17話 冒険者の酒場4
次の日。
時刻は昼前といったところ。
いつもの酒場。いつものテーブル。
(……)
僕はフルルのことを考えていた。
ようやくフルルの立場で物事を考えていた。
精神力が考え方や意思に直接作用しているわけではないとはいえ、賢さと比例するものだと思い込んでいた。いや、それが普通なのだが。
(精神力だからな、子供でも譲りたくない物は絶対に譲らないだろうし)
むしろ子供だからこそか。
精神力が高く、賢さが低い。
そして全体的の能力も低い。
精神力だけで動く、ゾンビのような状態異常。
それは視野狭窄的な、熱狂的な、いわゆる狂信的な信仰心を持つ人のステータスなのだと、酒場の主人に相談したらあっさりと謎は解けた。
(通りで注意力が足りてないと思った)
職人や普通の聖職者と違い、狂信者は偏屈なので精神力の数値だけは高いが、視野が狭く排他的なので知識量も狭く浅く偏り、賢さの数値は低くなる。
(でも、フルルの場合は結果的にそうなったわけで……)
あのステータスで足掻こうとした結果なのだろう。
視野が狭いのは自分のことだけで手一杯だから。
排他的なのは他人に迷惑をかけたくないから。
そして、賢者の石しかもう救いがないから狂信的な信仰を持つようになった。
(体質の所為で狂信的な信仰を持って、精神力だけ高くなった……それと、遊び 人ってジョブのせいで気づけなかったのか。いつもへらへら笑ってやがった)
へらへらではない、にへっ、とだが。
誰が悪いわけではない。悪いと言えば。
(気づいてなかった僕が悪いのか)
常識外のフルルを、常識の範疇でしか考えていなかった。力なく酒場の天井を仰ぐ。
(無能な働き者、真面目な馬鹿、下手の考え休むに似たり、下手の横好き――は違うか)
好きでやっているわけじゃないだろう。
もっと必死で狂信的な執着を見せてくれればすぐにわかったのに。
向かいに座った、白いバニーガールが僕を見ている。
「あ、あの……えっと」
ミルクの入ったジョッキを両手で抱える仕草は非常に愛らしいのだが、それすらも今は二日酔い気味の頭に響く気がして直視できない。
「ん?」
「今日、は……」
フルルは今日もダンジョンへ行く気はあるのだろう、今は防具を外した軽装のバニー装束だが、甲冑一式の入った防具袋も持って来ている。
「僕は、今日は休息だ。昨日いっぱい魔法使ったし」
あの頻度でももう二、三日くらい問題ないが、大事を取って休むこともある。なによりもフルルの体調が気がかりだ。
「そう、ですか……」
表面上は残念そうだが、どこかほっとしているのはマアシャンテでなくてもわかるだろう。いや、マアシャンテはこれがわからないのか。演技だと思うくらい、これがわからないのだ。
確かに、マアシャンテにわかるわけがない。あんな聡明で恵まれたステータスを持つ人間にわかるはずがない。フルルの考えていることなんて想像もつくまい。
ラティスは直感で気づけてもよさそうだが、彼女はフルルのことを誤解している。身内贔屓の目線では絶対に気づけない。
「そっちは、体調は大丈夫なのか?」
昨日、足元から崩れ、そのままぐったりと動かなくなったときは血の気が引いたものだが、すぐに小さな寝息が聞こえて来て安堵した。が、最初のときもこうだったのを思い出して自責の念は一層強い物となった。
「え、えへへ……は、はい、マアちゃんが、疲労回復の、魔法を、かけてくれました」
「そっか」
気づいてしまえば、こんなにわかりやすいのに。
「それじゃ信用できる冒険者を紹介しようか? 荷物持ちが出来ると言えば、取り分少なくていいなら雇ってくれるパーティーもあると思うが」
「え、ええと……えと……」
意地悪な提案か。公平分配で組まないなら、真っ当な遊び人として祭り会場で賑やかしに参加する方が安全で稼ぎもいいんじゃないか?
