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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第3章 海姫と海の国の物語
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7、仕掛けてきたのはそっちが先だからな

 かつて北の台地レイスノートの商船を襲った海賊がドレファン一家だった。

 詳細の確認のために海姫を召喚したい旨が海の国オーシアンに申し入れられている。


 その事態は海の国オーシアン国内に突如広まった━━


「そうなんだよ」

 国王の執務室のソファーにくつろぐ様に座っていたシーアは、まるで他人事のように体を伸ばす。


「確かにその頃の事は言えなくてさ。困ったもんだ」

 動揺するでもなく、怒りを感じるでもなく、ただ淡々とそう言った。

 そんな様子の王妃に、宰相同然のオズワルド・クロフォードは渋面で口を開く。

「でっちあげ、という事でよろしいですね?」

「ああ。北の台地レイスノートの船なんざ襲ったことはない。その頃は長期の仕事で南方にいたが詳細は言えない。大胆なことしてきたもんだよな。うちは海賊じゃねえってのに」

 実に冷静かつ直接的に確認してくるオズワルドと、北の台地レイスノートの短絡的な働きかけにシーアは苦笑した。


 南の辺境に位置する多くの諸島が集まった海域。そのうちの一つの島の国王の護衛で王妃や使用人になりすましていた頃の話だ。ドレファン一家とは深くからの付き合いがあった王族で、王族の一人が暗殺を企て、泥沼化しかけたのをドレファン一家として島同士の諍いの交渉役を請け負った。 

