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賢者とバニーガールと  作者: ふぉー
1章 冒険の始まりとバニーガールと
13/25

13話 挑む。ヴルックス迷宮3




 ないな。ない。

「これ、甘い、ですね」


 休憩拠点に戻れば、にへっと溶けるように笑顔で頬に手を充て、目を細めているフルルがいた。口の中ではミーティお手製の携行食が甘くとろけていることだろう。


「気に入ってくれた? お姉さんこういうの作るの得意なのよ」

「うむ、携行食など鳥の餌より上等ならマシなものだと思っていたが、これは焼き菓子のようだな。うむ美味い」

「あんまり日持ちはしないけど、日帰りならこんなのもいいわよね?」

「まったくだ。規律か規則か知らないが、私も常々緊急用の保存食と携行食は分けて持てばいいと思っているのだがなぁ」


 ミーティとラティスは随分と打ち解けているようだ。


「……マアちゃんにも一つ寄越すの」


 無表情で眺めていたマアシャンテも興味をそそられたようで。


「あら、あらら、一個だけじゃなくて、もっと取っていいのよ」


 ミーティはほくほくとした笑顔で携行食を包んだ麻袋を差し出している。

 相変わらずフルルとラティス、マアシャンテの間に会話はないが、携行食と飲み物を囲んでミーティを中心になんとか談笑を広げているようだ。

 ミーティに同行を頼んで正解だったなとしみじみ思う。


「……」


 今更だが僕以外全員女性なのをなんとなく意識する。だからどうしたということでもないが。

 全員を眺めて頷く。


「さて、そろそろ出発しよう」


 予定通り進めているので慌てることはないが、必要以上にのんびりするのも立ち上がるのが億劫になる。僕達はまだ進んでいる最中だ。

 今はまだ足を止めているときではない。ミーティが立ち上がり、ラティス、マアシャンテを続き、フルルが荷物の重みに苦戦しながらなんとか立ち上がる。


 思わず手を貸したくなるが、これが現パーティーでのフルルの役割だ。

 余計な手出しはせずに、立ち上がり進んで行く。

 幾分疲れも取れたようで、フルルの足取りは――あまり変わらないが、気持ち速やかになったような気もする。


「それじゃあ頼む」

「は、はい……」


 途中、マアシャンテが仕留めた小鬼を溶解処理するのを、体験ということでフルルに任せる。

 息絶えた肉塊の元にを付いて、手を組んで黙祷を捧げる。静かに。

 バニーガール姿以外は完璧な聖教徒の祈りを捧げてから、深い哀悼の眼差しで手甲と長手袋を外し、両手で抱えて水辺へと運んで安置し、もう一度祈る姿はバニーガール姿でもちょっとした聖少女の風格があったと言うと言い過ぎだろうか。

 手に付いた碧の血を見てうっと泣きそうな顔になっていたので言い過ぎか。


「ダンジョンでは手甲のままでいいよ。体液や皮膚に毒を持つ魔物もいる。基本的に素手で魔物には触らない」


 僕も鞄の中に常備している白い手袋をひらひらとさせてから、手拭いを渡してやる。

 あうあうと慌てながら受け取るフルル。そんな様子も到底演技とは思えない。


(これならアレが出ても大丈夫そうかな?)


 僕は期待するように首を捻る。

 小鬼はしばし放置して、帰りに回収すればいいだろう。

 僕達は進んで行く。


「ああいう真面目なの、昔と少しも変わらないのよ」


 また隊列を組み直す前に、マアシャンテがぽそっと言った。


「いいことじゃないか」


 マアシャンテの仮説についてはありえないと結論付けた。というか、マアシャンテにはあれが演技に見えるのか?