ささくれ立った気分で、つい八つ当たりのようになってしまった。
(酒が入ると駄目だな……)
二日酔い気味で頭が痛い。
昨日はミーティの怪我のこともあるし、酒場のテーブルで伏せって眠り続けるフルルのこともあり――ラティス達は見慣れていたのであまり驚かなかった。一度眠ると滅多なことでは起きないらしい――簡単な祝宴で御開きとなった。
フルルを背負ったラティスとマアシャンテ、ミーティを酒場の前で見送ってから一人で酒場に戻り、笑うしかないので笑っていたらついつい自棄酒気味になり、アルネラに怒られて追い出された。
まったく馬鹿な自分に腹が立つ。
(僕が行こうと言えば、今日もダンジョンに行くんだろうか)
行くのだろう。いや、行きたい気持ちはたぶん僕以上に強いのだろう。進もうと言えばついて来る。どんなに無理をしてでも。
僕が気づかなければいけなかったんだ。
溜め息を呑み込んで優しく声をかける。
「荷物持ちをするために冒険者やりたいんじゃないもんなぁ」
「……え、えと」
いかん、また棘がある言葉になった。
「……」
「……」
「そうだ、どこか遊びに行かないか?」
「え……」
「昨日の金あるだろ。なんだったら遊び人に仕事依頼するってことでもいいんだけど。そうだな、それがいい、そうしよう。依頼するから、ぱぁーっと遊ぼう」
「え、え? あ、え?」
「嫌か?」
とぼけながら聞く。
「い、い、え、え? お、お金は、あります。でも……遊ぶのは……」
昨日も……結局……。と、酒場まで辿り着けなかったことを悔いてるらしい。繊細で真面目なのだ。
限界をとっくに越えていたのだから仕方ないことだと思うが、仕事を全う出来なかったことが心苦しいらしい。
依頼だといっても嫌そうに伏せってしまった。
どうやらフルルは遊び人も満足にこなせそうにない。バニーガールの衣装が泣くな。
(だからここに居る……)
遊び人の仕事が出来るなら冒険者なんてやらないだろう。
居住まいを正して、フルルと向き合う。
「本気で冒険者として、賢者の石を手に入れるつもりなんだな。気づけなくてごめん」
僕は頭を下げる。
目の前の遊び人は真剣に救いを、賢者の石を求めていたのだ。
「え、えっと?」
命懸けで、狂信的なまでの信仰を持って、どんな無理をしてでも、本気で伝説を追い求めていたのだった。練習でもお試しでもない、既に最初から本気だったのだ。
「それと、ダンジョン探索中も遊び人の仕事をこなそうとしてたんだな。それも気づいてなかった」
なんて真面目な遊び人だ。
ダンジョンでも遊び人の仕事を、周りを明るくしようと無理をして笑っていた。だから勘違いをした。
「念の為に確認するが、ラティスとマアシャンテのことは嫌いじゃないんだよな?」
「え、ええと?」
会話の展開について来れていないのか、困惑するフルルをじっと見る。
「……おねえちゃんは、ちょっと……嫌いです……けど?」
ちょっとか。
育ちの悪い僕としては、二人を見返してやりたい一心で、二人のことを憎んでるからそこまで強い意志で賢者の石を求めている場合も考えたが。
「それじゃ、二人のことが好きなんだ」
「……えっと」
「こんな自分じゃ、大好きな姉と妹に合わせる顔がない?」
「……」
少し違うか。
「怖がりたくない」
ビクッ、とフルルの肩が震えた。
「二人の前でだけじゃない、普通に、そうだ、普通に胸を張りたい。だから」
絶対に、なんとしてでも賢者の石が欲しい。一刻も早く欲しい。今すぐに欲しい。
ずっと笑顔だった――とは言わないが、健気に笑っていたから、バニーガールの恰好でこれ程にまで真剣に求めているとは思ってもみなかった。
正直に白状すれば、本物のダンジョンを体感すれば根を上げて諦めるだろう。そう思っていた。
(それが、とんでもない間違いだった……)
諦められるなら最初から挑むわけがない。
ダンジョンの過酷さを見せても、危険な魔物と遭遇しても、死霊系の魔物を見ても。
最初から命の危険を賭してでも賢者の石を欲していたのだ、諦めるなんて選択があるなら最初から冒険者なんて目指さない。
遊び人がダンジョンに挑むなんて、最初から無茶なことだったのだ。
無茶苦茶なことをさせた、背中を押した、僕が悪い。
「遊び人じゃなかったらもっとすぐ気づけたのに。ずっと無理してたんだな」
言い訳染みた――言い訳を口にする。
「む、むかしから……いつも、いつでも……ずっと……こう、でしたから」
