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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第2章 海姫と海の国の婚約者
27/55

14、あはは、拿捕されちゃいましたよ。

式典当日の早朝まで、少し時間がさかのぼります。

 秋も深まり、朝夕の冷え込みが厳しくなり始めた。

 式典の三日前より、シーアは海の国オーシアン東部の海域に一人で船を浮かべ、連日漁に出掛けた。

 二日間、目当ては釣れず焦りが出た式典当日の朝━━ついに獲物がかかった。

 相手はこの海域には詳しくない遠方の海賊達である。

 水先案内になりえる者があれば当然捕えるだろうと踏んでいた。

 こうして彼女は予定通り北の台地レイスノートに雇われた集団の船に単身乗り込むことに成功したのだった。


 両腕を後ろ手に縛られ、怯え切った顔で男達に船橋ブリッジに連行される漁師の女。

 男達の言葉は海の国オーシアン周辺の言葉ではなかった。

 言葉の通じぬ相手に一層怯え、足がもつれる。

 乗せられた海賊船の船長と思しき男は、通訳の出来る人間と他の船の船長達を呼ぶよう怒鳴っていた。

 女は机に広げられた海図に上半身を押し付けられる。

『この辺りの潮は分かるか?』

 言葉が通じなくても分かるだろう? とばかりに一家の首領は机に押し付けられた女を見据えた。


 乱れた黒髪の間から男を見上げる女の目に、すでに怯えはなかった。

 そこにあるのは、見透かすような静かな目だった。


『通訳は要らない』

 女は突如男たちの言葉を放つ。

『船を失いたくなければ、わたしと組みな。今日の海は荒れるぞ』


 女の体を抑えつけていた男が驚いた様子で咄嗟に女を乱暴に引き起こした。

 その動きに合わせて船員の腕をひねり上げ、男の喉仏の下のくぼみに指2本を突き入れれば、気管を潰され呼吸が出来なくなった男はくぐもった声を上げ、苦悶の表情を浮かべて口をぱくぱくと開閉させた。

 首領を見据えるシーアの足元には、長袖の袖口に仕込んだ小さな刃物で切断したロープが落ちていた。


 一言。

 この肝心な一言で、自分の身の安全はほぼ保証される。

 それは危害を加えられる前に、宣言しなければならない。


『わたしに傷一つ付けてみろ。交渉決裂で海の国オーシアンは砲撃して来るぞ』

 言い放った。


海の国オーシアンは撃って来ないと言われているんだろう?』


 知っているぞ、と薄く笑みを浮かべる。


『わたしの婚約者を怒らせるなよ』

 

 声を張る事もなければ、怯えも緊張もない、落ち着いた声だった。

 女の顔が、経験と実力によって得た人間が持つ特有の凄みのある表情に変わっている。


 『まさかお前……海姫か?』

 海賊船の首領は信じられない物を見るような目つきで問うた。

 海の国オーシアンにて、国王の婚約者として式典に出席するであろう人間だ。

 シーアは唇を片方だけ上げて目を細め、その辺りの男であれば背筋を凍らせるような凄惨な笑みを浮かべた。

 そして20に及ぶ海賊団の中でも勢力の強い5つの一家の名を挙げて、船長を集めるように言った。


『通訳を乗せてる船の連中には知られるな。北の台地レイスノートのまわし者の可能性が高い。急げよ。さっさとしないと式典が始まる』


 指名した船長達が集まると、厳しい表情の彼等に一転して軽い調子で問いかけた。

『前金はどの位もらったの? へえ、半分は領収済みか。しっかりしてんじゃん。奴らとの取引はここまでにしときな。ここからはわたしと組め』

 シーアの横暴な態度に、集まった数人の各一家の首領達は鼻で笑った。

『請け負った仕事を途中で反故に出来ると思うか?』

 男の言葉に、シーアもまた馬鹿にしたような笑いを返す。


『本当に海の国オーシアンの港を包囲するだけで済むと思ってるのか?』

 

 北の台地レイスノートはそれだけの簡単な仕事だと言って依頼しているのは海の国オーシアンも把握していた。

 もちろん今回も北の台地レイスノートは素性を隠して依頼をかけていたが、これだけ多くの海賊や半商半賊に依頼を出したのだ。

 彼等も疑ってかかり、下調べや背後関係は調査している。

 当然、海賊達に依頼者の素性は割れていた。

 