 

(演技でやってるなら、もう少し上手くやるだろ)


 例え演技だろうとフルルの手助けすることに変わりはないのだが。


「ふん、それでもいいの」

「うん」


 心を読まれるのもそろそろ慣れてきた。余裕を持って頷いておく。




 10階層に到着して少し進めば大きな空間に出る。

 ヴルックス迷宮最大の名所、ヴルックス大地底湖。

 天井はかなりの高さがあり、氷柱のように垂れている石筍の塊がシャンデリアのようで太い石柱と、広い空間はまるで地底に現れた神殿のようだ。

 水は高低差のある棚田状の池から雪解け水が流れ込み、冷たく透明度の高い水面に白い靄が立ち込めていて、浮遊しているアレの青白い光が反射し神秘的な雰囲気を際立たせている


 本格的に気張った観光者や巡礼者の終着地点でもあり、湖の中心にまで伸びる橋の先に小さな祠が立っている。

 ここを拠点にする冒険者も多いのだが今日は空いているようだ、僕達以外に誰もいない。誰もいない、のだが。


「ォ――。オ――。オ――。」


 音の響かない洞窟内なのに、ずっとアレの低い声が聴こえている。

 この音は魔素を伝わっている現象らしいのだが、不吉で禍々しい呼び声は人の精神に直接響いているような、背筋がぞっとする怖気を感じてしまう。


「先客もいないようだし数も多そうだ。私も手伝おうか?」


 ラティスは浮揚しているアレを見上げて言ってくれるが、申し出をありがたく断わる。これは僕の仕事だ。


(先ずはこれを片付けないといけないからな)


 聖職者系のジョブがいないと近寄り難い場所でもある。


「わぁ……」


 フルルは地底湖の様子に見惚れているようだが、アレがなんなのかは教えていない。


「あんまり僕から離れるなよ」


 青白い光が地底湖の上を浮揚し、洞窟の岩肌や湖面を煌めかせている光景は確かに幻想的で美しいのだが。


 すぅ――っと青白い光が僕達の方へ向かって来る。聖光魔法の対抗魔素圏内に入り――


「ギィ――――――――――――――」


 金切声が響き渡る。青白い光は炎のように燃え上がる。

 青い炎の中に人の影が浮かび上がり、必死な形相で僕達へと手を伸ばすが、聖光魔法に阻まれて更に苦悶の叫びが上がる。


 アレ、こと死霊系の魔物。ゴースト。ダンジョンで命を落とした者の成れの果て。

 事切れる間際の強い意識だけが洞窟内の濃い魔素に投影され、天然の魔法現象として永遠に彷徨い続けている魔物。

 怪談の否定と、魂の実在を否定する材料とされているが、魂をなんと定義するかに寄ればこれこそ魂であり、霊的な存在だとする説もある。


 確かに、人の精神と意思だけが死後も生き続けているとも言えるのだが、僕も他の冒険者同様、自然現象でしかない説派だ。

 実際に何度か遭遇すればわかるが、ゴーストは生前の記憶も人格も希薄で曖昧であり、ただぼやけた意識で生前の習性を辿るだけの魔物でしかない。


 ゴーストは生きていた頃の記憶から生者の温もりを求め、僕達へ向けて必死で手を伸ばす。

 囚われれば体温が奪われ、凍傷から凍死の危険性もあるし、その手に長く触れていれば精神力の数値に異常をきたし、最悪ゴーストに精神を乗っ取られることになる。


 最初の金切声を呼び声として、周囲のゴーストも近寄って来て人の形に燃え上がり悲鳴を上げる。金切声の連鎖は地獄の合唱のようだ。

 僕は静かに祈りの形に手を組む。

 ゴーストの額に向けて新しく聖光魔法を生み出せば、対抗魔素の効果でゴーストは光へと霧散する。聖なる光を縦横無尽に走らせて、群がるゴーストを散らして行く。


 散らしているだけなので、年月が経過すればまた復活することもあるが、そのときは魔素へと還元された分を補うため、他のゴーストと混ざり合って元とは全く別物になっているとのこと。

 理屈としては根気よく散らして行けば消滅も可能なのだろうが、手間も時間もかかるのでやる人はいない。淡々と事務的に散らして行くに限る。


「次、来るぞ」


 僕はメイスを構える。

 手早くゴーストを散らし終えた頃、ゴーストの声に反応して池から頭髪が所々残る骸骨の戦士が4体這い上がって来た。

 きっと駆け出し冒険者で、上層の階で息絶えここまで流され着いたのだろう、全員まだ新しく見える革鎧を装備していた。

 ゴーストが宿っている死体。

 骨だけの状態をスケルトン、腐乱状態のゾンビをと呼んでいるが。

 スケルトンの表面は骨を覆うように薄く光っていて、魔法で動いていることが伺い知れる。聖光魔法の影響で動きはかなり鈍らせられるが、完全に止めるには 骨に宿っている以上、物理的に行動不能にしてゴーストが抜けるのを待つしかない。

 ミーティ、ラティス、マアシャンテは戦闘態勢に入る。

 フルルは最初の金切声で竦み上がっているようで身動き一つ取れない。


(……大丈夫か?)


