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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第1章 海姫と拾われ王子
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5、じゃ、しばらく別行動で

「巣」への出航日が近づき慌ただしく準備に追われる中、巣へはレオンが同行すると知ったギルがシーアを船底近くの荷室に引っ張り込んだ。

 荷はほとんど信用のおける貸倉庫に入れたので荷室はほとんど空だった。


「今回はレオンが行くらしいな。お嬢、それでいいのか?」

「ウォルターがどちらか一人と言うからな。わたしは行った事あるし」

  そうシーアは肩をすくめて笑った。

 そんな彼女に、六つ年上の彼は少し声を潜めて詰め寄る。

「あいつが港で妙な人間と会ってるの知ってるのか」

 ほぼ四六時中一緒にいるのだから、当然把握している。

 もうずっと以前からだ。

 すれ違いざまに男から何か渡されたり、目配せするのを見た。

 連絡を取っている相手は少なくとも二人はいる。

 他にも金を払って商店の人間に書簡を預けたりと様々な方法で連絡を取り合っている人間がいる。

 常に行動を共にしているからこそシーアは気付けた。そうでなければまず気付かれないだろう。それほどまでにレオンは細心の注意を払っていたし、警戒していた。

 その多種多様な連絡方法は学ぶところも多かった。

 彼らは予定外に寄港する港にまでも現れる事があり、シーアは内心舌を巻いたほどである。


「よく気付いたな。あいつはウォルターの言いつけで動いてるだけだよ。気にするな」

 ウォルターの仕事だといえば妙な説得力があるのを把握しているシーアは、出まかせを言ってトン、となるべく軽い調子でギルの肩を叩いた。

 本当に、よく気付いたものだと感心する。面倒見がいいにも程がある。新人二人組をずっと気にかけて見守っていたのだろう。

 さすが次期操舵士候補だとも思った。


 レオンが何か企みを持って乗船し、情報を流しているのではないかシーアも始めはとても警戒した。

 だがすぐに気付いた。

 レオンは情報を受け取る側だった。

 彼が向こうに何かを渡す事はほとんどない。

 ドルファン一家のように独自の手話でもあるのかと思ったが、それも怪しい。

 そして最近のレオンは彼らと接触する頻度が増えている。


「出航だそうだ」

 二人の間の空気がいつになく緊迫しかけたその時、荷室の入り口からレオンが顔を出した。

 今日は巣に渡る人間以外は下船する日だった。残っている船員がいないか確認して回っているらしい。

 下船する船員にとってはしばらくの休暇だ。

 島に戻る者と、ドルファン一家に好意的で安全に寄港できる港にて下船し、各々自由に過ごす者に分かれた。

 ギルは巣での操舵を学ぶため船に残り、シーアは数少ない女友達が近く結婚するというので会いに行く予定にしていた。


「じゃ、後は頼んだよ」

 甲板に出たシーアは手短に言って身の回りの物が入った麻袋を肩に掛け、軽快な足取りでタラップを降りて行く。

