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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第3章 海姫と海の国の物語
51/55

15、スーパーお説教タイムが始まったが、ちゃんと自業自得だと思ってるので

妊娠出産に関する記述があります。ご注意ください。

 海姫たる彼女を正確に知る人間達はみなその生存を確信していた。


 希望的観測ではない。

 海姫と呼ばれる彼女は、海に落ちた程度では死なないのだ。それを知るのは海姫という人間の本質を知る、一部の限られた人間だけである。

 例えば、半年前に進水式で追い払われた海賊達が岬からの転落を聞いて「ろくでもない反撃に出たのではないか」と訝しんだように。


 かつて海姫と呼ばれ、海の国の黒真珠となった人間。

 帰国した彼女は国王と周囲の献身的な努力により、海の国オーシアン国王と結婚した頃からの記憶を少しずつ取り戻してはいるが、それ以前及び事故当日の記憶は今だ思い出せずにいた。


 海姫の持つ海に関する知識も、失われた事になる。

 それは海に生きる者が欲してやまない情報であり、彼女はその価値を失った。



「いくらなんでもそれは無理矢理すぎるだろ」

 それを聞いて、ドレファン一家の面々は大笑いした。


 海の国オーシアン北の台地レイスノートの国境近くの絶壁から転落したと聞いた時も「あいつがそれくらいで死ぬタマかよ」「次は何をやらかす気なんだかな」と馬鹿にした笑いをこぼした連中である。

 誰の目もない大海の上で、ドレファン一家は愛しい娘とかつての仲間である錆色の髪の男の成功に祝砲を上げ、祝杯をあおった。

 そして算段を始めるのだ。

「さて、うちにケンカを売ってきたやつらはどうする」

 安全な仕事専門になる事を決めた海王率いるドレファン一家であるが、これまで培ってきた手腕を手放した訳ではない。

 ドレファン一家と海の国オーシアンを敵に回して海で生きられるとでも思ったのだろうか。

 くつくつと、海の男達は笑う。


「恨みを買うのはナシだぞ」

 そう言いながらも、ウォルターは楽しそうだ。

 目には剣呑な光が滲んでいる。

 気がつけば、ウォルターだけではない。

 ギルはそっと息をつき、杯を傾けた。


「やっぱり親子だな」

 年嵩の船員が豪快に笑った。

 ウォルターが死亡したと騙されてシーアは激怒したが、今回それと同様の真似をしたのだ。

 むしろ、家族を騙すのとはワケが違う。あの二人は世界を騙す事に成功した。

 ウォルターは満足そうに笑み、そして考える。

『セシリア・ドレファン』の死亡届を出しておくべきか否か。

 大洋の上で見付けた海賊に襲われた後の商船。

 どこの海賊の仕業かと確認のため近付けば、赤ん坊の鳴き声が聞こえた。

 血の海と化した船の中で母親と思しき女にかくまわれた赤ん坊を見付けた。

 長期航海に女子供が乗る事は少ない。

 ワケがあるのか、無いのか。

 そんな事を考えながらウォルター・ドレファンが事切れた母親の腕から赤ん坊を抱き上げたのが二十四年前。それはシーア自身も知らない己の出生であった。

 まぁ、誰か酔っぱらって話しているかもしれないが、とウォルターは内心笑う。

『セシリア』の名前の由来を聞いたシーアは「おくるみに刺繍? そんなの気前のいい奥方が要らなくなったおくるみを使用人に払い下げただけの話じゃね?」などと言っていた。

 大いにありえる話ではあったし、二人してどうせ使う事のないまま終わる名前だろうと長らく忘れかけていたほどである。


 今度『セシリア・ドレファン』の存在をどうするかレオンに相談するか。

 レオンに告げること無く婚姻解消のネタにしようとしていたくらいだ、勝手に抹消したらシーアに何を言われるか分からない。

 結婚に際して「もしや」という可能性を危惧したウォルターは「シーア・ドレファン」の婚姻免状をしたためつつ、今後娘が『セシリア』の名を使う事がないよう、彼にしては殊勝にも祈ったというのに、転落の前にその勝手な書きつけが届いた時は「あーあ」と思った。

 本当にろくでもない娘に育った。無償で引き受けさせてしまったレオンに申し訳ないと思うほどに。

 育てられた恩義に報いようという気持ちがあるのだろう。時としてそれこそ血のにじむような努力をし、幸か不幸か生来の素質を持っていた事も相まって他を圧倒する能力を持ってしまった娘。

