9、おいでませ、謀反人の皆さま
「まぁ確かにはじめは自分のした事だから、王政派の残党にせっつかれるのは仕方ないし、世の中そんなもんだろうなと思ってたな。ずっと帝王学を学ばされてたし」
ドレファン一家の船は身を隠し、他国を学ぶ目的をかなえるためには理想的だった。
「なぁ、海の国は前はいい国だったよな」
ぽつりと言ったレオンをシーアは横目で一瞬見やるが、作業の手は止めなかった。
「資源と織物はちょっと有名だがそんなに大きな面積でもなし、際立って豊かでもなし。中の中から、おだてて中の上ってトコか?」
素直に答える。
彼女のあけすけで遠慮ない言葉にレオンは気を害する風もなく、楽しそうに喉を鳴らした。
「でもまぁ、やっぱあれだけの港に恵まれた国は他にはないな。内陸の方は知らないけど海岸の方は気候が穏やかだよな。でもって海岸線が長くて港が多いからか船乗り気質が多くて、おおらかな人間が多い気がする」
ジャガイモに目を落とし、作業を続けるレオンの表情が緩む。
「議会制になる前、一度ウォルターに上陸させてもらったことがあるんだ」
シーアはポツリと言った。
何かを思い出すように少し間を開けてから続けた。
「10歳だったと思う。あの頃はどこに寄港しても船にいたんだ。ウォルターの連れてる子供なんて、いろんな意味で危なっかしいからな」
下船は許されず、船で過ごす少女にとって甲板からこっそりと盗み見る港は憧れの場所だった。
「海の国の港だけは、下船を許してもらえたんだ。初めて他の港に降りたから覚えてる。今までで一番好きな土地柄かもな」
その告白は、かなり効いた。
ドレファン一家の頭領が子供を連れて歩いても安全な港。
海王と呼ばれるウォルター・ドレファンにそう評価してもらえた事も誇らしく思えた。
「この船に乗って、他の国を見て初めて気付いた。うちはけっこうまともでいい国だったんだな、と」
そう言ったレオンは眉根を寄せ、少しだけ自嘲気味に笑んだ。
今さら、とでも思っているのかもしれない。
「自由にさせておくには惜しくなったか?」
からかうように言ったシーアの表情は穏やかだった。
人の物になると途端に惜しくなる気持ちはよくある。
「それもあるが、このままだと結婚もままならんしな」
レオンも冗談めかして嘆息した。
このまま身を隠して別人になりすまして生きて行く方法もある。
しかし、一生後味の悪い思いをして生きて行くのは目に見えていた。
「出生が露見した時の事を考えるとこのまま妻子を持つ気にもなれず、かと言って俺だけ家庭を持つことを諦めるのも納得がいかん」
議会に政権を譲った時、これで「普通」になれるのだと思った。
国王に子が無かったため継承者としては育てられたが、母親の身分が低く、妊娠当時は正当な側室でもなかったため後々まで苦労していたのを見ていた。
愛情を持った女性にそんな思いをさせなければならない事が幼いながらに納得できず、幼いからこそ許せなかった。
大切なものを守るために働き、時に戦う生き方。
島の生活を守る事が唯一無二にして最大の目的。
ドレファン一家の船に乗り、こんなにも単純で明確な思想があるのかと思った。
そもそも、議会も海賊も、国民も、誰であろうと動機は単純で、己の欲望にひたすら素直で、とても身勝手なのだ。
その欲望を抑えるか、否か、その違いだけではないか。
それならば自分もそうすればいい。
「ここにきて自分や家族を守れるだけの環境が整えばいいだけの話だって事に気付けた。迫害してくるものを排除した結果、国が今より少しでも良くなれば好都合」
彼は、笑んだ。
それは勝算のある人間の顔で、シーアはそんな彼をこの日初めて目にした。
誰もがうらやむような容姿。
髭もそり落とし、素顔を隠す物がなくなったはずなのに、奥深いところに怜悧でありながら獰猛な何かを隠しているように見える。
こっちが本性か━━━
彼が人当たりが良く、実はかなり子供好きなことをシーアは知っていた。
子供と触れ合う機会はあまりないが、港で出会えばすぐに子供達と馴染む人間である。
将来持つであろう家族のために、しいては自分の望みのために━━━
なるほどね。
シーアは心中で頷き、納得出来た気がした。
己のために帰るのであるというなら、最悪の結果が出ても諦めもつくだろう。
彼自身も、自分も━━━
◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆
海の国の王政復権派の代表として現れたのは、オズワルド・クロフォードと名乗る四十代半ばになろうかという堂々とした風格の背の高い男で、他に部下を2人連れていた。
議会制になるまで貴族でありながら城南地区の警備の最高責任者だったという。
部下二人の方はレオンとやり取りしているところをシーアも見た記憶があったが、さすがにオズワルドは大御所なのか初見だった。
部下の一人はレオンと同年代であり、オズワルドとは一見して血縁者に見えた。
おお、なんか立派でかっこいいな。
まさに貴族って名前だし、ウォルターと同じくらいの年に見えるけど全然違う。
「取引相手なんだ、上がってもらえばいいだろう」
ウォルターがあっさりと船室を提供したため、甲板で彼等三人を迎えたシーアはそんな事を考えた。
部屋にはウォルターと、客人達に怪訝な顔をされながらもシーアが同席した。
明日の帰国の手順を確認している男たちを尻目にシーアは板壁に背を預け、腕組みしたまま船室の小さな丸窓に目をやったままだった。
「正式な帰還として式典を行います。港の方が人も集まりやすく、城にも近いですし。人の目があれば議会も手を出しづらくなります」
服毒を図られたが、レオンはそれに気付かぬ体で発表もせず行方をくらませたため、全権を譲渡した王子と議会は、表向きは友好な関係であるとされていた。
そこで議会が苦肉の策として発表した「王子は遊学中」という状況を逆手に取り、オズワルド・クロフォードは正面から帰国の旨を連絡した。
議会側は王政復権派の動向の見極めと対策に苦慮しながらも、王子帰国の準備に追われることとなった。
「明後日の日の出の時間にしときな」
それまで一言も発せず、部屋の隅で壁にもたれたままだったシーアは帰国の日を耳にした途端、唐突に口を挟んだ。
客人達は場違いと言えるような若い娘を訝しむように振り返る。
三年間、レオンと連絡を取り続けていた彼らは常にレオンの傍らにあったシーアの顔も心得てはいたが、あくまでも「ウォルター・ドレファンの養女」としてしか把握していなかった。
「明日は一日雨だ。視界が悪い。あんまりよろしくないだろ?」
視界が悪ければ、警備の目がいき届きにくくなる。
「明後日なら大丈夫なのでしょうか?」
主を三年預けた事に対して感謝か信頼でも覚えたのか、もしくは半商半賊にも礼を尽くす人間なのか。
オズワルドは丁寧な口調でそう問うた。
「この日を置いて他にはないというくらいに最適だ」
シーアは不敵な笑みを浮かべる。
それから颯爽とした足取りでテーブルに寄ると、男達が頭を突き合わせて見ていた海図に指を伸ばした。
「着岸の準備はここ? だったらここから、まっすぐ港に入れ。時間は指示する」
シーアは港にある印を確認してから海上に指を走らせ、真っ直ぐにレオンを見上げる。
「お前はついてるな。餞別だ。最高の門出にしてやるよ」
妖艶と言うには毒が強く、いっそ禍々しいと言っていいほどの凶悪な顔つきでシーアはにっと笑んだのだった。
翌日の空は厚い雲に覆われて日中でも暗く、雨は終日降り続いた。