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賢者とバニーガールと  作者: ふぉー
1章 冒険の始まりとバニーガールと
12/25

12話 挑む。ヴルックス迷宮2




 「……?」


 8階層の道中。

 血吸い蝙蝠の群れを追い払った後、フルルがふらついていたので小休止を取ることにした。

 荷物を降ろし、ぐったりと疲弊したフルルが僕の視線に気づいて顔を上げる。


(水以外も、採取用の木箱が数あるからそれなりに重いだろうな)


 帰りはどうなることか。僕が持つ覚悟は既に決まっているのだが。

 体力の数値も9歳児並なので、ここまで荷物を背負って歩いただけで疲労してしまぅたようだ。疲労回復魔法も覚えるべきだったかとも思うが、即効性はあるが按摩や血行を良くする薬草の方が効果としては高いことを考えると優先度はどうしても低い。


「大丈夫か?」


 そろそろ新しく覚えた魔法の出番か?


「は……はい……」


 フルルは気丈にも微笑みを返してくれた。

 まだ大丈夫そうだ。

 そのすぐ隣には寄り添うように、10歳前後の少女が無表情でちょこんと座っている。宮廷魔導士のマアシャンテ。


「ねぇねぇ、私もマアちゃんって呼んでいい?」

「だめでしょ」

「そ、そう……あ、携行食、食べない? お姉さんこの甘いのが好きなんだ。マアシャンテちゃんにも一つあげる」

「いらないの」


 と、その無愛想な少女と打ち解けようと頑張っているミーティ。


「マアシャンテちゃんくらいの年頃なら遠慮なんてしなくていいのに……そう言えば何歳なの?」

「10歳よ」


 淡々と平然と答えているが、ミーティは大きく驚き、僕も驚いた。

 そもそも宮廷魔導士なんて普通は年齢と経験を重ね、魔導士としてなにか大きな功績を遺した者から選ばれるものだと思っていたし、それにしたって若過ぎる。


「凄いことよね。小さいのに凄くしっかりしてるし。孤児院の子供達にも見習わせたいくらい。宮廷魔導士になるのって大変だったでしょ?」

「牛年増」


 無表情で抑揚のない口調は、怒っているようにしか聞こえず。


「うるさいの」


 怒っているようだ。


「う、う、うし、うる、と、と、ととと、とし……う?」


 そんな泣きそうな顔でこちらを見られても困るが。

 今のはミーティが悪いと言うのは酷だろうが、良くはなかった。悪手といってもいい。


「そろそろ一回見回り行くか。マアシャンテ、親睦も兼ねて付き合ってくれないかな?」


 僕は立ち上がって、さり気なくマアシャンテに声をかける。


「気安く呼び捨て辞めるの」

「じゃなんて呼べばいいんだ?」

「おまえに名前なんて呼ばれたくないの」


 偉く嫌われている気がする。なにかしただろうか。


「あらあら、ダメよそんなふうに――」

「ふん。見回り行って来るの」


 ミーティの小言を遮ってマアシャンテは立ち上がって歩き出す。子供の世話で子供の意地悪には慣れていても、子供から本気で拒絶されるのは想定外で不意打ちだったのだろう。固まっている。

