?」


 アルネラもバニーイヤーと女給服の組み合わせは面白く見えていたらしい。フルルはなんのことか分かっていないようだが。


「それでさ、あなたってなんで遊び人なのに冒険者目指してるの?」

「あ、う、あ……の……そ、の……」


 そのままアルネラはわりと核心的なことを遠慮なく問いかけているが、やはり打ち解ける様子もなく。フルルは下手な愛想笑いで言葉に詰まり、最後はうつむいてしまう。

 会話が続かずに困っているアルネラと、質問攻めに小さくなっているフルルへ助け舟というわけでもないが、本来の目的を優先しよう。


「そろそろダンジョンに向かいましょうか?」

「あ……はい」

「ん、そうね」


 気まずさの漂っていた二人はどこかほっとしながら。


「うん。それじゃ気をつけて。いってらっしゃい!」


 それでもアルネラは酒場の看板娘らしく、さっぱりとした笑顔で見送ってくれる。

 僕は微笑んで片手をあげて、フルルも慌ててぎこちなく頭を下げて、僕達は酒場から出発するのだった。

 外は陽気が生暖かく、冬の厳しかったアーリファ国の民は雪解けに安堵して、ようやくやってくる春の訪れに感謝する季節。

 薄水色の空は澄み渡るように遠く。


「さぁ、冒険へ出かけよう」




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