表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第1章 海姫と拾われ王子
7/55

7、ご紹介します。こちら海賊の皆さんです。

 まだ困惑気味に港に目を凝らしているレオンに、ギルが呆れたように肩をすくめて見せる。

「子供じゃないんだ。そのうち船を乗り継いででも帰ってくるさ。それより問題はあっちだな」

 顎で沖を示され、つられてそちらを振り返ると、沖に一隻の船影が見えた。

「スミス一家だ」厳しい表情でギルは低く唸った。

 ギルが口にしたそれは海賊の名であった。


 一見、一般の中型帆船のようだったがドレファン一家の船員が見誤る事はない。

 航路を変える事もなく、まっすぐこちらへ向かって来る様子に、まわりの船員達にも緊張が走る。

 ギルが素早く操舵席へ移動し、レオンも動きかけて、相手の船を二度見する。

 船首近くで大きく手を振っているのは━━━出航に間に合わなかった相棒、シーア・ドレファン。その姿であった。


 右手を高く上げて大きく手を振っている。

 スミス一家に背を向け、彼らの視界から隠すようにシーアは左手を胸の前でひらひらと動かす。

≪安全ナリ。戻ル≫

 ドレファン一家特有の手話が、そう告げていた。


 ドレファン一家は沖へ舳先を向け、スミス一家の船は港へ舳先を向けた状態で、二隻の操舵士達は絶妙な操作で船を並列に並べる。

 ウォルター・ドレファンは、海王と呼ばれるだけあって世界中の船乗りから良くも悪くも一目置かれる存在だ。

 代々からの呼称のため、実は本人はその呼び名を「重い。完全に名前負けなのに」と嫌がっているのだが、無益な争いを好まないその主義は同じく流血を嫌う船乗り達からは一目置かれている。


