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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第3章 海姫と海の国の物語
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2、夜這いをかけさせるって、お前どうなんだよ

 この国に来て1年になるが、国王の寝室に入ったのはこれが初めての事だった。

 室内に灯りはなく、室内の造りが分からないシーアは目をつむって暗がりに目を慣らす。

 神経を研ぎ澄ませて人の気配を探りながら、ゆっくりと10数えた後まぶたを上げれば先ほどよりは幾分か室内が見えた。

 寝台と応接用のテーブルとソファに執務机。

 執務室とあまり変わり映えの無い様子に「あの男らしいな」と思いながら、迷わず足を進める。


 やっぱりいるんじゃないか。

 上半身を倒すようにして夫の顔を覗きこみ、起きそうにない事を確認すると「さてどうしたものかな」と腕を組んで首をかしげた。

 ずいぶんと険しい顔で眠っている夫に、シーアもつられるように顔を曇らせる。

 自然と手が伸びて、額にかかった錆色の髪を払った。


 その、刹那。


 国王が半身を起こすと同時に薙ぎ払った腕の先には短剣。


 あ、ダメだ。

 咄嗟に後方へ飛びずさりながら、シーアは沈痛な思いを抱く。

 一瞬、目を見張って驚愕の表情を浮かべる夫が視界に入った。


 これ、避けきれない。


 ちょっと怪我するな。

 柄にもなく、泣きたくなった。


 刃物による鋭い痛みを覚悟したその瞬間、身体が横に引っ張られ、床に叩きつけられる。


 だんっ、と重い音が室内に響いた。

 覚悟したものとは全く別物の痛みに襲われ、思わずくっと小さく息を漏らす。

 痛って。

 床に思い切り肩から打ち付けられた。

 引きずり倒された、というのが近いか。

 肩を抑えて起き上がりたかったが、身体の感覚から自分の身体が拘束されている事を知る。

 縄か?

 自身の首から下に目をやって確かめれば、白いドレスに黒い縄が食い込んでいた。

「シーアっ!」

 国王は駆け寄るようにして彼女を抱き起すと縄を解いた。

「お前なんでここに」

 レオンが動揺した様子で何か言っているが、そんな事はどうでもよかった。


 投げ縄ローピングかと思ったが、投げ縄は予め作った輪を投げて引き締める手法だ。

 シーアの体に巻きついた縄は、体を3~4週していた。

 東方の部族の技か? 似たような方法で猟をする部族を東方の島国で見た事があった。

 部屋の奥を睨みながら、シーアは尋ねる。

「誰か、いるんだな?」

 レオンはそれには答えず、黒い縄を手から肘に巻きつけてまとめると、部屋の壁に向かって投げた。

 縄の束が床に落ちた音はしなかった。

 シーアを拘束するように縄を放ち、床に引き倒した相手が受け止めたのだろう。


 なるほどね。

 だから、「お気をつけて」か。

 あの野郎、明日文句言ってやる。

 オズワルドは、室内に他の護衛がいる事を知っていて言わなかった。

 この国の文化ってわけか。


「怪我は?」

 レオンはシーアの問いには答えないまま、疑問で返した。

「おかげで無傷だ」

 もしかしたら国王の命を狙う侵入者とみなされ拘束されただけなのかもしれない。

 しかし、護衛の思惑は図れないが結果として助けられたのだ。

 レオンは安堵に表情を緩めたが、弱い月明かりではシーアにそれは見えなかった。


「てめぇがぐじぐじしてるから怪我するところだったんだが」

 非難を口にすればレオンは言葉に詰まる。

「わたしが国母になるのはさすがにまずいと今になって気付いたか?」

 言いながら、シーアはそうでは無い事を知っていた。

 それならば愛など口にせず、あくまでも雇用契約の延長として交渉を持ちかけて来る男だと把握していた。

 理解できない訳ではないが、それでも腹は立つので言ってやる。

「今ならこの結婚、無かったことに出来るぞ?」

 そう試すように告げれば、レオンは雷に撃たれたように顔をこわばらせた。


 まったく、面倒なやつだ。

 どうせ迷ったんだろ。


 本当に海姫を陸に上げてしまっていいのか。

 彼女は、広い海で生きるべきではないのか。

 契約の延長ではないのか。

 本当に手に入ってしまってから、急に不安になった。


 黙ってしまった沈痛な面持ちの夫に内心「やれやれ」と嘆息する。 

「昨日、寝てないんだって? さっさと寝るぞ」

 そう言って、シーアはレオンの寝台に向かった。

 言われた方は唖然とし、次いで慌てる。

 この男がそんな風に慌てる事は滅多になくて、シーアは意地の悪い笑みを浮かべた。


 人の気配にいきなり刃を向けるような睡眠。

 因果な商売だなと思う。

 散々文句を垂れてやろうと思っていたが、すっかり毒牙が抜かれてしまった。

 さっさと布団に入るシーアに、レオンは「勘弁してくれ」と痛切に思うと同時にはっきりと告げた。

「ここでお前と寝る気は無い」

 ここには護衛の目がある。

 シーアは横になろうとしたところで動きを止めると、半身を起こしたままレオンを振り返り、部屋の隅を見やってから嫌そうな顔をした。レオンが口にしなかったそれを、彼女は的確に読み取っていた。