 ミーティへ励ましの言葉をかける間もなくマアシャンテは出発して進んで行くので、固まったままのミーティを置いて僕もついて行くしかない。

 少し離れ、小さな背中に追いついた所で。


「ラテねぇと同じよ。フルルねぇをたぶらかす冒険者に愛想よくする必要ないでしょ」


 マアシャンテは唐突に口を開く。


「……おまえに悪意がないのはわかってるでしょ。フルルねぇもなにを考えているのか良くわからないし。べつにマアちゃんが怒ることじゃないのもわかってるのよ」

「えっと?」

「マアちゃんでもフルルねぇの体質の謎はわからないの。ラテねぇと同じ。禁書を引いて魔奴贄を調べたけど、フルルねぇは生まれたときから身体の腱を切られたりしてないの」


 マアシャンテは一度言葉を区切り続ける。


「マアちゃんも魔宝石探してるけど、一人じゃ見つかるもんじゃないでしょ。収穫は今の所なしなのよ」

「う、うん?」


 矢次に投げかけられる言葉に困惑していると、マアシャンテはちらりと振り返り、無感動な無表情で僕を見る。


「それで、おまえの話しはなによ?」


 唐突な話題転換に戸惑うが、察しが良い者なら二人で話したいから呼び出したことくらい分かるか。僕は頷いて応える。


「10階層に入る前に、キミの戦力をどう数えればいいのか教えて欲しい」

「魔法はだいたい全部使えるでしょ。最近は王都のダンジョンに潜ってて、20階層くらいなら一人でもご飯がなくなるまでは余裕なの」

「すごいな」


 僕の最高記録が18階層で3日間の滞在だ。素直に感心する。


「ああ……本気で魔宝石を探してるなら、それくらい行かないと駄目だよな」


 20階層まで潜っているのはフルルのためか。


「賢者の石なんてあるはずないのわかってるから安心するの。普通に、身体強化の魔宝石がないか探しているだけなのよ」


 僕が察したことに気づいたようで答えてくれた。

 マアシャンテはずっとフルルの傍にいるのに不自然なまでに会話がなく、他人が口が挟める雰囲気ではないと思っていたが。この子もフルルのことを考えているのか。


「……にひっ」

「うん?」

「ラテねぇが気に入りそうな感じでしょ」


 マアシャンテは一瞬だけ悪戯好きそうな顔をして笑い、すぐに無表情に戻る。


「はい?」

「フルルねぇの前でマアちゃんの話しなかったのは褒めてあげるの。マアちゃんとフルルねぇはべつに仲が悪いわけじゃないのよ。ただちょっと話さなくなってるだけでしょ」


 フルルとしては年下の妹にこれだけ差を付けられていい気分はしないだろう。

 事実ミーティが宮廷魔導士の凄さを褒めていたときは肩身が狭そうだった。だからフルルと不仲なのかと懸念に思っていたが、答えてくれた。

 淡々とした口調と無表情は冷たい印象を受けるが、もしかしたら作っているだけなのか?


「凡人を相手してもマアちゃん感情はたいして動かないのよ。マアちゃんの態度が気に障るなら消え失せてくれていいでしょ」

「……心が読めるって本当なのか?」


 賢さが高いのだろう、察しが良い。良すぎる。これはこれで異常過ぎじゃないか?


