11話 挑む。ヴルックス迷宮
出発までにばたばたとしたが、進み出せば速い物で。
三頭の馬は真っ直ぐヴルックス迷宮を目指す。
フルルはミーティの馬で二人乗りをしている。
朝食を取りながらダンジョンでの行動を話し合っている間は人見知りをしていた フルルだったが、馬上でなんとか打ち解けているようだ。
ミーティなら子供の世話は僕以上に得意なので任せて正解だろう。
ラティスはマアシャンテと共に栗毛の軍馬に乗り、かなり先行している。マアシャンテの馬だということだが、後方に伸びた二本角は流麗で、なにより馬の脚色が違う。かなり上等な軍馬なのだろう。
難なくヴルックス迷宮の入り口が見えて来る。
ダンジョンでの目的は三つ。
僕のローブの回収、10階層での探索、フルルの本格的な冒険者体験。
ということで、フルルには道具の管理と収集品の管理他、雑務を任せることにした。
夕暮れまでの時間一杯潜る予定なので、荷物持ちが一人いると随分楽になる。収集を主体とした探索では収集品の管理は重要な役割だ。
大きな背嚢を背負った背の低いバニーガールというのもなかなか面白い。後ろから見ると大きな背嚢からバニーイヤーが生えているように見える。
「この紐を、こう止めておくと楽だぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
観測所に鞍を預けて、各自装備品の最終確認を行っている最中、鎖骨の下で肩紐同士を繋ぐ紐を留めてやる。
フルル、ミーティ、ラティス、マアシャンテ。一緒に潜る人員を順に確認して行く。
全員問題無いと頷く。僕も頷き返して、いざ。
相変わらず入り口の番兵や他の冒険者から奇異な視線で見送られてダンジョン内へと進む。
今回一番注目を集めていたのは神殿騎士だったのだが、バニーガールに気づいて更に困惑は加速しているようだった。宮廷魔導士は存在を知らない者も多いだろう。
フルルは二度目だからか、姉妹が一緒だからか、前回より遥かに落ち着いている。
張り切って背嚢の肩紐を握っている様子を見るに、なにか仕事を任せている方が落ち着く性分なのかも知れない。
戦士に騎士、僧侶に魔導士。全体の目として狩猟士や、荷物持ちとして行商人を雇うなど、補助要員を一人入れることを考えれば構成としては決して悪くないはずなのだが。バニーガールだ。
一行は進んで行く。どんどん進んで行く。順調だ。なんの問題もない。
「……なんで僕が」
5階層を超えて来ると、丸まったスライムを見かけるようになる。捕食中は白く濁った半透明で、その向こうにうっすらと獲物が見えるのであまり凝視はしたくないが。
(中身は……群れからはぐれた小鬼か)
スライムの中で猿に似た小鬼と呼ばれる魔物が捕食されていて、獲物を冒険者が仕留めた証として角が折られている。
仕留めた魔物をスライムにさらし、不要な肉を食わせ、骨や鱗といった魔素を多く含む部位だけを持ち帰る為の溶解処理。
ダンジョン内の魔石や魔物は自由にして良いと定められていても、他人が仕留めた獲物に手を付けるのは流石に冒険者同士の掟破りだ。
自分が仕留め証として角を折る、二本角なら右側を、角がなければ右後ろ脚を切り取るややえぐい作法。
「……」
まさか本当に哨戒役をやらされるとは。
6階層からは岩肌が黒くなり、分かれ道や高低差のある場所が増えて一気に危険度が増すので本格的に隊列を組んで進んでいるのだが。
僧侶が斥候へと出て、騎士が最後尾に控えて全体を見守ることに徹し、遊び人が中心になって戦士と魔導士で守るという、わけのわからない隊列でパーティーは進んで行く。
遊び人、戦士、魔導士の本体を僕とラティスで護っているような形。中心の遊び人を道具管理や雑務用の行商人と置き換えれば、長期で挑む場合はあり得る隊列ではあるか。
「……?」
そんなことをぼんやり考えつつも、周囲には気を配っている。
後ろから気配。
振り向けばラティスが自前の聖光魔法を片手に近づいて来ていた。ラティスの光には変な圧迫感がある。押しが強そうな性格が表れているのだろうか。