遊び人じゃなくても、ずっと無理をして下手な愛想笑いで誤魔化して来たのか。
だから、もう賢者の石に縋るしかない。
つまり。
どうしようもない。
完全に運命から蓋をされてしまっている少女。
このステータスではどこにも行けず、なに者にもなれない。修道院の道が嫌なら遊び人くらいにしかなれない。
(父さんは、自分を救えるのは自分だけ、その手助けをすると言っていたが……)
フルルは自分自身で自分を救えないし、誰にも救いようがない。
詰んでいる。
じっとフルルを見る。
フルルは猫背で肩を縮こまらせ、上目で僕を見てにへっと愛想笑いを浮かべる。
舌打ちをしたくなるのを、奥歯を硬く噛みしめて我慢する。
「行くぞ」
「え、あの」
「ちょっと付き合ってくれ」
「え、え、え?」
酒場を後にして、迷宮地区へと向かう。
フルルを後ろに乗せて軍馬を走らせる。弱々しい力で背中から腕を回されるが、真剣にそれどころではなかった。
最後の希望。駄目で元々の希望。
無駄だと思うが確認はしておきたい。
辿り着いた場所は、初めてダンジョンに挑み、ずぶ濡れのフルルを介抱した枯魔岩がある小高い丘。
僕は周囲を一望してから、困惑し続けているフルルへ向き直り本題に入る。
「ラティスから歌が得意だって聞いた。ちょっと歌ってみてくれないか?」
「う、うまくないです……よ。い、意地悪は……やめて……ください」
驚き慌てるフルル。遊び人という時点で気づかなければいけないことだった。
ラティスは間違っていた。だからこうなっている。
「確認したいだけだ。楽芸士への弟子入り、断られたんだな」
「……才能……ないって……言われ、ました」
だからこうなっているのだ。出来るもんなら、この子なら最初から楽芸士で頑張っていただろう。それが出来なかったから、こうなっているんだ。
だれが好き好んで、こんなステータスで冒険者なんて目指すもんか。
そうじゃなければ、遊び人が命懸けの冒険になんて出ようなんて思わない。
本当の本当に、最後の希望でお伽話のような救いを切望しているのだ。すぐにでも気づくべきだった。激しい後悔。
宝くじでも買った方がまだ現実味がある。
(だから、フルルは楽をしたいわけじゃないんだって)
どんな無茶な苦労をしてでも、命を賭してでも、人前で普通に胸を張っていられるために、ステータスが上がる賢者の石が欲しい。切実に欲しい、今すぐにでも欲しい。
(自力で取るなんて不可能だ……買うなら身体売っても足りないだろな)
イライラとしながら遊び人の衣装をみているとそんな発想も浮かんでしまう。
そんなはした金で買える程賢者の石は安くないだろうし、そもそも売りに出されるわけがない。
「結論から言うぞ」
溜め息気味に吐き出す言葉はどうしても棘が籠って重くなる。
「賢者の石は諦めろ。現実的に考えて無理だ」
フルルは目を見開いてその言葉を受け止める。長いまつ毛が震える。
こんなことを続けていれば確実に事故が起こる。自殺行為を止めるのは、僕が聖職者をやっているからだけでなく、当たり前だ。
例えるなら僕が30階層を探索するのと同じくらいか? 完全に許容量を越えていることをやり続けようと言っている。
「体質のことは……受け入れてうまく折り合いつけるしかないだろ」
「……」
「賢者の石なんてあるかどうか分からない物を、本気で信じて、本気で縋るのは辞めて、現実を見て生きるんだ」
完全否定。
「諦めろ。万が一、賢者の石があったとしても、僕達じゃ手に入れるのは到底無理だ」
普通の魔宝石を見つけるだけでも非常に困難なのだ。一縷の望みがあるとすればマアシャンテか。それでも賢者の石を見つけるなんて不可能だろう。
そもそも実在しているのかどうかもわからない話しなのだ。大昔に実在は確かにしたのだろうが、今もあるのかどうかはわからない。
生きた竜を見つけろと言っているような物だ。
同じ魔石がダンジョンのどこかで精製されているなんて保証はどこにもない。
前例があって、他者が成功を収めているからといって、誰もが望む物を得られるわけではない。自分が手に入れられるわけではない。基本的過ぎる話だ。
ましてやお伽話のような伝説、本気にしていいのは初等学生までなのだ。
「遊び人は賢者になれない」
当たり前の現実を突きつける。
これでこの話は終わりだ。
救いも慈悲もない。当たり前の現実。
「そ、そう……ですよね」
フルルはにへっと笑う。