「お前な、そんな覚悟もなくあんな大っぴらな挙式に応じたと思ってるのか? 見くびるな」

 他人の目があるところで共寝をする王族がいる事も、彼女は知っていた。

 初夜に立会人が行為を確かめる国、扉の外に待機する国、何かと聞き及んでいる。

 レオンは、彼女が自分よりも多くの覚悟を決めてこの結婚に臨んだことを知るとともに、寝台に上がってしまったシーアに戸惑う。

 海の国(オーシアン)歴代の王の中には、相手に第三者の存在を告げぬまま王の寝室で同衾する者もあったが、レオンはそれをするつもりは一切無かったからだ。


「わたしとしては、いつも通り仕事をしてもらった方がありがたい。もちろん有事の際はわたしに気をかける必要は一切ない。通常通り、いないものだと思って仕事を遂行してもらいたい」

 万が一の際は国王一人を護れ。

 シーアは部屋の奥に向かって告げた。

 おそらく、否、間違いなく相手は手練れプロで、シーアはそんな専門家の性質ややり方を理解しているつもりだった。

 言わなくともそうするだろうと思ったが、宣言しておく。

 影に潜む人物にしてみれば自分は邪魔なだけの存在で、不本意だろうが、譲歩して欲しい。そう思った。


 かたん、と窓が閉まる音がした。窓が開けられた音はしなかったはずなのに。

 普段、物音一つ立てること無く現れ、夜明けとともに姿を消すあの護衛が━━レオンは瞠目した。

 窓の外にはバルコニーがある。黒い影はそこで待機する事を選択したらしい。

 ふ、とシーアは小さく笑う。

 別にいいのに。仕事だろうに悪い事をしてしまったな。


「いつまで突っ立ってんだ」

 寝台の上でシーアは面倒くさそうに言った。

 この期に及んでまだ動けずにいるレオンに嘆息する。

「わたしも出て行った方がいいか?」

 いつになく、少しだけ困ったように言われれば、レオンは完全降伏せざるを得なかった。

 

 シーアにしてみれば、「ある程度の年になれば誰だってしてる事なんだから、別に気構える事もないだろ」という感覚でしかなかった。

 ドレファン一家の船員は少女に気を遣う者もあれば、まったく遣わない者もいたので下卑た話を聞く機会もあったし、長じて仕事をするようになってからは場末の酒場にもよく出入りしていた。

 もともと物怖じする事のない人間で、すっかり耳年増になったシーアである。


 それでいて面倒な事に、中途半端な知識しか持たない彼女は━━それはうるさかった。


 表に見せる事はないが研究熱心で、努力家で完全主義者である。

「これまで経験がないから後は勝手に頼む」と凶暴なまでの破壊力でレオンを煽りに煽っておきながら、任せきりは性に合わなかったのだろう。

「何かすることあるか?」「どうすべきものなんだ?」などと雰囲気を完膚なきまでに破壊して回り始める。

 かきいだきたい衝動を抑えつつ、はじめこそ苦笑しながら「何もしなくていい」と優しく応じていたレオンだったが、「え、だって動かない女はイマイチだって言ってたぞ。死んだ魚か、とかさ」とこれまた野卑な発言にさすがに辟易とした。

 レオンは最終的に、愛おしい妻が何か余計な事を言おうとするたびに唇でふさぐという手段を取ったのだった。


 経験のない相手と行為に及ぶ。

 それは彼にとっても初めての事だった。

 北方に隠居している頃、相手は向こうからやってきた。

 皆妙齢の美女で、相手が流れを作り、そこに身を委ねるようにして諾々とこなした。

 彼女達と年齢が離れていたせいだろうか、白粉の香りの中で行う行為はそれなりに楽しめたが溺れる事はなかった。

 若い健康な体である。求められればいくらでも応じられるが、無ければ無いで構わない。

 そんな感覚だった。

 自身の出生が、父の不貞の結果だったからかもしれない。

 

 こんなに堂々とした初心者はいないのではないだろうかと思った。

 こんな時にまで、彼女は彼女だった。

 緊張した様子もなかった。

 逆にレオンの方が大きく動揺し、緊張したほどである。

 再会してから1年余り。これまで求め続けた海姫。

 これまで抑えてきた欲。

 腕の中に欲してきた相手がいる。

 大切に、扱った。



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