怪訝な表情を向けるのだが、朗らかに笑い隣まで駆け寄って来る。
「少し二人で話がしたくてな。こっそりと迂回して駆けつけたのだ。向こうはマアシャンテがいるから大丈夫だ。なんの心配もない」
僕の疑問を先回りして答えてくれた。
「それならいいけど」
隣に並ぶラティスに向けて、僕は肩を竦める。
並んで歩くラティスの身長は僕よりやや低い程。女性にしては高い方か。
二人分の聖光魔法は明る過ぎる程に黒い岩肌のダンジョンを照らす。石筍の影に隠れていた迷宮鼠が小さな鳴き声を上げて走り去っていった。
「ダンジョンに潜るのも久しぶりだな」
辺りを見渡しながら懐かしむように言う。
「神殿騎士なのに?」
「神兵長ともなると、なかなかな。私は大規模探索の部隊指揮のときに潜るくらいで、普段は神兵の訓練を見たり、王国騎士団と縄張り争いで貴族に見栄を張るため、式典へ参加や模擬試合など、つまらない雑務に追われている日々だよ」
教会法の矛盾を埋めるため、下請け的に組織された公務職が力を付け来て以来、聖教職と公務職の関係は微妙な物となっているとかいないとか。
憲兵も今では王国騎士団側に所属する公務職であり、少数精鋭の神殿騎士は年々立場が弱くなっているとのことだが。冒険者にはあまり関係ない政治の話か。
「まだ若そうなのに、すごいな」
「うむ、今年二十歳になる。困ったことに団長から目をかけられているようなのだ」
そう言って誇らしげに笑う。
組織の話までは良く分からないので適当に話を合わせるしかないのだが。
雑談めいた世間話をしつつ、二人並んでダンジョンを進んで行く。
「僧侶殿はなにも聞かないのだな」
会話の合間にぽつり、呟かれる。本題に入るようだ。
「いや、聞くよ。でも人前であれこれ聞けないだろ」
「それは、フルルを気遣ってくれて?」
「家庭の事情だからな、普通に聞き辛い。それに、あんまり催促はしない主義だ」
ラティスはふむ、と一呼吸ついて僕の目を見る。視線が交差する。
「僧侶殿を信用しよう。私は人を見る目はあるつもりだ。僧侶殿は信用に足る人物だと見た私の目を信じて、どんなことでも聞いてくれて構わないぞ」
「なんだそれは」
妙な言い回し方だった。
「ああ、私は自信家なのでな。常に自分を信じているのだ」
「はあ」
僕は曖昧に相槌を打つ。
「言葉通りだ。自信家だからな、私は自分以外信じない、信じるものか。絶対に信じないぞ。だから僧侶殿を信じるのではない、僧侶殿を信じて良いと判断した私を信じるのだ」
「心になにか重い物でも抱えてるのか?」
「逆だ。なにも抱えたくない。なににも寄りたくない。信じるということはそれだけ相手に依存を抱えることになるし、抱えさせることになるだろう? 僧侶殿を信じたのだから責任を取れ、なんて言うつもりはない。裏切り者には粛々と報いを受けさせるだけだ」
拳を握り締めて堂々と、清々しく言い切るラティス。
なんというか、いや本当に、なんというか。
「そう、私は常に私自身を信じているのだ。私ならやれる、私だからやれる、私は私を裏切らない、私だけは絶対に私の味方だ、だって私だからな」
よく分からないが。癖がある人物なのだなというのはよく分かった。
なにかしら哲学や信仰がなければ巡礼の旅をやり遂げるなんて、なかなか出来ることではないだろう。旅の間に目覚めてしまったのかも知れないが。
「まぁ聞きたいのはフルルのことだよ。ラティスはどこまで知っているんだ?」
「それはこちらの台詞だな。フルーレルはどこまで僧侶殿に話しているのだ?」
「とある物が欲しくて冒険者をやりたいって聞いた」
「なんだ、全て話しているのか。私は正確な数字までは知らないのだが、フルーレルのステータスは一族の呪いかも知れないという話だ」
「……呪いって」
ステータスに異常が現れない身体の不調、原因不明の奇病をまとめて呪いと称している一種の俗語。僕は半笑いなのだが、ラティスの表情は意外にも真剣だった。
「迷信だと思われるかな。だが迷信も信仰も突然生まれるものではない、元となるものが必ずあるのだ……」
ダンジョンの中でするような話題ではないかも知れない。