 決して船乗りにする為に拾ったわけではない。島で子供を成し、そこで幸せに生活してくれるだけで十分だったのだが。

 世の中分からないものだ。

 しばらく考えて、海王と呼ばれる男は検討を放棄する。

 今は二人の成功の余韻にゆったりと、心ゆくまで浸る事にしたのだった。


 今回ドレファン一家はシーアの置かれた状況を聞いても一切動かなかった。

 海姫は陸に上がり、一家とは関係が切れた。

 そう世間に認識させる必要があったからだ。

 シーアをドレファン一家を利用するための駒にしないために。

 

 もとより彼等はシーアの無事を誰よりも確信していたのだから、動く必要はなかった。

 かつて両手両足を縛られた状態で海に落とされても生還した人間である。

 下手に勇んで加担しようものなら、後にシーアに罵倒されるのは目に見えていた。


 ドレファン一家は、依頼によってしか動かず、縄張りにさえ手を出さなければ、とても温厚な一家である。

 自分達から仕掛けるような真似は決してしないが、今回は過去に携わった仕事に関する情報を売られた。


 今後似たような馬鹿をしでかす可能性のある連中への牽制にもなるだろう。

 恨みを買う隙も与えない状態で壊滅させるという手段はないものか、彼等は酒の肴に講じ始めるのだった。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


 ジェイドに付き添われて入室したリザを見て、シーアは不思議に思う。

 まずは執務と後始末だと考えていた。

 近い人物に会えるのは当面先だと思っていたのに。レオンの配慮だろうか。

 国庫管理管の制服姿のリザの頬は少しこけていた。

 しかし、その瞳にみなぎる物を見て「あ、まずい」と思った。


 国王専用の応接室には、レオンとその護衛であるグレイ。

 そしてジェイドに連れられてきたリザの4人。

 次に扉が開いて顔が見えたのはオズワルドで、全員が以前よりも疲れた顔だったり、少しやつれた感がある。


 しかしシーアは後顧の憂いを断つために必要だったのだと、後悔も、申し訳なく思う気持ちもなかった。


 だが、続いてオズワルドと共に現れたカリナを見た瞬間、それは見事に覆された。

 それまで余裕のあったシーアの表情が一瞬で崩れ、弾かれたように立ちあがる。

 青ざめた顔色に頬のこけたカリナの表情はこわばり、美しく輝いていた豊かな髪に艶はない。

 憔悴しきったその姿に、初めて胸が痛んだ。


 対して髪形以外あまり変わりのないシーアの姿を見たカリナは、両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。それだけにはおさまらず、その場に膝から崩れそうになったカリナをシーアは素早く駆け寄って抱き留めた。

 カリナの小さな頭を薄い胸に抱いたシーアは眉間に皺を寄せ、何かに耐えるような表情を浮かべた。

 

 シーアの様子に「やっぱり記憶が無いなんて大ウソじゃない」と怒りに目の据わったリザがゆっくりと近付き、その気配を察したカリナは顔を上げる。

 自分だけがシーアを独占する権利など無い事に気付き、身を引いたカリナに代わってリザがもう一歩踏み出すと同時にカランと乾いた軽い音が室内に響く。

 杖を手放したリザは両手でシーアの胸倉を一度つかんでから、その胸元を一度重く叩いた。


「あなたの葬式の準備させられる身にもなりなさいよ!」


 叫んで、縋る。

 左足に力が入らないリザの背に両腕を回し、シーアは黙って支えた。

「残った方が、みんな死んだみたいな顔してたのよ」

 額を自分の胸に押し付け、喘ぐように訴えるリザの豊かな金の髪に口元をうずめたシーアは幼子をなだめるようにその背を優しく叩いた。伏せるようなその目には先ほどと同じような痛みに耐えるような色があった。