 なにも意地悪で黙っていたわけではない。

 ダンジョン探索をしていれば絶対はない。

 自分の想像や予想を超えた未知の出来事に遭遇する機会は必ず来る。

 希少な魔宝石が捕れる深度まで行けば尚更、未知な魔物や出来事に遭遇する頻度は高くなる。突発的な事態にどう対応するか、その予行演習といったところ。


 緊急時や戦闘中に、どう動けばいいかは事前に伝えてある。

 先ずは、絶対に慌てるな、騒ぐな、トカゲに騒いで池に落ちるなんて言語道断。


(でも、精神的にきついものがあるからな……ゾンビがいない分、見た目的にはだいぶ穏やかなんだが)


 カカカカカカカカ。スケルトンがなにか喋っているのだろう、歯を打ち鳴らしている。

 いくら自然現象だと思っていても、死霊系の魔物と対峙していると生物として根源的な死の恐怖を直接煽られ、背筋に鳥肌が立つ。

 何度対峙しても慣れないし、耐性がない者はどうしたって無理だ。


 戦闘中、フルルには退路の確保と後方の警戒を任せているのだが、逆にフルルのいる後方が気になって仕方がない。目の前のスケルトンに意識を向けながらフルルの方にも気を配る。

 と、マアシャンテもラティスもミーティも同じようなことをしていて、それぞれと目が合い思わず吹き出しそうになってしまう。

 それもまた皆同様だったようで、緊迫した空気が和んでしまって緊張感に欠ける。


「それじゃあ、私が切り込むから。ラティスさんはそっちの二体お願いするね」


 小振りだが柄の長い両刃の手斧を構えながらミーティが言う。


「了解した」


 裁きの剣を引き抜くラティス。肉厚な刀身に豪華で威圧的な獅子の飾りが彫り込まれた美術品としても一級品の大剣は曇り一つなく。


「僕らは補助で行くぞ」


 頷くマアシャンテは、スケルトンよりもフルルに気を配っているように見えるが、たぶんスケルトンくらい一瞬で無力化出来るのだろう。

 ちらっと僕を見てにひっと笑うので正解ということだ。

 僕は聖光魔法をスケルトンへ向けて照射し続けて足止めに徹する。

 どんな記憶があるのかで危険度が段違いになる死霊系の魔物に油断は禁物だ。

 油断は禁物だし――構えたミーティは真剣な面持ちで口を開く。


「……この戦いが終わったら、結婚してくれる?」

「しないし。油断するなよ」

「うん。いくよ!」


 情け容赦も無用だ。なので起こった出来事は一瞬だ。

 ミーティは柄を長く持ち、大振りの遠心力でスケルトンの肋骨を打ち砕く。振るわれる長斧は飛ぶ鳥のようだ。そのまま流れでもう一体を鎖骨から縦に引裂いて行く。

 ラティスの方も騎士らしく堂々とした剣術でスケルトンを粉砕し、速攻で難無く片がついた。神殿騎士らしく、剣を胸に充てる敬礼で死者への弔いを示している。


「ふむ、こんなものか」


 終われば、物足りなさすら感じているように言う。


「……かな」


 ミーティが周囲を見渡す。

 死霊系の魔物はゴーストの呼び声で集まる習性があるのだが、少ないということは、それだけ事故が起こっていないのだ。良いことだろう。


「もう出ないみたいだな」


 僕は一息ついて振り返る、腰を抜かして目を白黒とさせ、膝をハの字に立てて 座り込んでいるフルルへと手を差し伸べる。


「立てる?」

「あ、は、わぁっ」


 ハッと我に還り、フルルは一人で立ち上がろうとして水辺の岩肌と荷物の重さでひっくり返ってしまい――足首を掴んで緩い斜面を滑って行くのを阻止する。


「大丈夫そうだな」

「う、っうう?」


 荷物の上で仰向けになり、手足をじたばたとさせもがいている。兎と亀の童話でなにか上手いことが言えないか考えるが、とくに思い浮かばない。

 ともかく。

 死霊系の魔物を目の当たりにして精神共々、心が折れてしまう冒険者は少なくもない。そういう意味ではすぐに立ち上がろうとしているのは上々だろう。