洞窟内部だというのにあまり音は反響しない。原因は、岩肌や隙間にスライムの幼生が張り付いているからだと解明されているが、それでもふっと消えて行くような声で呪いだのなんだのと話をするのは不吉な感じがする。
「ハハ、眉唾な話なのだがな。僧侶殿は知っているかな、狂賢者の魔竜伝説を」
ラティスは努めて明るい声でいうが、重い空気は晴れない。
僕は一つ喉を鳴らして口を開く。
「きょう? 二代目賢者の伝説なら知っているけど」
「狂賢者の名前で知らないということは肝心な部分を知らないようだな。いや、お伽話や歴史の教科書は教会のおかげでどんどん表現が控えめに、簡素になって行っているようなので仕方がないことか」
腕を組み一人で頷いている。
「私もマアシャンテに指摘されるまでは我が家に伝わる伝承と、二代目賢者の伝説が同じものだとは気づいていなかったしな」
「なんの話だ?」
ラティスは真面目な口調で語り始める。
「狂賢者、二代目賢者、どちらでも良いが、その者が我が家のご先祖様らしいのだ。偉人を先祖に持っているといえば聞こえが良いのだろうがな」
呆れを含んだ溜め息をついて。
「その者は元々、魔奴贄だった」
魔奴贄。奴隷よりも酷い扱いを受けていた、魔法を使うための生贄にされていた消耗品の人間。
洞窟の空気が重く圧し掛かるような錯覚を覚える。
「僧侶殿、この手の知識は?」
「知識って……言われてもな」
「具体的な使い方は知っているかな?」
普通に魔法を使うときは、魔導論理を意識し暗唱――べつに唱えてもいいが――しながら手の中の魔石から水を吸い上げるような心地で発動させる。生贄となればなにか違うのだろうか。質問している以上、違いがあるのだろう。
……。
「えぐい話か?」
ラティスは頷く。
「魔奴贄は身体に骨まで達する穴を空けられる。そこに枷と月蚕の糸を埋め込んで、一人で歩くのも困難な状態に……とにかく非人道的な扱いを受けていた」
声は反響しないダンジョンだが、足音だけは響く気がする。
「聖教歴以前、戦乱の時代、そんな風にセフィロード大陸全土ではより良い魔奴贄の開発がなされていた。従順で大人しく、意図的にステータスの劣った人間を作り出す実験が繰り返されていたと記録にもある。教科書には言葉をぼかし、短く書かれているがな」
悪趣味な時代の価値観を事細かく伝える必要もないだろう。その辺りは研究者に任せておけばいい。
「生まれた頃から奴隷として、家畜として、信徒として、喜んで命を捧げるように教育していたらしい」
文字通り生贄の文化。
「ご先祖様はその時代、末期の魔奴贄だったそうでな」
石筍から伝う地下水がぽつり、ぽつりと音を立てる。ふと地底にいることを意識して息苦しさを覚えてしまう。
「ステータスがある程度までしか育たないよう魔奴贄の品種改良が続けられ、自我も薄く反抗心も育たないようにと、道具ですらない、ただの消耗品として生み出されパーティーに同行させられていたらしい」
確かにお伽噺では落ちこぼれの魔導士として伝えられているが、そんな魔導士を連れて魔宝石が生成されるような深度まで潜る話には違和感を覚えていた。
時代背景も考慮すれば、そちらの方が真相としては筋が通っている気がする。
「賢者の石を手に入れ、全てを知ったご先祖様は怒ったのだろうな、とにかく大陸全土を戦禍に巻き込んで行き――この辺りは今も語られているな、ダンジョンの恐ろしさを伝えるためと、道徳的な教訓を込めて教会でも活用されている話だ」
ラティスは腰に手を当てやれやれと息を吐く。
「各国と聖教会の成り立ちに関わる話で、呪いの話とは関係がないのだが。当時の為政者に虐げられていた者達は、ご先祖様を新たな賢者として崇め、それぞれが崇め、戦いは泥沼化して行った」
その逆に、当時の為政者からは魔竜、狂賢者と呼ばれた。そういうことか。
「そのどさくさに紛れ、今までの賢人経典にある、強者が弱者を支配するような悪習を断つために教会が設立されたということなのだな。今でこそ強者である権力者に良いように使われている腐った教会だが、設立された当初はなかなか過酷な状況だったようだ」