「そんなわけないでしょ。まぬけな顔してる連中が多すぎるだけよ。おまえ、フルルねぇの格好に喜び過ぎでしょ」

「……そりゃ贈った物をあれだけ着こなしてくれれば嬉しいもんだ」

「……そういうことにしておくの。マアちゃんの前であんまり変なこと考えない方がいいでしょ」

「なんだそれは」


 平然と相槌を打っているが、怖いくらいに心中を言い当てられている。

 魔法ではないだろう。魔法なら――ちっ。と可愛い舌打ちに思考はさえぎられる。

 マアシャンテが足を止めて、腕輪としてつけている魔石が鳴り輝いた。


「魔法なら使われてるのくらいわかるでしょ」


 マアシャンテの周囲に照明魔法が浮かぶ。当たり前のように無詠唱か。

マアシャンテの作る光はどこかとげとげしい感触で、ぐいぐいと僕に向けて来る。


「教会の光、魔素が乱れるからマアちゃんあんまり好きじゃないの。消すでしょ」


 マアシャンテはじ青い瞳で僕を見る。


「あ、ああ」


 威圧されながらも、聖光魔法を打ち消しす。周囲からふわっとた光の感触も消える。

 魔法が使われているならなんらかの感触や違和感くらいある。

 つまりこの読心術は魔法ではなく技能らしい。


 ラティスは直感型なのだろうが、マアシャンテは観察眼が優れているのと、得た情報を思考する速度が人より速いのだろう。

 聡明、というやつか。賢さが高そうだ。


「なに見てるの」

「まぬけ顔の僕が、なにを考えているか分かるかなって」

「マアちゃんのことおちょくってるでしょ」


 いくら賢く聡明でも受け取り方は当人次第か。

 マアシャンテはぷいと顔を背けて歩き出す。

 僕は思っていることをそのまま口に出す。


「キミはなにも悪くないんじゃないかな」

「……」


 マアシャンテは一瞬だけ歩みを止めたが、すぐに歩調を速めて歩き出した。

 無表情な顔よりも、後ろ姿の方が不機嫌なのは分かるものだな。マアシャンテの歩幅は狭いので少し大股で歩けばすぐに追いつく。

 二人とも足早に歩いている。


「マアちゃん、人が考えてることだいたい分かるの。おまえがマアちゃんとフルルねぇに気を使ってくれてるのくらいわかるの」

「うん」

「でもフルルねぇだけはわからないの。今のフルルねぇはなにを考えているのか、ほんとうにわからないの」


 マアシャンテの歩調がほんの少しだけゆっくりになる。


「フルルねぇ、マアちゃんのこと嫌ってない?」


 ちらりと僕を見ながら。

 僕は歩きながら考える。


「……人の気持ちなんて分からないのが普通だからな。キミは悪くないだろ」


 相手から嫌われているのか好かれているかなんて、普通はそこまではっきりわかるものではない。


「キミはフルルをどう思う。嫌いか? それとも」

「好きに決まってるでしょ」


 ありきたりな言葉は完全に予想済みだったのだろう、食い気味に言葉を被せられる。


「うん。じゃあ大丈夫だろ」


 あまりあれこれ言うのも野暮になりそうなので、出来るだけ優しく丁寧に言って頷く。

 ありきたりな言葉だが、ありきたりな言葉でも、この子は理解してくれるだろう。

 大事なのは相手を大切に思う気持ちだ。


「……むかしはフルルねぇの方がマアちゃんの先生だったのよ」


 マアシャンテは更に歩調を緩め、普通に歩きながらぽつりと呟いた。


「マアちゃんが5歳とき、フルルねぇのステータス全部越えちゃって……二年、他所の国に留学して、帰ってきてから……あんまりお話しなくなったでしょ」


 フルルが9歳のとき、マアシャンテは宮廷魔導士になるべく国外に出ていたのか。

 丁度フルルのステータスが頭打ちになった頃。帰って来たマアシャンテとの差は開く一方だったはずだ。


「昔のフルルねぇがマアちゃんの憧れなのよ」

「キミはフルルのステータスを知っているんだよな?」


 フルルのステータスは早熟だ。子供の内は神童ともてはやされていても、大人になれば普通の人。ということが多い形なのはわかっているはずだろう。


「……そのとおりなの。感情が追いついていないだけなのもわかってるの。でも昔のフルルねぇは明るくて、ラテねぇより活発で、一人でどんどん進んで行って、マアちゃんたちを守ってくれて、優しくて勇気があって。その場にいるだけでみんなを幸せな笑顔にする、そんな凄い人だったの」


 今のフルルしか知らない僕には想像もつかない。


「でも、今はなにを考えているのか、全然わからないの」


 マアシャンテは無表情で、努めて無表情で息を吐き、足を止める。昔と変わってしまった姉にどう思われているかわからず不安なのだろう。


「家族なんだし、大丈夫だろ」


 力強く頷いて背中を軽く叩く。なんかすごく聖職者らしいことをやっている気がする。

 僕を見上げるマアシャンテ。


「なんだ?」

「マアちゃんがなにを考えてるか、わからない?」


 無表情でじっと僕を見ている。


「……そんな当たり前のことを、今更言われてもなにも動じないぞって?」

「惜しいの。不良僧侶の犬コロならこの程度だと思ってるの」


 表情を微塵も変えずに言われると、とても呆れているように見える。


「なんでその名前を」


 昔の僕を知っている連中が呼ぶあだ名を何故知っているのか、問う前にマアシャンテのは小さな指で僕の腰鞄を指差す。


「おまえ、まぬけなのは顔だけじゃないでしょ」

「あ」


 今日は宣教士のローブを着ていない上に、マアシャンテも小柄な方だ、少し視線を下げるだけでダガーが見えているのか。こんな子供がダンジョンにいること自体が特殊過ぎる事態なので完全に失念していた。

 思わず手で隠すが、隠れるはずもなく手遅れであり。


「にひっ。おまえの弱み一つ握っておくの」


 マアシャンテは意地悪そうに笑い僕を見上げる。ここにきて表情を変えてくれた。それを笑いながら言うということはつまり。


「……えーと、仲良くしようってことでいいのか?」

「にひひっ。しょーがないから、名前呼ぶくらいは許してあげるの」


 憎たらしい笑顔だ。権謀術数とでもいうのか、会話について行くだけで精一杯だな。


「なんだかな……まぁよろしくマアシャンテ」


 首を傾げて笑う。普通の人でも精一杯なのだ、フルルとは会話にならないだろう。


「む。なにか……またマアちゃんおちょくってる?」

「いやいや。ラティスもキミも、相当ステータス高そうだなって」


 よくおべっか的に使われる言葉だが、本気でそう思う。冒険者的にはそっちの方が気になる部分ではあった。


「知りたいの?」

「宮廷魔導士のステータスか、気になるけど……」

「見られて困るようなステータスしてないの。マアちゃんの戦力が知りたいんでしょ」


 筋力に自信がある戦士が露出の多い装備を好むようなものだろうか。堂々と胸を張ってマアシャンテは身体を僕の方へと向ける。


「ん」

「うん?」


 催促するように、反らした胸をもう一度反らす。測定魔法も使えるはずでは?


