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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第2.5章 海姫と海の国で働く人々の日常茶飯事
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2、国庫管理官に転職しました <後>

「悪いが融通してくれないか」

 護衛隊隊長であるグレイは、シーアからの依頼で副隊長の夜番の変更を強いられた。


「帳簿の不正探しが面白くて仕方ないんだと。まだ来たばかりだから挙式が終わってからにしろと言っといたんだが」

 いつも飄々としている彼女にしては珍しく、苦虫を噛み潰したような顔だった。

「あいつがそういう奴だったのを忘れてた。わたしが一緒にいられればいいんだが、毎晩と言うわけにもいかなくてな」

 シーアが眉間に皺を寄せて嘆息するのを見ながら、グレイは当然だと呆れる。


 そして国庫を立て直す人材として、リザが必要なのは武官としての彼でも理解している。

「まぁ、あいつが適任か」

 グレイはシーアからの頼みに苦渋の表情で応じた。

 国庫を蹂躙した連中の調査と糾弾はまだ終わっていないのだ、

 わざわざシーアが足を運んでまで勧誘した人材で、そんな貴重な人材を任せられる隊員は限られている。

 しかし護衛隊の長であるグレイには、そんな女を妃にしようと言うはた迷惑な国王の護衛という任務があるのだ。

 グレイは右腕たる副隊長に新米国庫管理官の夜間の警護を密命として指示した。

 リザの仕事の内容が内容なだけに、大ごとにする事も出来ず「副隊長が個人的思想により通っている」物として━━


 リザは今後誰とも添うつもりはなく、仕事に生きるのだと豪語している。

 だからこそシーアは国庫管理室に引き抜いたのだが。

 リザにしてみれば勘違いされている方が異性に言い寄られなくて済むので都合が良かったが、ジェイドはそうはいかないだろう。さすがに気になった。

「彼、大丈夫かしら」

 困惑した表情で言えば、シーアは鼻で笑った。

「文句があるなら言ってくるだろ」

 ジェイドは女性と関わるのが苦手だという自覚があるし、それを彼に近い人間はみんな知っている。

 当然、現在特定の相手はいない。

 作ろうともしていない事を知っているシーアは勝手に答えた。

━━ああ、この子に聞くべきじゃなかったわ。

 そこでリザはここ最近で随分と話しやすくなったグレイにも確認したが「ちょっと噂があるくらいがあいつにはちょうどいい」と、なんとも気の毒な答えが返って来た。

 これはダメだ。この人達に聞いてもダメだ。

 結局本人にも確認する事になったのだが、「いい」の一言で返された。


 恋仲が噂された新参の国庫管理管と、美麗な護衛隊副隊長。

 リザが城内の女性達から激しい嫉妬に晒されるのではないかと空気の読めるグレイは案じたが、杞憂に終わった。

 今後独身を貫き、仕事に生きようと決意している彼女は、生涯この職場で働くために、平穏な人間関係の構築にも努力は怠らない。

 そのために商社で長年培った技術を遺憾なく発揮すると同時に、商魂たくましい人間を何人も見ているリザは自分の身の上も、足の負担でさえも利用したのだった。

 そうして、リザは安心して夜間の疚しい仕事に精を出す事が出来たのだった。


 なんとも楽しそうに黒い仕事をするもんだ。


 生き生きと帳簿をあさるリザに、普段他人にあまり興味を持たないジェイドでさえ呆れた。

 日中は他の管理管について仕事を学び、夕方からは目をキラキラさせて帳簿の小さな綻びを探している。

「んん? はい見つけたー」

「なるほどねー、こう来たか」

 小さな独り言が夜の国庫管理室で上がる。

 すでにいくつも発見しているが、まだまだこんな物ではないだろうと思うと時間が経つのを忘れて遅くなってはジェイドに謝る事になった。

 杖をついているので高い所にある帳簿を取る時などはジェイドが手助けし、それ以外の時間は入り口の待合用のカウチで過ごした。

 宿舎に戻っても別段予定はない。

 酒も強い方ではないので滅多に飲む事はなく、人と騒ぐのも気乗りしない性質で、本を読んで過ごす事が多かったので特に不満はなかった。

 夜が遅くなると「休憩に付き合ってもらえるかしら」とリザが紅茶と焼き菓子などを振るまってくれるのも気に入っていた。

 年若い彼は甘い物が嫌いではなかったし、夜の軽食は歓迎すべきものだった。

 部屋で一人本を読んでいてはこうはいかない。

 リザは休憩中もなにやら試案を巡らせている事が多く、やや上の空だ。

 時々ジェイドが読んでいる本にも興味を示すが、終わればすぐに席を立つ。

 誰とでも朗らかに会話する彼女だが、無口な人間とお茶をする事も気にならないらしい。

 休憩の時間も惜しいと言わんばかりに、不正の手段を講じた輩の手管を思い描いているのだから無理もないのであるが。


 はじめはただの自発的な慈善事業だった。

 怯えさせて悪かった。

 そんなに恐々仕事しているのであれば、空いている時間はついていてやろう。

 宿舎に戻ってもどうせする事もないのだし。

 杖を使いながら重い帳簿を取るのは大変だろう。

 外見に似合わず、弱者への配慮が出来る彼の、ほんの出来心だった。


 それなのに今では持参した本を読み、しかも軽食にありつく事が出来る状態であるにもかかわらず、賃金が発生している。

 少なからず良心が痛んだ。

  

 ◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


 雲の多い、暗い夜だった。

「遅くなってすみません」

 そう言うリザに、烏を思わせる様相の護衛はいつものように無言で頷くのみだった。


 深夜、仕事を終えたリザとジェイドは国庫管理室を出て中庭を横切る。

 リザは王城の敷地内に建てられた宿舎に部屋を与えらえれているので、彼の寝起きする兵舎とは反対の方向ではあるが、彼はいつもそこまで送っていた。


 白刃を構えた黒い影が、彼女を襲う。

 