「ちょっと足を止めてくれ」


 そのまま滑って行ってもすぐそこで止まるのだろうが、手放すのもなんだかむごい気がして。荷物ごと起こしてやる。


「ご……っご、ごめんなさい」

「立ち上がる時も、慌てないように」

「は、はい」


 ミーティは微笑ましく、ラティスはやれやれといった風に僕達の様子を眺め、 マアシャンテには踵を蹴られた。なんでだ。


「大丈夫か?」


 バニーイヤーの位置を直しているフルルへ、改めて聞く。


「あ、え、えと、はい、あの、えっと」

「?」

「たい、ろ、の確保、その、忘れて……いました……」


 後方の警戒も忘れて腰を抜かしていたな。


「うん、まぁ最初は仕方ない――じゃ済まないことが起こるのがダンジョンだからな。慌てず、冷静さと広い視野を持たないと駄目だぞ」


 優しく言うが、うつむいてしまう。


「これ、任せる。酒場に届ける大事な物だから無くさないでくれよ」


 僕は粉砕されたスケルトンの傍らに膝をついて、革鎧からジョブ章を外し、手を組んで祈りを捧げる。


「そっちも」


 もう一体の方を視線で示す。


「素手で触らないように」


 やはり仕事を任された方が安心するのだろう、気を取り直して頷き、怖々とだが、小鬼を葬ったときと同じく真摯な哀悼をその眼差しに宿して――カコカコカコカコ――頭部の顎が激しく動いた。


「ひゃぁう!」


 転倒する前に背嚢を掴んで後ろから支えてやる。


「まだゴーストが抜けきってないから、動ける部分があれば動く。気をつけるんだぞ」


 二度目なので少し強めに言った。詳しい知識がなくても、広い視野があればスケルトンの手がまだ動いているのを気づけただろう。

 予期せぬ出来事に対応して行くためには実地で学び、順応性を高めて行くしかない。


「は、はいっ」


 いい返事だ。僕は頷く。


(……ふむ)


 もしかしたら、学院で習ってないからわからないなんて言い出す貴族のお坊ちゃんよりは使えるようになるかも知れない。

 一番の懸念事項だった死霊系の魔物で心が折れなかったのは誤算だった。正直ここで挫折するだろうと思っていた。

 ラティスもマアシャンテも意外そうな表情で、カタカタと動き続けるスケルトンからジョブ章を外そうと苦戦しているフルルを眺めている。


(臆病そうなのに、やっぱり芯は強いのか)


 マアシャンテがちらりとこちらを見たような気がしたが、気のせいかも知れないし、気のせいじゃないかも知れない。気にしても仕方がない。


「さて、拠点を作って、これからは採取に回ろう」


 万事予定通りだ。

 荷物を一か所にまとめて、一応魔物避けの香を焚いておく。この階層まで潜って悪さをする冒険者もそうそういないので荷物番はいらないだろう。

 採取用の小袋と小箱を完備した全員を見渡して頷く。


「手分けして地底湖を一周しよう。ゴーストが出たら僕かラティスか、マアシャンテに報せること。池に落ちないよう注意」


 最後はフルルへ向けて。

 採取は楽しい一時だが、一番気を引き締めないといけない所だ。浮かれて余計な事故が起こってもつまらない。


「力まず浮かれず慌てずに。周囲の警戒も忘れず、慎重にな」


 よくある標語。


「あと、僕のローブがどこかに流れ着いてないかも見ておいてくれ」


 あるとすればここだろう。


「はいっ」


 興奮気味に力むフルル。

 大怪我しないように見ていればいいか。頷いて僕達は二手に分かれることにした。


 僕、フルル、ミーティと、ラティスとマアシャンテ組で分かれたのは、ミーティの提案により。

 どうにもフルルは姉妹と打ち解ける気配がなく、ここまで来てもフルルは二人と距離を置いている。


(ふむ……)