「おまえの力量もちゃんと見ておきたでしょ。魔法使うの」

「なるほど」


 熟練の魔導士なら魔法の発動を見ただけで相手の技巧が測れるそうだ。

 僕は魔石を取り出し、意識を集中して魔導論理を頭の中で展開する。

 魔石が鳴り輝く。


「――測定魔法――」

「にひっ、こそばゆいでしょ、おまえの魔法なんでこんなにふわふわしてるのよ」

「知らんよ」


 その辺は個人の癖だ。性格だろうか。マアシャンテの身体が光に覆われ、染み込んで行き――輝きが額に浮かぶ。


「おお、なんだこれ」


 賢さが高そうだとは思っていたが。尖っている。

 十代までは一年で10伸びるのが平均として、凡人は200前後の数字を各項目に割り振るわけだ。

 つまり賢さに全振りをしたとしても、賢さ180前後が現実的な話なのだが。

 マアシャンテのステータスは器用さが少し高く、筋力、反応、体力も平均より高く。そして賢さだけ……これ300近くないか? それに追従して精神力も異様に高い。


(こんなことがありえるのか?)


 宮廷魔導士ではないが、高名な魔導士が賢さ255だったはず。

 輝きも鮮やかで健康そのもの。晩成型に近い輝きなのだから末恐ろしい。

フルルの妹だとはにわかに信じがたい程のステータス。


 兄の能力が全て弟に取られた、なんて出来の違う兄弟を揶揄する冗句がちょっと笑えない。もちろん本人達の前で言葉にするつもりもないが。

 額に浮かぶ測定魔法の光が強過ぎて、薄目に閉じているマアシャンテは神々しさすらあるような気がして来る。この数字なら常人離れした観察眼も頷ける。


「あ、ちなみに見られてマアちゃんは困らないけど、見た方は困るかも知れないでしょ。マアちゃんのステータス国家機密だから、バラしたらたぶんおまえ死刑なの」

「はぁ⁉」


 いきなりそんな重大なことを宣言されても素っ頓狂な声しか上がらない。


「これくらい弱みを握ってればフルルねぇ預けても……まぁ安心でしょ」


 相変わらず無表情だがどこか得意げな雰囲気。

 困らないというのは、自分ならなんとでも出来るという自信があるだけで、マアシャンテ自身も御咎めなしなわけがないだろう。


「だれにも言わないから大丈夫よ」

「思い切りが良過ぎ……――」


 と、僕達の会話に反応するモノがあった。


「――構えろ」


 僕は測定魔法を打ち消して、メイスを――隠す必要がないならダガーを使う方がいいか、ダガーを構える。聖職者の丸盾にダガーという奇妙な装備。


「むう?」


 なんだかんだで心地よさそうに測定魔法の光を浴びていたマアシャンテは僅かだが不満そうに眉を寄せ、すぐに気づいたようだ。すっ、と凍りついたような冷 徹な表情で周囲を警戒する。