「すまん……」
「いえいえ、だ、だい、じょうぶ……です。元々、ひとりでやらないと、だめなのに、ひとりじゃないと、みんなに迷惑かけちゃうから……ここまで、いろいろしてもらって、本当に……感謝、しています。だ、だから、あとは、わたしひとりで――」
「そうじゃない!」
思わず大きくなった声に、フルルの肩はびくりと震える。
「フルル、おまえに冒険者は無理だと言っている。手助けがあっても無理なことを、一人でどうやるって言うんだ」
もう詰んでいるのだ。
「冒険者を諦めて、ありのままの自分と折り合いをつけて、自分がやれる道で生きるんだ」
フルルの目を見て、ハッキリと告げた。
「が、が、がんばれば、夢は叶うって……学舎の先生も……」
それが綺麗事と言う名の嘘なことくらいさすがにわかっているのだろう。じっと見遣れば目が泳ぎ、肩は小さく震え続ける。
「そ、それじゃ……どうすれば……いいんで……しょうか」
僕に当たるような聞き方なら笑ってやれたかも知れない。
純粋な問いかけだった。
疲れ切って、にへっと、溶けるような、溶けて崩れるような笑顔で純粋に問われ、その笑顔が胸に刺さって息が詰まる。
「折り合いなんて、つけられ……ないです、わたしは、こんな、わたしのこと」
大嫌いなのに。と笑いながら言う。
自分が嫌で仕方がない。
なんにもできない自分が情けなくて嫌だ。
人に迷惑をかけてばかりで申し訳ない。嫌いだ。
お母さんの優しさに、おねえちゃんの応援に、マアちゃんの期待に、なにひとつ応えられなくて苦しい。
寝る前におねえちゃんとマアちゃんを羨ましく思う気持ちが湧いてくると死にたくなる。でも死ねない。死ぬのは怖い。なんとかしたい、でもなんともできない。
毎晩次の朝が来なければいいのにと思いながら眠りにつく。
嫌な夢を見た日は一日が憂鬱で辛い。良い夢を見た日は一日が惨めで悲しい。
昔の、まだ幸せだった頃の夢を見た日は目覚めと共に吐き気がして、起き上がるのに、身体を泥の中から掘り起こしているような気持になる。
おねえちゃんやマアちゃんが仕事に行くのを見送ると心臓が凄い音で鳴る。
たまに来るお手伝いさんに笑われている。
お母さんが帰って来て、身体が辛そうなのを見てもなにも出来ない。
おねえちゃんは温泉に連れて行ってあげてた。マアちゃんは苺を食べさせてあげてた。
わたしはなんにもできない。
お父さんは、こんなわたしを見てくれない。
なんとかしたい、でもなんともできない。でも、なんとかしたい。
フルルの目からは大粒の涙が落ちて行く。
「なんでわたし、こんな……なんですか?」
「……」
僕はなにも言えない。
フルルは膝を抱え、顔を伏せて座り込んでしまう。泣きながら、しくしくと泣きながら背中を丸める姿は迷子のようで、残酷で孤独な印象を受けた。
(いや、迷子じゃない)
行き止まりで泣いている。なにもかもを恐れ、どこにも、だれにも繋がることのない道の真ん中で女の子が泣いている。
それが嫌で、こんな格好までしてありもしない道を狂信的に進むしかなくて。
それも行き詰って泣いている。
たぶん、誰にも、家族にも、いや家族だからこそ、心の内を明かすことが出来ずに、ずっと一人で抱え込んでいた。
「ひっ……ひぅ……」
嗚咽だけが漏れている。
僕は傍に近寄り、常識的な道、修道士への道を示してあげるため、上背をかがめて小さな肩に手を置く――寸前、嗚咽に混じって聞こえた、震えるか細い鳴き声。
「かみさま……」
トスッ、と。なにか、槍のような物で心臓を一突きされた気がして、動けなくなる。
しゃがみ込み、膝に顔を埋めて泣きながら神に祈る少女。
嗚咽に合わせてバニーイヤーが揺れているが、まったく笑う気になれない。
感情が動かせない。
神はこの子を助けない。それは知っている。神様は誰も助けない。
子供の言う神様の救いなんて物は絶対に訪れない。それは大人なら誰でも知っている。たぶん子供でも賢い子は知っている。
神とは、愚かな人間達の心の拠り所であり、権力者の都合という言葉が悪いなら、多くの人間達で作る、社会を築いて行く為の指針だ。
心の平穏の為に祈り、目指すべき正しい道を見失わないように、神に祈る。
どれだけ祈っても神は人を救わない。
祈りとは自分を救う為にあるものだ。
少女もきっと神に祈る無意味さは知っている。だから自分を救おうと狂信的な意思で、必死に足掻いた。それは真摯な祈りとどこが違う?