 先ほどの事に何を言うでもなく、後腐れない様子で下船するその背を、レオンは思わず呼び止める。

 首だけ振り返った彼女に、何か言いたげにするが結局彼は言うべき言葉を見付けられず黙ってしまう相棒にシーアは心得顔でニッと笑んだ。

「しっかり働いて来な」

 そして後ろ手にひらひらと手を振りながら街へ向かって行く。それはまるで「気にするな」とでも言うかのようであった。


 彼女は自分が髪やひげを整えると不都合な事に気付いている。

 行く先々の港で船外の人間とやり取りしているのを分かっていて、ウォルターの仕事だとギルに嘘をついた。

「海の国」(オーシアン)王家の紋章の存在を知るのはウォルターとシーアだけである。

 彼女は、気付いているのかもしれない。レオンは微かに眉をひそめてそう思った。


 ここの船員も、寄港した港の女達も、彼を色男だ男前だと言うが、一番の男前は彼女だと思わざるをえなかった。


 シーアと組んでから三年になろうとしている。

 彼女は半年に一度帰るかどうかという少ない頻度で島に帰還していた。

 本船であるドレイク号は島に戻る事は少ないため、帰島する者は島に帰る他の船に便乗して島に渡る。そして島で家族と過ごすためその船はしばらく出航しない事が多い。

 仕事熱心であるせいか、それともレオンのお守りをしているつもりなのか、彼女の島での滞在時間はいつも短い。そのため帰島した船とは別の、島を出る船に乗って船を乗り継ぐようにしてドレイク号に戻るため、一度島に帰ればたいてい十日、長くて二十日近くは不在にする。

 離れるのは初めての事ではなかったが、郷里に帰るのとは違い、今回はしばらく女一人で陸に上がる事になる。さすがに心配にもなった。


 たとえ短剣を隠し持ち、靴や髪を縛る紐に武器やら道具やら細工を施した完全武装の女であったとしても、とても心配だったのだ━━━


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


 シーアは海の国(オーシアン)から二つ国をまたいだ港からソマリの港に船で渡った。

 ソマリは海の国(オーシアン)に隣接する産業の盛んな国であるが、港が小さいのでオーシアンに港の利用料を払って産出物を流通させていた。

 海の国(オーシアン)との国境に近い小さな港に着くと、桟橋からすぐ見える赤煉瓦の大きな建物にシーアは慣れた足取りで入る。

 なじみの総合商社で、ソマリの国でも有数の企業だ。


 カウンターの向こう側で帳簿片手に指揮を執っていた女性に手を振る。

「リザ!」

 シーアに呼ばれた女性は顔を上げ、同時にぱっと表情がを明るくした。

「どうしたの、久し振りじゃない。ちょっと待ってね」

 切りのいいところまで仕事をすると、帳簿を置いて嬉しそうに駆け寄ってきた。

 はっきりとした目と大きな口。シーアよりも二つ年上の彼女は健康的な美女だった。

 白いブラウスを着てブロンドの長い髪を後ろにひとまとめにした姿は、事務の熟練者エキスパートである彼女によく似合っている。

 以前はこの商社とも取引があったが、海の国オーシアンに近付かなくなってからはこちらへも来る機会もなくなり、一年ほど前にウォルターの遣いで一度レオンと訪れて以来だった。


