14話 挑む。ヴルックス迷宮4
互いに一周して取りこぼしがないか確認して拠点へと集合。
採取した物を並べて行く。
魔石が7個に、大魔石が1つ。薬草類は残念ながら0。特殊な鉱石も0。小鬼から取れる素材を合わせても銀貨30枚に届かないといったところか。
この人数で分配すればまったく赤字だが、経験という得難い物を手に入れたと思えば十分に黒字だろう。うん。
「……」
ラティス達を避けたいのか、フルルは池の縁でミーティからスライムの避け方を教授して貰っている。
自分を襲わせてスライムがどこを狙って来ているか見抜くよう仕向けている辺り、ミーティもやはり冒険者だ、実地で学ぶ主義であり、なかなか厳しいところがある。
スライムに襲いかかられているミーティは軽々と避けているのだが、フルルはその様子を見ているだけでも怖くて気が気ではないようで。あわあわと狼狽えているところを、慌てる前にしっかり見なさい、と叱られている。
良く見ろと言われも、スライムを躱すたび、露出の多めな革鎧に支えられた、揺れる胸部に注視するのは紳士としては避けるべきであり、そんな余裕があるならスライムの動きをきちんと把握して――フルルは携行食を投げ込んだ。
消化されていい物を投げ込むのもスライムへの対処法の一つだ。投げ込まれた携行食を捕えて、消化しようとスライムは丸まってしまう。
よくできましたとフルルを抱きしめ大袈裟に歓喜するミーティ。スライムから逃れたのにスライムに捕まっているようだな。とは注視を避けているつもりなので思うこともない。
「いてっ」
「……こっちの話きくの」
マアシャンテに踵を蹴られた。今のは仕方がない。頷いて納得する。
「それで、これおまえのローブでしょ」
「おお、ありが……とう?」
確かに僕のローブなのだが、何か違和感が。しっかりと乾いている。不可思議に思ってマアシャンテを見る。
「乾燥魔法。マアちゃん魔法はだいたい使えるでしょ」
「おお、ありがとう」
感嘆交じりにお礼を言う。
乾燥機に使われている魔宝石まで解析して魔導論理を覚えているというのか。宮廷魔導士恐るべしなのだが、なんとなく僕の為に魔法を使ってくれるのも予想外で驚いた。
広げれば幸いにも無傷。数日ぶりに袖を通して、肩を上下、左右へと動かして 着心地を馴染ませる。
「うん、やはりある方が落ち着く」
マアシャンテは相変わらずむすっと無愛想なのだが、どこか得意げな雰囲気で可愛らしい顔を澄ましているようにみえて。
「……」
ぽふっ、とマアシャンテの頭に手を置いてフードの上から頭をぐりぐりと撫でてみた。
無表情で睨まれる。
「マアちゃんを舐めるなって言ったはずでしょ」
「いでででっ、わかったっ、すまんっ」
嫌がるだろうなとは予想していたが、撫でている手の小指を握り捻り上げられるとは誰が予想するか。
いや子供は結構手加減せずに危険な攻撃するものだ。
マアシャンテの落ち着いた雰囲気を過信していたのかも知れない。
「ふん」
鼻息と共に手を振りほどかれる。
「マアシャンテの頭を撫でるとは、恐れ知らずなことをしているな。普段は私が撫でようとするだけでも拳が鳩尾に飛んでくるというのに」
ラティスは自分の鎧を軽く叩きながら言う。
「馴れ馴れしくするなっていってるのよ」
「わかった、以後気をつけるよ」
僕は若干涙目で捻り上げられた小指をさする。
賢さが高い分、多感な時期も早く訪れているのかも知れない。色々と難しい年頃というやつか。
「それにしても不作だな」
確かに。改めて広げた戦利品を眺めて半笑いで頷く。
他の冒険者が粗方採取した後だったのかもしれない。それにしてはゴーストは沸いていたが。
「もう少しくらい回れるかな」
日が落ちればダンジョン内の魔素が濃くなり、ゴーストの動きが活発になるうえ、下層にいる魔物の活動範囲も広がって危険だ。