 国同士のいざこざには基本的に関与しないのだが、主義を曲げて加担したのがまずかったか。

 依頼人の秘密は守る。

 それがドレファン一家の方針ポリシーだ。

 難癖をつけられてからといって、これは個人的な問題で、ドレファン一家にも迷惑はかけられない。


「いいトコ突いて来たと思うよ」

 そう冷静に言えるのは予め状況をつかんでいたからだ。

 先日のエミリオ・スミスのもたらした情報を思い出す。

 よくもまぁあいつも北の台地レイスノートの動きをつかんだもんだ。

 それとも当時、島の王族に暗殺稼業を営む人材を紹介した海賊一家にたどり着いた北の台地レイスノートを褒めるべきか。

 あの時関与した海賊が、当時のドレファン一家、しいては海姫シーアの情報を売ったのであろう。

 島国の人間も当時の事は隠蔽したいのが本音だ。そもそも、こちらがこんな状況になっていると伝わらずに終わる可能性が高いほど辺境にある海域である。


「召喚は口実だな。応じられるわけがない。交渉を長引かせて落としどころを作るつもりだろうな」

 レオンは険しい顔で指を組む。

「ずいぶんと気の長い事を考えたもんだ」


 難癖をつけて、何年もかけて交渉し、疲弊と妥協と譲歩を誘うか。

 シーアも呆れたようにうなずいて同意する。


「ええ、北の台地レイスノートの鉄鉱石の本格的な発掘にはまだ時間がかかるでしょうから、むこうには時間の余裕があるのでしょう」

 レオンの言葉にうなずいたオズワルドは部下に視線をやった。

海の国オーシアンに申し入れがあるとほぼ同時に国内に知れ渡りました。意図的な物だと思われます」

 オズワルドの腹心の男の報告に、ソファーに腰掛けたシーアは、背もたれに頭を乗せて天井を仰いだ。

「これは関税交渉と言うより━━」


 わたしへの報復だろうな。

 天井を睨む。

 北の台地レイスノートの男は男尊女卑の傾向がある。


「わたしにしてやられたのがそんなに気に食わなかったか」

 逆恨みでこんな大胆な策を仕掛けてくるほどだったとは。

 見立てが甘かったか。

 夜会で挑発したのがまずかったか。

 まさかこんなに馬鹿なことをしでかすとは思わなかった。

 北の台地レイスノートの王弟はもっと賢い人間だと思ったのに。


 それとも、さすがと言うべきだろうか。

 あの日、自ら脱出した国王の婚約者。それは国への貢献としてまた一つ加えられ、「海の国の黒真珠」はもはや絶大の人気を誇る。

 だからこそ、この国は婚約者を無下には出来ない。

 そこを突いて来た可能性もある。


「まぁ、今日明日で結論を出さないといけない問題でもありません。ゆっくり対策を練りましょう」

 オズワルドはそう言って話を締めた。


 かつて海姫と呼ばれていたシーアは、海の国オーシアンにとっては国を救った恩人である。

「海の国の黒真珠」と国民から愛されている彼女を、海の国オーシアンが切ることはない━━そう北の台地レイスノートは睨んだ。

 シーアの言った通り、本当に痛いところを突いて来たとレオンは思わずにはいられない。

 だが、これは一つの契機だとも思った。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


 カリナが本殿の方へ来ていると聞いて、シーアはオズワルドの執務室を覗いてみる事にした。

 率先して執務をしていないとはいえ、王妃ともなると以前ほどは自由も効かない。カリナとは一か月ほど前にエミリオが来ていた夜会から会っていなかった。

 小間使い姿ではあるが、さすがに本殿の人間はそれが王妃だと把握している者が増えてきた。扉の前に就く衛兵に二人の在室を確かめ、自らノックして軽い調子で扉を開ければ、そこは空気がひどく緊迫していた。


「ご懐妊と言ってでもはっきりと断ればいいじゃないですか」

 カリナの声は震えていた。そこにあるのは怒りで、彼女のような貴族の令嬢の耳にまで入っている事にシーアは素直に驚く。

「カリナ、口を慎みなさい」

 珍しくオズワルドが養女をたしなめた。聡明なカリナの言動は普段、過剰なほど身の程をわきまえている。ゆえに養父が彼女をたしなめると言うような展開は実に珍しい。

「いいえ、黙りません。行けば帰れないでしょう」

 王妃たる人間を国外に渡らせるなど、国の体面を考えても出来るはずもなく、今のこの国に召喚に応じるという選択肢はない。海の国(オーシアン)内に於いて言えば海王率いるドレファン一家はシーア妃の後ろ盾とはなりえる。

 議会も対応を検討している状況である。

 しかし五年後、十年後。

 同じ状況が続いているだろうか。

 北の台地(レイスノート)との確執が長く続けば、人々の意識は移ろうのではないか。

 それに怯えるカリナは断言した。

「私なんかが言っても言わなくても変わらないのでしょう? だったら言いたい事は全部言います。このままではいつかシーア様に反感を持つ者も出てきます。シーア様を失ってから言ったって遅いじゃないですかッ」