 ダンジョンに潜ってしまえば、姉妹なんだから大丈夫だろうと目論んでいたが、まったくそんなことはなく。当てが外れた。

 ラティスもマアシャンテも風変わりだが悪い人間ではない。むしろフルルのことをとても心配していて、フルルのことを考えてくれていると思うのだが。


「お姉さん達、そんなに苦手なのか?」


 僕達はラティス達とは逆回りで地底湖の各所に置かれた宝箱を確認しつつ、壁の隙間や石筍の根元なんかに魔石が精製されていないか探して行っている最中。

 世間話として話題を振って見たのだが。


「え、え……えっと、えと……えへへ」


 困ったように笑う姿はどこか硬さを感じさせて、追及して欲しくなさそうだ。


「ルシェくん」


 とん、と背中を指で叩かれた。ミーティだ。


「あ、ああ」


 さすが元見習い修道士で現在孤児院の用心棒戦士。

 孤児院でも頑なに周りと慣れ合おうとしない子供もいたりする。そういう子供はあまり追い詰めてはいけない。成り行きを見守ってあげるものだ。


「そっちの宝箱は?」


 露骨に話題を変えるくらいが丁度良いだろう。

 岩陰に置かれた次の宝箱を示す。

 ゴーストは溜まっていたが、周期的に精製されていないのか、今までの宝箱は全て空振りだった。


(黒字は無理かな……)


 無事に10階層まで到着できただけでも御の字なのだが。

 10階層まで到達出来れば、フルルの装備代の原価くらいは回収出来ると目論んでいたりもしていて、こちらも目論見が外れそうだ。

 こっそりと溜め息でも吐うとした所に。


「ま、魔石、です、よね!」


 フルルは歓声と共に宝箱から顔を上げる。バニーイヤーが大きく揺れる。


「すごーい、これはなかなか大きな結晶だね」


 ミーティは後ろから覗き込み、子供をあやす母親のように言う。

 もう一度宝箱の中身を見て、硬直しているフルルにミーティは微笑みながら。


「フルルちゃん、取っていいよ」

「は! はい……」


 慎重に手を伸ばし、その手に上等な魔石が握られる。


「……っ」


 フルルは大きな魔石を両手で持ち僕の方を見て。目が合うと溶けそうな笑顔から泣きそうな笑顔へと変わり。まぁなんというか、すごく嬉しそうだ。


(いいか、べつに)


 装備代には到底足りなくても、まぁいいか。そう思えてしまう。駆け出し冒険者の初期投資として、元は十分に取れている。笑って頷く。


「おーい、僧侶殿ー、僧侶殿のローブとは、これじゃないかー?」


 対岸からラティスの大きな声がする。剣の先に黒い旗のようにぶら下げられている、大きな布が見える。

 上手く行かないこともあれば、上手く行くこともある。いつものダンジョン探索だ。


「合流したら確認する、ありがとうー!」


 僕は対岸に向かって手を振りながら返事をする。


「ローブもあったみたいだ。目標は全て達成だな」


 僕は今度こそ溜め息を吐いて言う。

 まだまだ気を抜けないが、折り返し地点といったところだ。


「……え」

「うん?」

「え、えと、えと……あの、えへへ……も、もっと、探し、ます!」


 フルルはにへっと笑いながら、両手に持っていた魔石を箱にしまう。


「ああ、そうだ。魔宝石を見つけないとな」

「は、っ、はいっ!」


 さすがに10階層で取れるとは思えないが。万が一、測定石でもいい、魔法石が見つかれば一気に大黒字だ。

 フルルと共に、張り切って次の宝箱へ向かう。


「もう、力まず浮かれず慌てずにでしょ」


 そう言いながらミーティも朗らかに笑っている。

 浮かれるのはよろしくないが、この感覚は冒険者でなければ味わえない。

 未知へ挑むのは恐ろしいけれど、未知の恐怖に備え、油断なく挑み、乗り越え手に入れた物は、いつだって今までにない感動を与えてくれる。

 その手助けをして、一緒に感動を味わえるのは素直に嬉しいと思うし、父さんの背中に少しでも近づけたような気がして、誇らしい気分になる。


(この感動も実地でしか味わえない、大切なことだ)


 ミーティもその辺りをわかっているのだろう。

 僕達は一生懸命になって壁の隙間や岩の影を見て回るフルルを微笑ましく見守るのだった。

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