 床に転がるリザの杖を拾い上げたジェイドは、頃合いを見てリザの肩をそっと抱いてシーアから引き取る。

 リザは慌てて目元を拭って杖を受け取り、自分の足で立つとこの場に入室できるよう取り計らったグレイを見やった。

「ごめんなさいね、隊長さん。ご期待に添えられずに」

 涙を取り繕うように言えばグレイは首を振った。

「こいつは女に泣かれる方が堪えるだろ。充分だ」

 効果は絶大だったと思う。

 言って、リザの傍らに立つジェイドに頷いて見せた。

 今日の所はリザの役目はここまでだった。


 この場は、少しでも王妃の記憶の琴線を揺らそうと、親しくしていた人間を集めたという建前だった。


「カリナ様、来月から会計締めの準備が始まります。もしお加減がよろしければまたお力を貸していただけないでしょうか」

 約三か月ぶりに顔を合わせたカリナに、リザは声を掛ける。

 驚いたように顔を上げるカリナに、リザもまた心を痛めながら優しく笑いかけた。

「しっかり寝て、しっかり食べてくださいね」

 そう微笑して再度シーアを睨んだ。

 シーアにはシーアの考えがあって、だからこそ今の結果がある。それは理解しなければシーアが報われない。

 しかし、そのやり方はいつも周囲の人間を疲弊させる。

 

 付き添って退室しようとするジェイドを見上げて、リザは困惑した顔を見せた。

「あなたには、聞く権利があるんじゃないの?」

 言いながらシーアに目を向ければ彼女は硬い表情で頷いた。

「あなたのご家族の誇りも傷つけられたでしょう? ちゃんとあの子の口から納得いくまで聞いた方がいいわ」

 当初よりグレイとジェイドは王妃の指示で国境に付き添ったとされていたが、国民の中には王妃を売ったのではという疑念を持つ者もあったし、指示に従った彼等に反感を持つ者も多かった。


 一度身についた汚名を晴らすことは難しい。


 若い彼に説くように言ったリザの清然たる言葉にカリナの表情が曇り、そんな養女にオズワルドは気遣わし気に視線を送った。

 ジェイドは一瞬だけ躊躇うような表情を見せたが、王妃から直接指示されたのはグレイだ。

 それならば自分は後で聞いたのでいい━━そう判断し、リザのために扉を開けてやるとそのまま退室してしまった。


 そんな二人の背を見送ってから、グレイは口を開く。

「お前が馬鹿なことするから、あそこがこじれたじゃねぇか」

 ぐるんと首を回し、シーアは信じられないような目でグレイを見た。

 驚いた顔をしたのは国王をはじめオズワルド親子も同じだった。

 なかでもシーアの驚きは大きく、次にその瞳に喜色が浮いたのを見て、グレイのおさまりかけていた怒りが一気に膨らんだ。

「嬉しそうな顔すんじゃねーよ、こっの馬鹿。お嬢さんまでこんなにやつれさせて、てめー分かってんのか」

 多分に怒気のはらむ声に、カリナははっと顔を上げる。

「いいえ、グレイ様っ」

 カリナはそこで声を張った。


「私は、知っていたんです━━」


 彼女の言葉に、シーアは顔をしかめた。

「カリナ」

 制止の意味を込めて名を呼んだが、カリナは強く首を振った。


「シーア様が養父ちちとグレイ様と、どちらと国境に赴くか悩まれたのも、グレイ様を選ばれたのも、知っていましたし、反対もしませんでした」

 まさか海からの転落を企てているなどとは思いもしなかったが。


 この一件の後、国を円滑にまとめ直すためにオズワルド・クロフォードが不名誉を被ることは避けなければならない事態だった。

 そして北方の山岳地帯出身であるグレイには地の利があり、身のこなしが軽い。

 確実に生きて帰る事の出来る人材だと判断した。

 

「陛下、申し訳ございません。わたくしが、シーア様に懐妊の話をしました。それに━━もうお戻りになる必要はないのではないかとも、発言いたしました。罰は受けます」

 カリナは覚悟をして、ここに立っていた。

 レオンは驚いたように軽く目を見張りながらも、懸命に言葉を紡ぎ出そうとする彼女の声を黙って受け止める。


「でも、出来る事なら私とグレイ様との婚約をお認めください」

 グレイやジェイドが苦境に立たされるのを知っていて、それを黙認した。

 それもカリナを苛んだ要因の一つであった。


「おい」

 低い声で、シーアはさえぎった。

「ふざけるな、何を言ってる。駄目だ」

 そんな事をしたらお前らは対等な立場にいられなくなるだろうが。

 鋭い口調でカリナを制するシーアは混乱していた。普段は見られないような強い動揺がそこにあった。


「養父とも相談しております」

「つまり、グレイの不名誉を晴らしたいと?」

 声を張ろうとするシーアにレオンは鋭い視線を送って黙らせ、まっすぐにカリナを見詰めた。

 険しくはないけれど、穏やかでもない硬い声色だった。

 真摯でありながら感情の読み取れない空色の瞳を、カリナも見上げる。

「彼をクロフォード家に迎える準備はあります。時期を見て婚約を解消してもいいし、形だけの夫婦になってもいいと言い出しましてね。今回の褒章に降嫁という方法を取りたいと」