 私はこの人のおかげで、今の生き方をつかめたのに。

 この国の、たくさんの人間が無用な流血を避けて来られたというのに。

「どうして」

 こんな事に。

 涙が溢れ、声が震えた。

 オズワルドが荒い足取りでカリナの元へ動く。それが彼女を諫めるためだと判断したシーアはそれよりも早く、庇うようにカリナの細い肩を抱いてやる。

「大丈夫だから」

 その言葉と抱擁に思いがけずこぼれた涙は透き通るような白い肌を伝い、シーアの麻のシャツに吸い込まれた。


 なるほどな、そういう事か。

 カリナを抱いたまま、まっすぐに獰猛な眼差しでくうを睨む。

 レオンがかつて国に帰った理由。

 逃げても逃げきれない。

 露見する事に怯え続ける人生。


 確かにごめんだ。

 めんどくさい。とにかくめんどくさい。

 それならば、いっそ━━


 シーアの左手の親指が自身の顎に添えられ、人差し指が左の口角の上を撫でた。

 エミリオ・スミスと話したあの日から、準備は少しずつ始めていた。


「カリナ、一つ二つ頼まれてくれないか」

 オズワルドと別れ、王妃の私室にカリナを連れ帰ったシーアはソファに座らせた彼女にそう告げたのだった。


 その日から十日経った頃、シーアはレオンにも告げた。

「あと五日、時間をくれ」

 彼は執務室に現れた小間使い姿の妻を見上げる。

 真意を探るような静かな目だった。

「報告はちゃんとしろ。俺にも考えはある。五日後すり合わせるぞ」

 五日後、本格的に対策に乗り出す。

 シーアは夫の言葉に勝ち気な笑みで応え、二人の中でそれは取り決められたはずだった。 


 それから三度の夜が訪れた。

 夜が明けるにはまだかなり時間がある頃シーアは暗闇の中、裸身を起こす。

 傍らで眠る男の寝顔を見て、本当に顔のいい男だな、と目を細めたその表情は普段からは想像もできないほど柔らかかった。


 手を伸ばし━━耐えるようにこぶしを握る。

 もう一度だけ触れたいと思った。

 口づけたい衝動に駆られた。

 しかし、目を覚まされると厄介だ。

 気配を出来るだけ殺し、手早く身支度を整えると窓から出る。

 暗闇よりも暗い「影」と呼ばれる人間の姿をバルコニーの端に認め、庭園に目を向けたまま封書を差し出す。

「朝になったらあいつが読めるように、預かってほしい」

 声を極限までひそめて頼んだ。彼ならば、きっと音がなくても聞き取れるだろう。

 無論返事はなかったが、差し出した薄い封書が指先からなくなった感覚に微笑を浮かべ、シーアは軽々と手すりを乗り越えた━━


 その背を見送り、入れ替わりに室内に入った影はぎくりと固まる。

 半裸の国王が膝に右肘をつき、額を抱えて寝台に腰を掛けていた。

 やがて両手で顔を掴むように覆うと重い息を吐く。

 レオンはシーアが出てく時は邪魔をしないようグレイに指示し、それに従ってグレイは警備の配置を変更していた。

 シーア自身、それに気付いていた。


 行ったか。

 妻一人、守る事が出来ないとは。

 男に守られるような人種ではない。

 この国や自分に見切りをつけて出て行くというなら、それは仕方ないとも思った。

 しかし、それは解決法を模索した後の話だ。五日と宣言しながらも三日で何も告げずに出て行かれるとは。

 レオンは不甲斐なさと怒りからくる激情を枕元の卓に拳を打ち下ろして耐える。その中で思考はめまぐるしく動き出していた。 


 その様子を見守った影は、逡巡する。

 咎められるかもしれない。

 何らかの処罰があるかもしれない。

 それでも己の主ではなく王妃の命に従う事を決め、影は預かった手紙を明け方になって執務机に載せて退室した。

 影の夜目の利く瞳に、王妃のあの目に宿る決意は、国王のためのものだと映ったから。

 彼女の目的の妨げになる行動は、国のためにならないと判断した。

 それがたとえ国王の意思を無視した、残酷なものになるとしても。



 それと同じ朝。

 夜も明けきらぬ時刻に、ジェイドが手綱を握る1台の重厚な馬車が北に向かって走る。

 こんな状況を作り出すために、警備を甘くしたのではない。

 馬車に揺られながら、激しい苛立ちがグレイを苛む。向かいには絶世の佳人━━「海の国の黒真珠」たるシーアが品質は一級品だが実に装飾の少ないシンプルなドレス姿で膝をつきあわせるように座っている。

 

 丘陵地帯を抜け、森が深くなった所でふとシーアは馬を止めさせた。


「さて、これからの事だが━━」

 そうシーアは軽い口調で口を開いた。

「ジェイド、お前は茂みにて待機。危害を加えられそうになればグレイを援護しろ。グレイ、お前は何があっても戻るな。二人ともわたしを助けようなんて間違っても思うなよ。お前達の仕事は生きて帰ってレオンに報告する事だ。自分の面倒は自分で見る」

 

 ほぼ確実に、命を獲りに来る。

 シーアにはその確信があった。そうなるように、そうせざるを得ないように、仕向けたのだから。


 北の台地レイスノートもまた召喚に応じる可能性は皆無だと考えていた。

 そこへ、単身秘密裏に召喚に応じる密書を王妃名義で送ってやった。

 さぞ焦っただろう。

 北の台地レイスノートはそんな事は望んでいないのだから。

 挑発だ。

 皆殺しにして、王妃は護衛と逃げたとでも言えばいい。その結論を出せるよう導いてやったのだ。

 