「悪いな、ウォルター。おたくの嬢ちゃんに世話になった。叱ってやるなよ」

 向こう側の船からそう声を張ったのは、四十代後半位なのだろうが、ずいぶんと見目の良い金髪の男。

 整えられたひげが印象的だった。


 海賊船の船員━━━つまりは海賊がドレイク号に板を渡す様子にドレイク号の船員に緊張が走る。


 ウォルターはそんな船員達を落ち着かせるかのように、その傍に海面に足を投げ出すように腰を掛けた。

「わざわざ送り届けてくれるなんて、さすが紳士だな、スミス」

 そう笑いながら。

 海賊の中でも、スミス一家は穏健派だと知られていた。


「面倒かけたな、嬢ちゃん」

「おたくも大変だね、じゃあ」

 シーアはスミスに軽口をたたいて板に飛び乗った。


……あのおっさん、あっちの船長じゃねぇか。

 ギルは派手に眉間に皺を寄せる。


 そこで金髪の若い男に呼び止められたシーアは振り返る。

 彼女を呼び止めたのは眉目秀麗で、優美な顔立ちの男で、実にスミスによく似ていた。


 ああ、あれが世界中の港に恋人がいるっていうスミス一家の跡取り息子か━━みな一様に納得した。

 シーアは跡取り息子と何か一言二言交わし、それから別れを告げるように片手を上げる。

 そんな二人の様子を見てスミスは豪快に笑っていた。

 そして今度こそ波で揺れるのも、海面からの高さも物ともしない様子でシーアは軽快に板を渡って来る。

 日頃から帆を張る横棒(ヤード)の上を走り回っている成果だろう。

 跡取り息子は何を言われたのか憮然とした表情でシーアの背中を見送っていた。


 海賊船から橋渡された板を足で押さえていたレオンは、シーアが戻ると右手を差し出し彼女は何のためらいもなくその手を取った。

 ひょいと甲板に降り立つと大げさに声を上げ、シーアが渡り切ると同時に、板は外された。

「ぎりぎり間に合ったー」

 海賊の船長はそんな彼女を見やってからウォルターに声をかける。

「そいつが次の跡取りかい?」

 スミスの視線の先を見たウォルターは「どうだかねぇ」と、はぐらかすように肩をすくめた。


「嬢ちゃん、嫁の貰い手がなけりゃうちの馬鹿息子のとこに来ないか」

 スミスの揶揄を含む声に、シーアは大げさなまでに顔をしかめた。

「嫌だよ、そんな女好き。船長さんならちょっと考えるけどね」

 珍しく茶目っ気たっぷりに可愛く言って見せる。


「残念だな。俺は愛妻家でね」

 スミスも笑って答えて手を振り、縁に腰掛けていたウォルターもそこに立ち上がった。

 まるでこれで仕舞いだというように。


 海賊の船からは見えなかった。

 シーアは差し出されて取ったレオンの手を最後まで放さなかった。

 またドレイク号でも、二人が右手同士をつないでいたため、重なるようにシーアの背後に立ったレオンに阻まれてそれを見た者はほとんどいなかった。

 よって、誰一人として気づかなかった。


 レオンの手を握ったままのシーアの手が震えていた事も、その手がとても冷たかった事も━━━

 繋がれた人間にしか、それは分からなかったのである。


 海賊船はそのままそこに停留し、ドレファン一家のドレイク号は予定通り沖へと動き出す。

 海賊船が完全に離れたころ、シーアはずるずるとそこへへたり込んだ。


 レオンが慌てて支え、回りの船員も怪我でもしていたのかと騒然となったが、周囲の心配をよそに、シーアはうめいた。


「あ~怖かった~、よその船、怖いわ~」


 その様子に皆ほっとした顔をしてから、「海姫でも海賊船は怖かったか」と船員達は皆あえて馬鹿にしたように笑った。


「知らないやつの馬に相乗りするようなもんだぞ! 癖も勝手も違うし! やっぱうちの操舵士が一番だわ」

 食って掛かるように反論した後、シーアは甲板に両手をつく。

 海賊の中では道義に厚い一家と言われてはいるが、海賊であることには変わりない。

 そんな連中と二日過ごした。

 神経を張り詰めていたが、それを悟られては足元を見られる。

 夜も一睡もしていない。

 それらをおくびにも出さず過ごすのは、非常に労力を要した。

 そして極めつけはドレイク号と海賊船が船を並べる状況。

 さすがに胸が苦しくなるほど緊張した。


「ダメだ・・・安心したら眠く・・・」

 重い息をついて眉間に皺を寄せて目をつむるシーアの頭を、ウォルターがわしづかみにする。

「な、に、を、やらかしてるんだ、お前は?」

 ウォルターの顔は笑っていたが、さすがに目は笑っていなかった。


「あー、スミスんトコの馬鹿息子が迷子になってたから船まで送ってやっただけだって……だめだ、ほんとに眠い」

 スミス一家の跡取り息子はシーアより年上である。迷子と言うような年ではない。

 ウォルターの手がぎりぎりと頭を締め付けるが、文句は言わなかった。


「説明するまで寝かせんぞ。レオン、そいつ持って来い」

 レオンは言われた通り抱え上げようとしたが、シーアは「自分で歩く……」と目をつむったままレオンの肩を押して抵抗する。