 剣を抜いたジェイドが彼女を背に庇って白刃を受け止めたが、咄嗟の事によろけたリザは芝生に倒れ込んだ。


 左足首が不自由なリザはすぐには立てなかった。


 そんな彼女にどこからか現れた侍女が駆け寄るが、それは助け起こすためなどではなかった。

 その手には小さな短刀。

 振りかぶられ、リザはとっさに顔の前に右手をかざすようにして身を縮める。


「リザ!」

 良く通る声が中庭に響いた。

 無言で倒れた侍女の白いうなじには、短刀が突き立っていた。


 女の声とほぼ同時にヒュンッ、と音がする。

 その刹那、(ひさし)の上に潜んでいた漆黒の髪をした女が飛び降りた。

 グレイが矢を放った時点で、決着は着いていると判断して。


「待て! この馬鹿!」

 グレイの罵倒が発せられ、ジェイドが対峙していた黒い影もまた片膝を着く。

 シーアはグレイの放った矢によって膝を射られた黒い影まで一気に駆け寄り、そのうなじに後ろ回し蹴りの動きで右足の踵を叩きこむ。

 その足を降ろすと同時に、剣を落とし昏倒しかける相手の腕を取ると地面にねじ伏せながら全体重を掛けて相手の肩の関節を外した。


「ジェイド、リザを!」

 シーアは叫ぶように指示しながら、腰のベルトに挟んでいた帯でさるぐつわを噛ませた。

 意識を失いかけた直後、無理やり関節を外された激痛に絶叫に近い悲鳴が上がったのをちょうど良いとばかりに。

 舌など噛ませるつもりはない。一連のその動きは実に手慣れた所作に見えた。


 ここまでやれば必要ない気がしながらも、シーアに続いて降りてきたグレイは黒装束の男を手早く拘束した。

「お前、他にも伏兵がいたらどうすんだ!」

 グレイは本気の怒号を響かせたが、王妃になる予定の女は軽く片眉を上げた。

「お前がどうにかしてくれんだろ」

 飄々と軽い調子で言い放ち、ニヤリと笑った顔は実に凄惨で凄みのあるものだった。


 脂汗を浮かべうめきながら痙攣している賊を見てグレイは思う。

 容赦ねぇな。

 時々国王とどったんばったんと格闘しているが、あれはちゃんと手加減していたのか。

 さすがに国王に怪我をさせるような真似は慎んでいたらしい。

「言っとくけど、ここまで徹底的にやれって言ったのはあいつだからな。こいつがホンモノだったら、これでもまだ安心出来ないぐらいだけど」

 軽蔑されたり誤解されるのは不本意だったらしく、険しいながら呆れた表情を浮かべているグレイにシーアは言い訳でもするように言った。

 そして世界には殺人技術に特化し、それを生業とする連中が存在する。

 だから、こういった闇に乗じて人を襲うような輩は動けないようにしておくのが賢明であるとシーアに教えたのは、ドレイク号の船員だった頃のレオンだ。

 そうでなくとも相手が女である事を理由に激昂する男は少なくない。逆上して反撃される前に確実に動きを封じる事を彼女の身を案じたレオンは教え込んだのである。

 しかしどうやら今回は前者のような手練れではないらしい。

 まさか二人雇っているとは思わなかったが、中途半端な腕の人間を二人雇うより、法外な請負料の人間一人を雇う方が成功の確率は上がるんだがな、とシーアは内心皮肉を吐いた。


 芝生に座り込んだリザは、左手で右手首をしっかりとつかんでいた。

 その震える両手が血に濡れているのを見たジェイドは傍に跪き、手首を圧迫して止血してやる。