 オズワルドはそう言葉を補って困ったように養女を見た。


 グレイにはシーアを女子修道院に迎えに行った時からずっと考えてきた事があった。

 ここまでの成り行きを総合して確信を得た。

「妊娠ってのは、嘘だな?」

 張り詰めた彼等の中に低く一投を入れる。


 シーアに再会した時、その怯え切った表情と、そして何ら変わらない、相変わらず色気のない細い体に驚愕したのだ。

 懐妊の自覚があったとされる時期から3か月経とうとしていたのに、そこにそんな様子はなかった。

 打ちのめされた。しかしその後の彼女の様子に一つの疑念を抱きもした。


 こちらを振り向く黒髪の女には、いつもの笑みがあった。

 勝ち誇るような、見透かすような、腹の立つ笑み。

 そんな事だろうと、思った。


 ドレファン一家も、リザもそうだ。

 妊娠と出産がいかなる危険をはらむものか、養母を出産によって亡くしたシーアは知っていたのだ。

痛烈なまでの印象と、悲しい、やりきれない記憶を抱いている。

 ちまたに流れる噂通りであれば王妃は懐妊の自覚があった事になる。

 そんなシーアが、断崖絶壁から落ちるなどという選択はしないのだ。


 懐妊疑惑に関してはシーアは放置する考えだった。

 みな勝手に、いいように受け止めるに任せる。

 間違いだったと思う者もいるだろうし、悲しい事故だったと国王夫妻に同情を寄せる者もいるだろう。

 子を成し、失ったという事さえ忘れてしまった王妃と腫物を扱うように接する者もいるだろう。

 それでいい。

 首謀者であるシーアは、筋書き通りに事が運んだ事に満足を覚えている。


 目論見を知ったグレイは心が軽くなったのを感じた。

「だったらいい」

 心の底からそう思った

 彼の大きなため息は、呆れとも安堵とも見受けられた。

 それだけが気がかりだったのだ。

 それさえ捏造された物だと分かれば、彼の心はやっと落ち着きを取り戻し、表情を和らげた。

 その様子を見てシーアは軽く瞠目し、それから苦笑する。

 本当にこいつは。どうしてこうもいい男なのか。


「俺みたいなのにこの時期タイミングで降嫁なんて事になりゃ、世間体が悪くなる一方でしょうが」

 グレイは上司を見てうんざりと言った。


 褒章だと思う人間がどれほどいるだろう。

 羊飼いの娘が不要になり、国家に反覆するような真似をした男に嫁がせて厄介払いをしたと思う人間もいるだろう。

 それはオズワルドにも予見できた。

 しかしそれでカリナの気が済むのであれば、と許可し、グレイがそれを拒む事まで予見していたのだろう。


 オズワルドからシーアに視線を巡らせ、グレイは低い声で発する。

「他人に勝手に自分の責任を負われるのがどんなもんか、これであんたも少しは分かったか?」

 身勝手な女を責めた。

 シーアは、顔を翳らせて少しうなだれる。思いがけず彼女の意気消沈した様子に、グレイは満足してカリナに目を向けた。


「お嬢さん、あんたがそんな責任を取る必要ない。こいつの仕組んだ事だ」

 それを気にして、彼女はこんなにもやつれてしまったのだとしたらそれはシーアの責任だと思った。

 中途半端に告げたから、彼女は苦しむ事になったのだろう。それは変わり果てたカリナを見た時のシーアの動揺を見れば分かった。


 今回の一件で、護衛隊長の評価は地に落ちた。

 シーアを発見し、迎えに出向いた功績があるとはいえ、それはまだ完全に払拭されていない。

「でも」となおも言いかけるカリナを制するように、グレイはシーアを見て口を開く。


「で? これはどういう事だったのか聞かせてもらおうか。どうせろくでもない事なんだろ」

 しゅるり、と黄色いリボンをポケットからつまみ出して見せつけるように掲げれば、シーアは本当に嫌そうな顔をし、カリナがはっと息を飲む気配があった。


 グレイの手の先から垂れるそれを目にした瞬間、カリナは愕然とした。

 聡い彼女は、一瞬にしてそれの意味を把握する。


「本当に、ろくでもない話です」

 カリナはゆっくりと、怒りを露わに低く告げたのだった。




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