ラティスの言い様に、僕は驚きの視線で神殿騎士様を見る。
「おっと失言だ。みなまで言うことではないな。組織は維持が目的になれば途端に矛盾を産み理想を見失い腐る。そんな全ての人間が知っていることでも口にするだけでもっともらしい罪状で捕縛されるクソッタレた世の中なのだ、地位も名誉もある私のような人間が迂闊なことは言うべきではないな」
明らかに使い慣れていない悪態をついて、うんうんと頷き続けるラティスへ怪訝な視線を送り続けるのだが、まったく動じる様子はない。
「いやなに、久しぶりに信用しても良いと私が判断した他人とダンジョンに潜るのでな。少し浮かれ気味なのだ。私はこういう神殿騎士なので気を楽にして欲しいと自己紹介も兼ねている」
「と言って油断させるのは、異端審問の手口でよくあると聞くが?」
「まったくクソッタレているな」
どうやら本心らしい。僕の緊張をほぐそうとしてくれているのか。
「普段はもっと落ち着いた神殿騎士をきちんと演じられているので安心してくれたまえ」
「べつに心配してないよ」
「本当に?」
にやっと笑った顔は自信たっぷりで、あまりフルルには似ていないな。
「凄いな、僕の心でも読んでるのか?」
「なに、私は勘が良くてな。あとは独断しているだけだ。それらしいことを当てずっぽうに堂々と言い切ってしまえば、相手は自分の意見を不安に思い、私が正しいのではないかと思う。私が正しいことを言っているんだと思い込む。大丈夫だ、私の言うことは正しい。間違えれば堂々と謝罪し頭を下げるし、間違えても正すことができる、だから私は常に正しいのだ」
よく分からないが。その口調からも、謝罪の時は腰に手を充て堂々と頭を下げるラティスのが目に浮かぶようだ。
「心を読むというならマアシャンテの方がもっと酷いぞ。あれこそ読心魔法の領域だと言っても過言では無いだろう」
そんな魔法も伝説上と仮説の上では成り立つらしく、魔導士達が測定魔法からなんとかできないか頑張っているそうだが実現はしたという話は聞かない。
「それで? フルルの体質が魔奴贄だった二代目賢者の呪い……まぁ現実的に言えば、その先祖返りだってことなのか?」
話を戻そう。
「それが正しいとは到底思えないがな。父はそう思っている節があるようだが。そもそも狂賢者が本当に私達の先祖かどうかも怪しい話だ。本当だったとしても、父方の親戚を全員辿って見たがフルーレルのような者はいないし、過去にもこんな例はないとご年配の方々は言っている」
簡単に言っているが、それなりに苦労しただろうに。
同情を引こうとしているわけではないのだろうから、勝手に憐れむのも無礼な気がするので、軽く尊敬の念を覚えておくことにする。
「私は単純に、フルーレルは母に似ているだけだと見ているのでそう心配はしていない」
「母親に?」
「うむ、母は病弱でな。身体も弱いし、ステータスもあまり高くない。フルーレルはその体質に似たのだと私は思っている。魔法のおかげで出産が安全に行えるこのご時世でも、マアシャンテを産んで以来、体調があまり芳しくない」
それで心配していないとは話の繋がりがよく見えない。首を傾げてラティスを見ると、得意げに答えてくれる。
「母は宮廷画家なのだ」
「ほう」
ステータスに現れない技能という物も確かにある。
ステータスによって向き不向きの傾向はあるが、芸術方面は感性や感覚、意思や思想に寄る部分が大きいので、賢さや器用さの数字が高いからといって、そのまま素晴らしい作品が創り出さるわけではない。
ステータス以外に必要な物がある。人はそれを才能と呼ぶ。
「母に似て芸術方面に技能があるようでな、フルーレルは歌が巧いのだ。だから楽芸士をやるのは許可したのだが……まさか遊装人に就いてそこから冒険者を目指すとは。相変わらず私の予想を明後日の方向に進む妹で手を焼いている」
なんというか。
「過保護なおねえちゃんって感じだな」