「珍しい格好してるわね。似合うじゃない。お化粧も本当に上手になったわね」

 嬉しそうに微笑むリザに、町娘姿のシーアは自分のスカートを見下ろして少しだけ困ったような顔をして肩をすくめた。


 建物を出て裏の倉庫の前に移動した二人は、外に積まれた木箱に腰を掛けた。

「結婚するんだって?おめでとう」

 船上では見せないような柔らかい笑顔で言って、シーアは男の両手の平ほどの薄い箱を差し出す。

 それはきれいな包装用紙で包まれ、質のいいリボンが掛かっていた。

「それでわざわざ来てくれたの? あら、もしかしてロッティニアのチョコレート? え、こんなに? ありがとうっ」

 チョコレートの産出国の高級チョコレート店の包み声を弾ませ、大仰な仕草で箱を抱きしめて喜ぶリザに、シーアはふわりと優し気に目元を和らげた。


「で? 相手は?」

「ここの社長よ。嫁にしたら私に払う給料が節約出来るんでしょうよ」

 シーアが結婚相手を尋ねれば、リザは笑って答えた。

 リザとは少し年が離れているようし、結婚に向いているとは言い難い男だったのでシーアは素直に訝しみの表情を見せる。

「あなたは? この間の男前は今日一緒じゃないの? 海姫がものすごい男前を連れてるって、噂になってるわよ?」

 リザは気付かないふりをして声を弾ませた。

 話をうまくそらされたのは分かったが、リザの人生だ。

 野暮を言うつもりはなかった。

「あいつは別件で仕事だ」

「残念。またお会いしたかったのに」

 唇をとがらせ、それからふと、シーアに顔を寄せて声を潜める。

海の国(オーシアン)の隠居した王子様がずっと行方不明だって噂聞いた?」

 シーアは黙ってうなずいた。


 最後の王子は妾腹の出だった。

 国王が急病により崩御した後、若い王子は議会の説得に応じ王位の継承を辞退した。

 政治の実権は議会に移り、王子は田舎に隠居したはずだった。

 田舎の古城に移り、五年ほどはおとなしくしていたらしい。

 しかし三年前、その姿を消した。


「最近また関税や港の使用料が上がったの。これじゃますます船が寄りつかなくなるわ」

 議会が実権を握ってから暴政が始まった。


「王子は他国へ遊学中だって議会は言ってるけど……王政派だった官僚なんかが王子に接触しようとしてるって噂よ。議会の連中がぴりぴりしてるって」

 シーアは黙って聞いていた。


「王子の暗殺説はもうずっと前から出てるけど……最近、海の国(オーシアン)の出入国管理が厳しくなったの。特に入国する時は業者も積み荷も細かく検査されるんで、荷が多いと半日仕事だってうちの取引先なんかは文句言ってる」

 リザは意見を欲して不安そうにシーアを見詰めた。


「そういう時はだいたい何かに入国されたら困るって事だな。人なのか、武器なのか……」

 シーアは同じように入国しにくい、いくつかの他国を思い浮かべて言った。

 入国を異常なまでに警戒する国は、たいてい問題を抱えている。

 リザは自分の考えとシーアの意見が一致しているのを確認して頷いた。

「議会は王子の挙兵を警戒してるんじゃないかって……戦争に……なると思う?」

 リザは一層声を落とし、顔色を曇らせた。


 この国にしてみれば隣の国の内乱ではるが、国交があり、流通で密接な関係のある海の国(オーシアン)が荒れるのはソマリにとっても重大な問題に発展する。

「……そうならないように、する奴がいるだろな」

 シーアにしては曖昧で力のない口調にリザは引っ掛かった。

 その人物を知っているようにも聞こえたがリザは追及はしなかった。リザは優秀な商売人である。距離の測り方はわきまえていた。


「せっかく穏便に政権を奪った議会が王子に手を出すのは体裁が悪いし、血なまぐさい事にはならないんじゃないか」

 王子がおとなしくさえしていれば、とシーアは心中で付け加えた。

 リザはシーアの言葉に少しだけ安心し、ふっと息をつく。

「そうね、議会に騙されて国を明け渡した馬鹿王子が、いまさら挙兵なんて、そんな大それたことするハズないわよね」

 リザは明るく言って笑った。

「どこに行っちゃったのかしらね、王子様」

 リザの努めて軽く放った言葉にシーアもつられて笑った。


 うん、まぁ、うちの船に乗って「巣」の見物かな。

 今頃こき使われている事だろう。

人物が増えてきたのでちょっと整理します。


シーア・ドレファン 18歳 海姫

ウォルター・ドレファン 43歳 シーアの養父でドレイク号船長

サシャ・ドレファン 14歳 シーアの義妹

レオン 23歳 料理上手な髭イケメン

ギル  24歳 みんなの兄貴分 ドレイク号の時期操舵士候補

リザ  20歳 シーアの女友達 ソマリの総合商社の経理事務員


私自身がカタカナ名を覚えるのがめっきりニガテになってしまったので、名前は最小限のキャラクター分しか出さず、なるべくシンプルで覚えやすい物を心がけ、海の国にオーシアンのルビを振るようにしています。

少しでも覚えやすいかな、とシーア;sea(海)、オーシアン;ocean(大洋)、ウォルター;water(水)からの印象も活用してみたり・・・



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