でも救われなかった。救いなんて始めからなかった。狂信なのだから。
だからもう神に祈るくらいしか出来ることがない。救われないとわかっているのに。
泣きながら神に祈る少女の姿は悲惨でしかない。
「……ぼうけんしゃに、なって……それで……ひっ……ひぅ……ふ、ふ、ふつうに……なりたい……」
「……」
なにか……気の効いた言葉で励まし、修道士の道をそれらしく素晴らし物のように示して、はい、さようなら。もしくは本当に素晴らしい助言を思いついて見事に万事解決する。
そのどちらかが出来れば良いのだろうが。
後者は思いつかないし、前者でこの少女が救われることはないのだろう。
それが貴方なのだから個性を受け入れてありのまま生きなさい。貴方は素晴らしい。貴方を理解してくれる人はきっといます、希望を捨てないで。普通なんてひとそれぞれ。自由に生きていいのよ。とかなんとか。流行りの綺麗な言葉はいくらでも浮かんでいる。
本当なら、それでちょろっと騙してやるのが最善なのかも知れない。
だが、どんな言葉も目の前で自分の弱さが嫌いで嘆き、普通になりたい、当たり前の人が当然できることが出来るようになりたいと、そんな些細な願いを狂信的に祈る少女にかける言葉としては、白々しさと薄ら寒さしか感じない。
なによりも、フルル自身が綺麗事に甘えて努力を放棄したいわけではないのだ。このままは嫌だ、変わりたいと願っている。
(諦めて現実を生きるしかないだろ、無理なんだから)
人はそれを大人になるという。
(諦めないなら……)
このまま救いのない、無駄な努力が続くだけだ。
この世で最も無意味な、それでいて最も過酷で、なんの実りのないことがわかりきっている困難を選びたいというのか。
愚者。
正直、ゾッとする。
ゆっくりと、溜め息の代わりに止めていた息を吐き出す。
「……うん」
漏れた息で喉が鳴っただけだが、うん。すぐには言葉が見つからない。
僕は頭を掻いたり、腕を組んだり、顎を撫でてみたり、指でトントンと拍子を 刻んだりと、あれこれ無駄な動きで間を持たせながらフルルを観察する。
なんだろう、この感覚。
「また一つ間違えていた。そうだよな、家族とか居る方が辛いこともあるんだ……」
家族が居なければ味わえない苦悩というか。
「……?」
フルルはじわりと顔を上げる。鼻水は出ているし目も頬も真っ赤になっていて酷い顔だ。滑稽だがなに一つ面白くない。それでも微笑むしかないだろう。
「いや、負の感情も持ってるんだなって。あたりまえだけど。うん……それでも、神に祈るんだな」
「?」
強い劣等感を持っている。無力な自分をどうしても受け入れたくない。それはいい。
その上で、この期に及んで、救いが無いと分かっているのに、神を怨んだり他人を妬まないのは純粋に感心する。
いや向かわせられないのか。他者を羨んでも、自分にはどうしようもないことが分かっているから自己嫌悪するしかない。
なんの取り柄もないから、責められても反抗出来ず、なんの自信も誇りもないから、繊細で真面目にならざる得なかったのかも知れない。
それが良いことかどうかは知らないが、そんな状況でも他人を憎まない心意気は嫌いではない。
涙を瞳に溜めてきょとんとしているフルルを、じっ、と見る。
目が合う。瞳の奥を覗き込む心地で見詰める。
フルルは不安そうな表情だが、目を逸らさず、じっ、と僕を見ている。
フルルを見ている僕の顔が、フルルの瞳に映っている。
なんというか、これから言うべき言葉を思い浮かべて、呆れた顔をしている。
「うん、わかった。引き受けよう。じゃないと僕がすっきりしない」
ここは一つ、問題の先送りをしよう。
「ただし、3年だ。3年の期限を設けよう。今すぐ見つかるわけがない。そこは理解してくれ。でも3年はなにがあっても付き合う。3年間で見つからなかったら諦める。これでどうだ?」
真っ直ぐに、手を差し伸べる。
「クラン契約もして、きちんと契約書も作ろう」
そして、たぶん3年かかっても賢者の石が見つかることはないだろう。
そのときは……。
(3年後は僕が25歳で、フルルは17歳か)
しゃがみ込んだまま顔を上げて、放心状態のフルルを無遠慮に観察させてもらう。
(その先も、引き受けてもいい……か?)