「レオンにはお前達を断罪するなら別れると書き置きを残して来てるから心配しなくていいぞ」

 シーアはグレイとジェイドに向かって笑顔を見せる。 

 それは計略に満足する貪欲な人間の鮮やかな笑みだった。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


 二日前、就寝しようとしたグレイの自宅の寝室の窓をコツコツと叩く者があった。

 警戒し、壁に潜むように外の様子を伺えば、そこには漆黒を纏う女が笑顔で手を振っていた。

 やはりこの家はバレていたのか━━グレイは鍵を確認してカーテンを引きたい衝動を必死にこらえる事になった。


「わたしが行って話をつける。悪いが護衛を頼まれてくれないか?」


 あの夜はそう言っていたのに。

 ここまで来て、今さらになってこの女は血なまぐさい計画を口にしたのだ。

 海の国オーシアン王妃シーア・バルトンの名で北の台地レイスノートに密書を遣わせ、彼女は海際の国境へ迎えを呼んだ。

 そこは断崖絶壁の岬の麓であり、先の進水式でシーアが拿捕されたすぐそばである。


「これはわたしの招いた事だからな。わたしがあいつらの性格を把握せずに挑発した結果だ」

 違う。

 グレイは険しい顔で内心否定する。

 王弟は己の矜持を守るために失策の原因を海姫になすり付けただけだ。

 海姫一人に責任を負わせるような問題ではない。国家間の問題なのだ。

 それなのに、この女は一人でカタを付けようとしている。

 思い留めさせなければ、と思う反面、彼女の言葉に揺さぶられる。

「あいつを守りたいだろう?」

 悪魔が奏でる睦言のような甘い響きがそこにはあった。

 実に姑息な手段だと思った。

 それが出来るのであれば。そんな事を考えた自分が確かにいる。


「ジェイド、お前が援護するのはグレイだ。間違うなよ?」

 再度確認するように言うシーアに、何を馬鹿な事をと思う。

 真逆じゃないか。

 グレイが鋭い瞳でシーアを睨み付けて反論すれば、シーアは鼻で笑った。

「いいか? この国は他国との婚姻の必要は無いんだ。って事は、要は誰でもいいって事だろう? 私の代わりはいくらでもいるんだよ。でも、お前の代わりはいない」

 恐ろしいまでに自信に満ちた断言だった。


 シーアは結婚してから最低限の執務しかしていない。後妻も肩身の狭い思いをしなくて済むだろう。

 だから最低限しかして来なかったのかと問えば「面倒だっただけだ」と彼女は答えるだろうが。

 

「お前、知ってんだろ? あいつは他にも大勢手駒を持ってる」

 それこそ、俺の代わりなど大勢いる。

 言外にグレイが言えば、シーアは満足そうな笑みを浮かべた。

 レオンが多くの人材を駆使して政務を行っている事を理解している。さすがレオンがそばに置く男だと改めて思う。


「いつも一番近くにいるのはお前だろうが」

 シーアは笑ってから、少しだけ顔を曇らせる。

 レオンにとって一番身近な友であり、信頼して身辺を守らせる人材。

 この男がいるから、あいつはあそこでやって来れた。

 大切な存在である事は痛いほどわかっている。


「毎回悪いな。いつも損な役回りで」

 ぽつりと詫びた言葉は心からものだった。それを理解してグレイは息をつく。

「俺が適任だろ。元帥オズワルドにさせるワケにはいかねーしな。そんな事すりゃクロフォード家の親子喧嘩勃発だ」

 北方の山岳地帯の女はああ見えて案外情がこわい。

 親子喧嘩で済むはずがない。決定的な亀裂が入ることは目に見えていた。


 シーアは内心複雑な思いを抱く。

 この男はどうしてここであの親子の心配が出来るのだろう。

 胸が痛んだ。

「それに、どうせ使いっ走りはいつもの事だろうが。慣れた」

「何言ってんだ」

 グレイの諦めたような声に、シーアはあえて呆れたように反論する。


「あいつは使いっ走りにしかならないような奴を身近に置くような奴じゃないだろ」


 この女は、本当に腹が立つ。

 なんだかんだで人を使うのが異様なまでに上手い。

 こうしていつも、絶好の間合いで深いところを突いてくる。


「だいたい」

 シーアは楽しそうな笑みを浮かべる。

「あいつがわたしの世話をさせるのはお前だけだろうが」

 黙り込んだグレイに、シーアは笑って言った。


 本当に、はた迷惑な女だと思った。




細かい国際紛争は大幅カットする予定です。

だって、恋愛モノなんですものッ(力説)。


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