「それもあるが、私は聖教会の綺麗事にある、あなたが生まれて来たのには意味がある、無駄な人間なんていない。と言う聖句が好きなのだ。クソッタレている世の中でも希望が持てる良い言葉だ。事実、人間はステータスだけじゃ測れないものだろう。必要なのは何を成すかだ」
一理は一応ある。と思いつつ。
能力がはっきりステータスという数字となって表れるこの世界、技能を身に着けやすいステータスの傾向も分かるので、それの綺麗事には異論がある者も多い。
「まぁ……理想と自分のステータスが一致していないなんてことも世の中では良くある事だしな。自分を受け入れて生きるのが一番楽なのは確かだな」
その逆も然りで、ステータスだけで見るならば僕は盗賊でもやっていた方が向いているのだろが、そうはなっていない。意思で決めることができる。
ラティスは深々と頷く。
「自分に向いているジョブに就き、真っ当に仕事をこなすことが一番なのだ。真面目に働いている遊装人もいる。きちんと職務を全うすればいい。むしろ普通に働く方が楽芸士として成功するのではないか? フルーレルは可愛いからな。僧侶殿はどう見る?」
「つまり冒険者を諦めるように言って欲しいってことか?」
先ず猫背をやめさせてからだなと思うが。質問には答えず、結論を促す。
「うむ。その通りだ。遊装人が冒険者をやる必要なんてどこにもない。僧侶殿もなかなか鋭いではないか」
「話の流れ的にそうとしか結論出ないだろ」
一般常識でもある。
(結局……)
体質の問題は身内でも分からないということか。
「頼めないだろうか?」
何気なく聞いているようで、その目は本気だった。
「僕も修道士の道がいいとは思っているんだけどな……そこは本人の選択に任せないと駄目だろ」
「あのフルーレルが自分で気付けると思うか?」
「無理強いするのか?」
「昔は良く衝突したものだ。フルーレルは一度決めたらなかなか頑固な所がある」
あの弱々しい外見やおどおどした態度からは少し意外だ。内弁慶というやつだろうか。
「それに私はあまり暇ではなのだ。こんな風に付き合えることは稀だ。ああ、そうそう、今日、本当は僧侶殿を潰すつもりで来たのだがな。妹をたぶらかす悪辣な冒険者にひっかかったのだとばかり思っていた。ついでに非礼を詫びておかなければならないな」
ついでで非礼を詫びること自体が礼儀知らずだと言いたいところだが。
「仲の良い姉妹を見るのは嫌いじゃないよ」
笑うしかないので笑えば、ラティスは疲れたように笑いながら溜め息吐く。
「まぁ考えておいてくれるといい。頃合いを見計らって上手くやってくれると見込んだ私の目に狂いはないはずだ」
「……」
僕は答えない。
ラティスは僕の考えを見抜いていたようで、神妙に問われる。
「……人死にをフルーレルに見せたくない、というのは過保護だろうか」
「……どうかな。冒険者をやるなら、それも見るべきだとは思うけど。その上で考えて、決めてもらうつもりだ。それが嫌ならラティスの方でなんとかしてくれ」
どれだけ万全を期しても事故は起こる。ダンジョンで絶対はない。
命の危険は付きものだ。
15階層から先では半年に一度以上の頻度で死亡者が出ている。10階層でも油断をしていれば命を落とすし、大怪我を負う危険は十分にある。
細心の注意を払うつもりだが、どこかで必ずスライムの比ではない危険に遭遇する。また遭遇するパーティーを見ることになるだろう。自分がそうなる可能性を目の当たりにして、続けるかどうかを問うつもりだ。
「それとアレだな。アレを見ても続けられるかどうか考えてもらう。今日はアレを見せに来たところもあるんだ」
10階層での探索に含まれている裏の目的。冒険者を長くやっていると感覚が麻痺してくるアレだ。神殿騎士はすぐに察したようで、ああと頷く。
「僧侶殿は厳しいのだな」
「アレを目の当たりにして教会の門を叩く人もいるんだし。ある意味当たり前の手順を踏んでいるだけさ」
「身内相手にはその当たり前がなかなか難しいのだな」
ラティスは腰に手をあてて大きく息を吐く。
やや走り気味で過保護な様子だが、確かなことは一つ、フルルを傷つけたくない、守りたいのだろう。
いいおねえちゃんじゃないか。