「船長命令だ。運んでやるから休んでろ」

 レオンはため息をついて強引に抱き上げた。

 そうは言ってもすぐに降ろすことになる。

 彼女のひどく疲れた様子に、状況はともかく少しの休養が必要である事を判断したレオンは一瞬、思考を巡らせる。

「船長、ちょっと脱水起こしかけてるみたいなんで食堂寄ってなんか飲ませてから行きます」

 レオンの言葉に首だけ振り返ったウォルターの表情は心底嫌そうな顔を作った。


「やっかいだな。仕方ない。ちょっと寝かせとけ」

 本来ならばここまでの勝手をした船員にそんな処遇は許すべきではない。

 けれど、結局はみな彼女には甘いのだ。

 そしてウォルターもまた、レオンの機転に助けられた。

 船長としての立場もあるが、娘がここまでの睡魔に襲われるのは一晩以上寝ていないからだと窺い知る事が出来たし、彼自身思い当たる負い目もあった。


「ん~、眠い、だけだから、だいじょぶ~ぅぅぅ」

 シーアは目を閉じたまま、しかめっ面で呻いて降りようともがいていたが、体に力が入らないようだった。

「みんなごめんん~、心配かけた・・・」


 あ、ダメだ、こいつ完全に寝ぼけてる。


 彼女が寝ぼけた時にだけ妙に素直になるのを把握している船員達は、彼女の本心からの詫びと捉えて受け入れる事にした。


 頭がはっきりした後は大抵ほとんど思い出す事はないので、本人には詫びた記憶はないだろうが。

 両手がふさがっているレオンの代わりにギルがドアを開き、「一応・・水でも持って来てといてやるよ」と含みを持たせて出て行く。

 脱水と言った以上、体裁が必要だった。


 船員は船長などを除き皆大部屋にて順番に睡眠をとるが、さすがにシーアは性別を配慮されて無理やり仕切って作った小さな部屋を与えられていた。

 レオンはすでに眠ったらしい相棒を、寝返りも出来ないような小さなベッドに寝かせると靴を脱がして毛布をかけてやる。

 部屋を出ようとするその背に、声が投げかけられた。


「ありがとう、レオニーク・バルトン。1時間したら起こしてくれ」


 もう何年も名乗っていない名で呼ばれ、一瞬ぎくりと体が硬直したのを感じる。

 ゆっくりとシーアを振り返ったが、彼女はもそもそ動いて壁に向かって毛布にくるまったところだった。

 まだ寝ぼけているのか否か━━━判別に迷ったが、疲れ切った彼女にそれ以上言葉を発する事は出来ず、また、かける言葉も咄嗟に見付からず、レオンは後ろ手に静かにドアを閉める。

 後ろ手にドアノブをつかんだまま、一瞬でため込んでしまった緊張を吐き出すように息をついた。


 その名を秘す事としたのはウォルター・ドレファンとの密約だった。

 だが、「それはそうだろうな」と思う。

 有能な彼女が気付かない筈がないのだ。

 こちらの準備も整った。いい頃合いだ。

 レオンは顔を上げると甲板へと繋がる扉へと歩き出した。


 それにしても。

 海賊船に乗って帰るのはさすがにまずいだろう。

 この件が広まればこれからの仕事にも影響を及ぼす可能性さえある。

 仲間内からもシーアに対して糾弾の声が上がるのではないかとレオンは危惧したが、全て杞憂に終わった。


「親が親なら子も子」

「あんな父親を見て育ちゃ、娘もそりゃ平気で無茶するようになるだろ」

 年嵩の船員達は笑っていた。

 むしろ「さすがはあのウォルターの娘だ」とばかりに褒めた者まであった。

 あれだけの騒ぎを起こしておきながら、まだ父親よりはマシだと笑われるなど━━やはり「海王」と呼ばれるだけの人物なのだ、と思わぬところで改めて思い知らされた。


「一時間だけ寝るそうです」

 甲板にいたウォルターにそう報告すれば、それを聞いた船員達は目を見張った。

 一時間とはまた相変わらず自分に厳しい。


「……その頃はちょっと忙しいな」


 視線を泳がせるウォルターに、内心「そんな事はないだろう」と目を細めながらもレオンは畳みかける。

「では一時間半後に起こしに行きます」

 あえて区切って言うと、ウォルターは唸るように降参した。


「……二時間後で頼む」

 せめて二時間位は休ませてやってくれ、と言う親心がありありと見えた。

 彼女を休ませてやりたくとも立場上それを良しとしない船長を、またしても甘やかす事に成功したレオンは「わかりました」と内心苦笑しながら従順な体で答える。

 二時間後起こしに行った際、「一時間と言っただろうが」とシーアに文句を言われたが、「船長の配慮だ」と言うに(とど)めた。


 その後、シーアが入った船室から響いた怒号に皆一様に耳を疑う。


「━━おい、なんで船長が怒鳴られてるんだ……」


「どうしてこうなった」な展開ですが答えは第1章おまけ「海姫と海賊エミリオ・スミス」にて記載しています。

気になる方はネタバレにはなっていませんので先にそちらをお読みいただいても大丈夫です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