「小鬼だな。数は、七、八……か」


 石筍の柱陰と高台の横穴にそれぞれ四匹。中型の猿に角が生えたような魔物。丸い目玉が碧色に光っている。

 はぐれた小鬼なら余裕だが、普通は群れで来るから厄介だ。一旦下がってミーティとラティスに合流すべきか。

 いや、なるべくフルルを巻き込む危険がある戦闘は避けたい。

マアシャンテが一歩前に出る。


「丁度いいの。こっちの方がわかりやすいでしょ。宮廷魔導士の力を見せてあげるの」


 無表情で淡々と、両手を正面に向けて突き出す。

 そして静かに、囁くように唱え始めた。


「――癒えることなき焼痕に喘ぐ魔人の心臓よ――黒き劫火の火種を呑み込み決壊は加速してゆく――」


 流石に禁呪魔導論理は無詠唱とはいかないのだろう、マアシャンテは呪文を囁く。


「――無詠唱でもできるけどわざわざ唱えてあげてるの――荒廃せし禍櫃を踏み越え灼熱を映す琥珀を掴め――」

「お、おう」


 演出してくれているらしい。賢さ300越えは伊達ではないということか。


「――永遠の安息を探し求める漆黒の腕よ――永遠に嘆き続けよと神は嗤い泣く」


 マアシャンテは息を吸い、暗く重い声で最後の呪文を唱える。


「――魔人武装――」


 痛みを覚えるような風が吹いて宮廷魔導士のローブがはためき、フードが外れてマアシャンテの素顔が顕わになる――金色の風が吹き抜けた。そんな錯覚を覚える。


(金髪なのか)


 顔立ちがフルルとよく似ていると思っていただけに見事な金髪に驚いた。

 長い金髪が魔法の風に流されて、風は渦巻き、マアシャンテの右肩から巨大な黒い翼――否、腕が一本伸びる。

 僕の身長よりも大きく太い。爬虫類とも人の腕とも、どちらともつかないような異形の腕。魔素から生み出された力場の集合は黒く半透明に濁ってた。


 息苦しくなるような存在感と、見ているだけで身を裂かれるような禍々しさ。

これが禁呪魔導論理。

 はじめて見る魔法に畏怖とも感嘆ともつかない声が自然とあがる。


「魔人武装っていうのよ」


 チチチチチ。鳥の鳴き声のような音は手首につけている魔石から。尋常ではない勢いで発光している。

 魔素の消費量も並ではなさそうだ。


「二体はおまえに任せるの」


 自分は六体を相手にすると当たり前のように言っているが、たぶん八体全部相手にしても余裕なのだろうな。


「そのとおりよ」


 平然と言いながら、僕の表情まで視野に収めるほど余裕がある。

 僕は安心してマアシャンテから少し距離を置いてダガーを腰溜めに構える。


「――」


 小鬼の群れがぎゃあぎゃあと金切声を上げて一番小さな小鬼に牙を剥いている。早く行けとけしかけているようだ。


 通常、一人の相手以外襲うことのない小鬼だが、子供であるマアシャンテを狙っていたのだろう。僕の隙をついて子供の一人くらいなら狩れる、そんな打算から状況が変わって混乱しているようだ。


 それでも群れで動く小鬼は柔軟に動きを変えられない。群れの習性に背けば、次は自分が下等入りすることになるからだ。


 小鬼の狩りは決まっている。先ずは下等と呼ばれる弱い個体ががむしゃらに飛びかかって来て、それに本体が続き一斉に襲いかかる。お決まりの動きだ。

 要するに捨て駒戦法だが、ここにいる全ての小鬼は小鬼王のための捨て駒でしかない。弱い者を強い者が利用する原始的な生物。油断も同情もすることなく迎え撃てれば怖い相手ではない。

 むしろ吐き気を催す醜悪な習性に冷静さを欠かないことが大事だ。


「同意見よ。こいつら絶滅させたいくらい嫌いでしょ」

「いや、僕はそこまでは思ってないけど……」


 ダンジョン内の生態系を壊す程乱獲していれば教会から煩く言われることだろう。


「あんまり見たくないよな」


 思わず眉間に皺が寄る。

 皮膚病にかかっているのだろう、短毛の赤茶毛が所々ボロボロに禿げているし、細い腕は妙な方向に曲がっていて、所々に他の小鬼からのいじめで受けた傷を持つ小鬼が、大粒の涙で目を輝かせ、口角を吊り上げ牙を剥きながら群れから飛び出し――自棄になった生き物は概ねこんな風に笑う。文字通り鬼気迫る表情―― マアシャンテへと襲いかかる。


「触れるでない」


 マアシャンテはどこか優雅さを含んだ鋭い声と共に右手を横凪に振る。

 右肩から伸びた魔人の腕がその動きを追従し――巻き起こる鋭い風圧でマアシャンテの金髪が真横に踊る。

 飛びかかった小鬼は次の瞬間には鍾乳洞の壁にぶち当たり、碧の血を撒き散らして粉々に弾け飛んでしまった。ぶしゃ。そんな水音が耳に残る。魔人の裏拳で吹っ飛ばされたのだと遅れて認識する。