見た目も悪くない。性格も嫌いではない。なにより僕なら口煩い――もとい、繊細な心配をしてくれる親族もいないので、反対する人もいないだろう。
(なにより……――)
まぁ今すぐ確かなことは決められないし、フルルの意思もある。
もう少し色んな物を見て、広い視野を持ってからではないと、こんなことを尋ねること自体が卑怯な気がする。
そもそもこれで救いになるなんて考えること自体がおこがましい気もするのだが。今のフルルでは公正な判断もできないだろう、3年後は丁度良い。
(とりあえず、僕の中でその意思は……ない、とは言わない)
はっきり「ある」言えないのは、父と同じ轍を踏みたくないし、女性として扱うには僕自身の、女性への微妙な苦手意識も払拭して行かなければならない。
それに、引き受けるのならば聖職者を辞めることになる。色々と手続きが面倒だし、この国にいられなくなるので、割と重い決断になるからだと自分に言い訳をしておこう。若干ミーティのことも頭に過る。
「い……いいん、ですか?」
僕は頷く。
「わ、わたし、こんな、ですよ?」
もう一度頷く。
はっきりと言えることは一つ。
誰よりも必死でがんばって。でも誰よりも無力だからそうは見えなくて。誰からも理解されず。
誰よりも苦しんでいるのに、ずっと無理して笑って。でも無理だから泣いて。
前に進みたいのに進めなくて。
誰よりも救いを求めているのに、他人を気遣って、怖がって。自分のことを嫌悪していて、自分より他人を優先する自己犠牲の精神は立派なようで後ろ向きで。
それでも。背中を押してやれば怖がりながら、不器用ながらも一生懸命頑張って前に進もうとする姿は酷く脆く、儚くて見えて、その意思が眩しくて、せつなくて。
(――なにより……それがなんか、可愛く思えてしまうわけだが……)
この感覚が、感情がなんなのか。言葉にするなら、どんな言葉になるのか。
それは3年後、またここで改めて考えることにしよう。
そのときはフルルと一緒に考えられたらいいかも知れない。
(まぁ今の所は結局庇護欲が一番って気もするけど)
可愛い子兎を保護したくなった。そんなもんだ。
「気長に行こう」
差し出した手を小さな手にか弱く握られて、僕の心臓はくすぐったい心地で逸る。
それを誤魔化すように、ぐいと力を込めればフルルは立ち上がり、ふらつく。その身体を支えようと一歩踏み込めば。
握った手を、両手でぎゅっと掴まれる。
「よ、よ……よろしく……おねがい……します!」
はち切れんばかりの笑顔に、水色の瞳から宝石のような涙は弾けて舞い。
思考が停止する。
相変わらず飾らない、溶けそうな笑顔と、心底嬉しそうな声が物凄く可愛くて。
「結婚するか?」
口走ってしまった。
思考が停止していたので仕方がないと誰ともなく言い訳したくなるが、手遅れか。
握られた両手に、無意識のまま僕も両手で握り返して言ってしまった。
手を握ってしまったから手遅れとは。なにか上手いことが言えないだろうか。思い浮かばない。まぁいいか。
思考停止から無意識のままに言葉が零れた。3年待たなくてもいいか。いや、婚姻の資格があるのは準成人の16歳からなのでまったく良くはないのだが。
「……」
眩しい笑顔のまま凍りつくフルル。
「もちろん今すぐじゃないけど。将来的な婚約という形で。僕と結婚となると、僕が聖職者を辞めて、この国は出ないといけなくなるから色々面倒なんだけど……」
ぴくりとも動かないフルル。
「いや、うん、まぁ、いきなり言われても困るか。僕も自分で突然なに言ってるんだって気分だけど」
この手の中の、小さな手を守りたいと強く思ってしまう。手を離してしまうのが不安になるほどか弱い少女。手は離れない。離せない。
ぴくりとも動かない。彫像に手を掴まれているようだ。あれ?
「フルル?」
「……」
「……フルル?」
微動だにせず固まっている。
「停止魔法の部分解除するから、しばし待つのじゃ」
「マアシャンテ」
真後ろから声をかけられ、内心では心臓が跳ね上がるほど驚いていた。
「停止魔法をかけとるからおぬしの声は聴こえておらん。間一髪じゃったのう」
停止魔法……? なにをしてくれてんだ。というかどこから現れた?
だだっぴろい迷宮領域の平原。僕が気配を全く感じなかったのはフルルとの会話に集中し過ぎていたからか?
「煩わしい話は端折るがの。わしは賢者ゼィロル」
「は?」