日跨ぎ用の準備なんて持ち込んでいない。
(と言っても……)
最大数の宝箱が置いてある大地底湖がこの様子だと、あまり他も期待できないか。
次の採取場は慎重に選ばなければ。他の冒険者とばったり被ってしまうことほど気不味いものはない。
「僧侶殿、提案なのだが私とマアシャンテは取り分いらないぞ。無理を言って同行させてもらった訳だしな。フルルが世話になっている礼だ」
後半はやや声をひそめながら。
「……そういう話は別でしよう。今は冒険者のパーティーとして一緒に挑んでいるんだ、取り分は最初に決めた通りにすべきだ」
「ふむ、真面目なのだな」
金のことで揉めるのが一番馬鹿馬鹿しくて嫌な気分になるものだ。うるさいくらいで丁度良い。
「しかしそれでは貴殿たちの取り分は微々たるものになってしまうな」
そんなことは冒険者をやっていれば偶によくあることだ。
軽く肩を竦めようとしたところで、ミーティが帰って来てた。
「しょうがないなぁ、それじゃあ私が知ってるとっておきの穴場を教えてあげましょう」
フルルはまだ丸まったスライムを観察しているようだ。
そんなに離れていないがやや距離がある。過保護な不安を覚えればマアシャンテがしっかりと見守っているようなので大丈夫だろうと判断してミーティに向き直る。
「いいのか?」
基本的には順路を外れることはしたくないのだが。
未踏の地をあえて進む命知らずな冒険者だけでなくとも、順路から外れた場所に秘密の宝箱を置いている冒険者も少なくはない。そういう場所は見つけてもあまり他言せず、知っている者同士だけで使うのが暗黙の了解となっている。
「フルルちゃんがまだまだ探索したいって言うから、スライム回避が上手に出来たら考えてあげるって約束しちゃったの」
実りになることを厳しく教え、よくできたらご褒美を与える、ミーティの教育方針。僕は勝手に雨と飴と呼んでいたりする。上手ないが。
「せっかく10階層まで来たんだから私だって黒字で帰りたいし。他の人には内緒よ?」
僕達は顔を見合わせて頷く。
「ありがとう。それじゃあ、そこを回らせてもらって引き上げるとしよう」
ありがたく提案を受け入れる。と、遅れて。
「あ。結婚してくれるなら、もっといいところ、教えてあげられるんだけどなー」
「……」
ミーティが焦らすように言った。
一瞬変な意味に捉えてしまって、なにを考えているんだと自分自身へ頭の中で苦笑を浮かべたのだが。
「……ん、んん」
ラティスが軽く片目を閉じて咳払いをする。暗に、神殿騎士としての取り締まり対象にかかっているが、今のは見逃すぞと言っているのか。
「……牛年増」
マアシャンテはぼそっと口を開く。
他意のない発言だったのだろうが、3人とも似たようなことに思い至ったようで。
異性を相手に焦らしながら――しかも求婚しながら――ダンジョン内で順路の外へと誘い込むような文句は。
「マアちゃんの前でひわいなこと言うのやめるの」
そういう意味にしか聞こえない。
「へ……? いや、いやいやいや、そんな、そんなそんなそんな、違うよ⁉ 私、そんな、ふしだらな意味じゃ……う」
言われてミーティもすぐ気づいたのだろう。顔を赤くしながら僕に向かって手を振りながら熱弁を振るう。
「うん、わかってるよ。さあ、そうと決まれば行こう」
あっさり流す。
ミーティが少しだけ残念そうな表情をしたのは注視をしていなかったので、気づかないでいいだろう。
ラティスは呆れて笑い、マアシャンテがじと目で呆れているようにしているのも気づかないし気にしない。
さっさと出発するに限る。
大地底湖よりも奥へと進むということで、大まかな荷物はこのままで、採取品や貴重品だけ一つにまとめて、フルルが持って移動することにした。
ミーティの案内で地底湖を離れて奥に進む。
少し進んで、場所から順路を外れた道幅の狭い道へと入る。