 彼を見上げたリザの顔は蒼白だった

「ペンは握れるかしら」

 震える声で、それでもそんな事を言うリザにジェイドは頷く。

「浅い傷だ」

 さすがにこんな状況である事を考えればもう少しましな説明をしてやれば良かったと思ったが、リザはその一言でひどく安堵したような顔になった。


 リザに駆け寄ったシーアは怪我の状態を確認すると震える手を握り、肩を抱いてやる。

「だからさっさと護衛を増やせと言ったんだ」

「でも、これで証拠がつかめるでしょ?」

 どうも優秀な国庫管理官が邪魔な人間がいるらしい。その情報をつかんでおびき寄せようと画策した結果がこれであり、それを言い出したのは確かに当の国庫管理管だが。

 こんな冷たく震える指先で、血の気のひいているであろう顔で、何を言っている。

 シーアもまた、グレイやジェイドと同様に呆れたのだった。


 そして、視線を巡らせる。

 手に刃を握ったまま倒れて動かない侍女姿の女を、シーアは静かに見つめた。

 少しだけ、眉頭に力がこもっていた。

 まだ若そうだ。

 その後ろ首にはシーアの放った短刀。

 

 グレイはそんな彼女を見て意外に感じた。

 人を殺すのとか、平気なのかと思っていたから。


 その後、リザが不正を調査している事が周囲に明るみになった頃、彼女はかつて議員であった貴族が犯した大きな資金流用の証拠をつかんだ。

「もう潮時だな。いい加減、正規の護衛をつける。なぁ、グレイ?」

 シーアは断言し、グレイも珍しく同意した。

「ああ、いつまでも副隊長を夜遊ばせとくわけにはいかないからな。あんたはまだやるのか? あんな目に遭って」

 グレイが尋ねれば、白い包帯を手に巻いたリザはいたずらっぽく肩をすくませる。

「これは天職だと思ってるの」

 そう言って新米の国庫管理官は眩しいほどの笑顔で笑ったのだった。

 

 夜間、国庫管理室には明かりが灯る。

 現在では扉付近に衛兵が二人配備されるようになったが、護衛隊の副隊長は時々この部屋に寄った。

 国庫管理官襲撃の後、彼が夜の国庫管理室に通うのは仕事であったのだと周囲の人間の認識が改められた。

 警備隊の隊長や副隊長の勤務当番は、警備の安全性を保つため一般には明かされていない。

 だから副隊長が相変わらず国庫管理室に足を運ぶのは、仕事なのだと皆思った。

 色恋沙汰でないと判断されたし、それは現在においても間違いではない。

 しかし、こうして彼がここを訪れるのは完全に私用プライベートである。

 

 見目の良さから侍女達に絶大の人気があり、密かに黄色い声援の上がる、影のある色男。

 そんな彼の目的が、読書と、夜間に出されるお茶とお菓子だと知っているのは、ごく限られた人間だけである。


「つっまんねぇ。お子ちゃまか、あいつは」

 長く男所帯にいたシーアは、人の色恋沙汰の話題はいい暇つぶしだった。

 しかも今は陸にいる分、刺激の少ない毎日である。

 大いに期待したにもかかわらず残念ながら思惑の外れたシーアは面白くなさそうにぼやき、グレイもまた「まったくだ」と、大きなため息とともに同意する。

 それはこの二人にとって私生活上で初めて意見が一致した、記念すべき瞬間でもあった。


 そして今夜も、深夜の国庫管理室には明かりが灯されるのだった。


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