「……」

「……」


 後に続こうとした小鬼の群れが完全に停止している。小鬼が動けなくなっている光景なんてはじめて見た。僕も動けないのだが。

 その場の生物全員から注目を集め、マアシャンテはうっすらと微笑んで歩み出る。

 マアシャンテは左腕を真っ直ぐに突き出し、右腕を引き絞りながら持ち上げた。

 魔人の腕も同じ形に動く。

 拳闘士の構えにも似ているが、隙だらけで、こんな風に脇が大きく開くような構えはありえない。

 例えるなら弩弓に装填された矢のような――振り抜かれる腕。

 魔人の腕がぬっと動き出し――風が吹く。


「――!」


 正面の小鬼が洞窟の向こう、光の届かぬ暗闇の向こうへと消え失せる。

 小さな拳を振り抜いて、大きく流れた身体をゆっくりと起こし、残る小鬼を睥睨するマアシャンテ。

 右手を広げて小鬼達に向ける。握り潰そうとする手の形。魔人の腕も同じように動く。


「死にたい者から前に出るがよいぞ」


 マアシャンテがさらに一歩、脚を鳴らして踏み出せばその音が引き金となり、小鬼達は蜘蛛の子を散らすように、群れの習性に背いてまで一目散に散開して行った。

 命を賭けてでも群れの習性に従う小鬼達が逃げて行った。


「……」


 一騎当千の噂が大袈裟じゃないことは良くわかった。


「おぬしの出る幕はなかったのう」


 マアシャンテは言いながら右手をゆっくり、大きく振って、魔人武装魔法を解いた。

 ……さっきからなんというか。


「戦闘のときは性格変わる感じ?」


 そういう人は多くはないが、いないこともない。

 戦闘の昂揚感は人を酔わせるところがある。


「……」


 マアシャンテは金色の髪をまとめてフードを被り直し、小さく息を吐いてから、なに事も無かったような無表情で僕を見上げる。


「かっこいいでしょ」


 無表情だが、どことなく得意気な雰囲気。わざとか。

 非常に賢くて聡明でも、やはり10歳は10歳。子供らしいところもあるのだ。

 同意しながら肩を竦めて笑いかければ――


「ふふっ、素直で可愛いぼうやじゃのう」


 妖艶な微笑みを返されて、思考が空回転する。

 背丈や顔立ちはあきらかに10歳児なのに、魅惑的-―いや、蠱惑的とでも言おうか、教会の地下で長い時を眠っていた葡萄酒のような、ぞくりとする芳醇な色香の笑み。

 一瞬目の前の人物が誰か分からなくなる。


「まぬけ面してるの」


 瞬きをした次の瞬間には、無表情のマアシャンテに戻っていた。目を擦る。光の加減だったのか?


「マアちゃんを甘く見ない方がいいでしょ」


 無感動、無表情で、お前の全てを見透かしているぞと言わんばかりに言う。


「……こんな特技を教えてくれるってことは?」


 どういう意図があるのかわからない。思考がついて行かない。


「……」


 マアシャンテはなにも答えず、黍を返し――足を止める。


「フルルねぇは、この、マアちゃんの……宮廷魔導士マアシャンテの姉なのよ」

「……」

「考えるといいの」


 呟いて、一人で歩いて行ってしまった。暗い洞窟に取り残される。


「いや、それは……」


 思考は到達点に辿り着くが、言葉にできない。

 そんなことがあり得るのか?

そんなことがあり得るとして、何故、なんのために?

「……」


 と、ぼやぼやしている本当において行かれている。

マアシャンテは一人でも大丈夫だろうが、一人にしていいかどうかは別問題だろう。慌てて後を追いかける。

 小さな背中に追いつく。


「言わなければよかったの。おまえを悩ませるだけでしょ」


 マアシャンテは僕に背を向けたまま、微かに震える声で言った。

 どれだけ賢くても子供なのだ、賢い所為で思いつく懸念に感情が追いついていない。


「……考え過ぎだろ?」

「わからないの」


 マアシャンテは消え入りそうな声で呟く。

 そう言われてしまえば確かなことは僕にもわからないのだが。


「まぁ……わからなくてもいいじゃないか」

「……」

「確かなことは、マアシャンテは自分の身体を張ってでもフルルの安全を確保しようとしてるってことだ」


 国家機密のステータスを僕に晒してでも。僕は明るく励ますように言うが、マアシャンテは無言で淡々と歩き続ける。

 その後ろ姿に小さく息を飲んで、もう一度考える。


(フルルが……演技をしている?)


 そんなことが、あり得るのか……?


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