悪路はそのまま補強もされていないし、頭上も人が通るには低すぎる場所を屈んで抜ける。
僕が先行していてよかったなと、後続に続く女性陣を振り返ってなんとなく思う。
人の気配が長い間なかった場所というのは分かる物で、空気の冷たさが違う気がする。
そんな空気の中をしばらく進んで行けば、洞窟の隙間から染み出ている、狭い川が流れていて、そこを飛び越えてさらに奥へと細い岩の割れ目のような道を進むと。
「ほう、これはなかなか」
ラティスが感嘆の声を上げる。
大地底湖の縮小版のような、個人庭園を思わせる空間が広がっていて、中央に 水溜りがあり、その周りには小さな石筍が並んでいる。
宝箱が四つ角に1つずつと、壁の上にも一つずつ。計8箱置かれているのと、 天井付近に大きな薬草が群生している。
「この小部屋、魔素の溜まり場になってるみたいで大きな魔石がよく取れるんだ。さぁさぁ、空けていこ」
ミーティの合図で手分けして宝箱を空けて行く。
女性陣は思い思いの歓声をあげながら中に入っていた大魔石を回収して行く。 それを眺めながら、僕は天井付近の薬草を採取。
珍しい葉の形をしていて、なんの薬草かは薬剤士でもなければわからないが、 素人でもこのガラスのような光沢の、青緑色の植物は魔素を含んでいるとわかる。食べると危険だが塗り薬になる。
「そして、あるかな?」
ミーティは言いながら、鎖に繋がれた小さな宝箱を水から引き上げて開く。
「じゃーん」
「おお、色付きか」
薄碧色の魔石がその手に握られていた。
「うふふ、私が前来たときに入れておいたんだけど、まだ残ってたみたい」
効力自体に差はないが、珍しいので高値が付くことがある。
「それで、これ、フルルちゃんにあげていいかな?」
なるほどそういう狙いか。僕は当然と頷く。ラティス達も異論は無いと頷いている。
「……え? あ、あの」
フルルは遅れて理解したようで、疑問符を浮かべながら忙しく全員を見渡している。
「遠慮しなくていい。はじめての探索で駆け出し冒険者に一番大きな獲物を贈るのは良くやることだ」
僕も小鬼の素材一式を贈ってもいまいち締まらないな、装備一式をあげたしいいかなと思っていたところだ。
ミーティへ賞賛の眼差しで、やるじゃないかと微笑みかける。ミーティは応えて、片目を茶目っ気たっぷりに閉じて大きな胸を張っている。
「あ、あの……え、あ、あの」
「それを売って他に装備を揃えるもいいし、記念として取っておくのもいい。こう言うのは素直に受け取っておくのが礼儀だぞ」
あわあわと慌てるフルルに、みなまで言わせないとばかりに畳みかける。
「あ、あの、でも……わ、わたし……」
フルルは遠慮ではなく、本気で困って泣きそうな表情で言葉に詰まってしまう。
「なにもしてない?」
続く言葉を引き継いでやれば、びくっと身を震わせて僕を見る。
軽く肩を竦めて、なんてことの無いように言う。
「大丈夫、しっかり役目はこなせてるよ」
フルルの背中を軽く押してミーティの方へと促せば、たたらを踏んで数歩歩み出る。ミーティの方も優しい眼差しで微笑み歩み寄る。
「はい」
大切そうに手にした薄碧色の魔石をフルルへと差し出す。フルルは躊躇しながらも、瞳に涙を溜めながらも笑顔で受け取る。
「あ、ありがとう……ございますっ」
その様子はなんだが儀式めいていて、自然と居住まいを正したくなるような尊い気分にさせてくれる。
「僧侶殿」
ラティスが真顔で、そっと僕だけに聴こえるように囁いた。
「あれは笑う所か?」
「……わからない」
僕があえて思い切り神妙に応えれば、ラティスは笑いを堪えて頬がひくひくと動く。そろそろ僕は見慣れて来たが、やはり面白い光景なことには変わりない。
フルル本人は至って真面目で一生懸命なのだが。いや、だから余計に。
やはり頭上では大きなバニーイヤーが揺れているのだった。