『ずいぶんとおめでたい頭だね。北の台地レイスノート海の国オーシアンに恩を売りたいんだ。海の国オーシアンに砲弾の無償提供を申し出る気だろうな。砲台も何機か港の倉庫に運んでるのは確認済みだ』


『こっちが撃たなきゃ向こうは撃って来ないと思ってるだろ。北の台地レイスノートの手がかかった船が混じってるぞ。こっちから撃つ手筈になってるだろうな。そうなりゃ向こうオーシアンは一斉砲撃してくるぞ』


『万が一の事態になっても港には傷つけるな、とか言われなかったか? 北の台地レイスノートにとっちゃ港が壊滅状態になるのは本末転倒だからな。随分と不利な話だと思うがね』


『わたしを北の台地レイスノートに売るか? いいぞ。そうなりゃお前達は海の国オーシアンとドレファン一家を敵に回すことになるな。海で生きていられると思うなよ。この年で親の威光を笠に着るのも気に食わないが、うちの父は親馬鹿だぞ。今日も会場には父の名代で操舵士と、祖父替わりのセドリックが来てる』

 ドレファン一家の操舵士は海王の義理の息子であり、ドレファン一家の船員セドリックとは稀代の砲撃手の名だった。


『それに━━海の国オーシアンにも人質が来てるんだよ』

 シーアは実に不敵な笑みを浮かべながら、それを言った男を思い出した。


※※


 北の台地レイスノートの王弟が自ら訪れているのだ。

 海の国オーシアンに乗り込み、交渉を任せられた人間。かの国の王がそれを任せたほどの人間である。

 シーアの自ら押しかけて人質になろうという策に当然難色を示したレオンだったが、策を詰めるに従い最終的にはそれを採用した。

 彼にとっては苦渋の選択となったが、それを表沙汰にする事はシーアとの信頼関係を傷付ける事になる。

 かつて3年間、組んでいた頃と同じだった。

 シーアの無謀な発案に、当然反対するが結局は策を補完してより成功性の高い策に仕上げるのは彼の役目だった。

「こちらも人質自らお越しいただける予定だ」

 軍師役の相棒のその言葉にシーアは目を輝かせた。

 その方針をずいぶんとお気に召したようだった。

 いざとなれば何としても彼女を取り返す。

 考えられるあらゆる事態を想定して、国王レオニーク・バルトンは策を講じた。


 問題は海賊船からの脱出だったが、それはシーアが簡単に打開案を出した。

「よし、久々にセド爺に遊んでもらうか」

 それが何を意味するか容易に検討がつくレオンは、固く目を閉じて天を仰ぐと他の案を模索した。

 しかし最終的に稀代の砲撃手の召喚を依頼したのだった。

 彼にとってそれらは全て、苦渋の選択となった。


※※


 あの男が策を練ったのだ、今の彼女に不安はなかった。


 ああ言えばこう言う。

 海姫は海賊達の言葉に丁寧に一つ一つ答えてやった。

 所々発音の抑揚が現地人とは違う個所も見られたが、その言語にはよどみがない。


『安心しなよ、裏切ったと思わせないような状況を作ってやるからさ。今日船を失うのと、報酬の残り半分を諦めるのと、どっちがいい? ━━今すぐ選びな』


 軽い調子から一転、突然鋭く言い放つ。

 どちらにしろ失う選択肢しかない二択に、海賊の首領は舌打ちした。

『もっとマシな選択肢はねぇのか』

『ずいぶんマシな話をしてるつもりだけどね』

 心外そうに肩をすくめたかと思うと、顎を引いて表情を引き締める。


『言っただろう、海は荒れる。やっと出来たばかりの船を沈める覚悟でやってんだよ、こっちは』


 漁師のなりをした海姫は、まわりを圧倒するような鋭い顔つきで挑むように断言したのだった。



『わたしを先頭の小舟に乗せな。海の国オーシアンがわたしの無事を確認すれば、お前らは逃がしてやる。もしわたしに少しでも危害を加えれば、退路を断って全船沈めてやる。ハッタリかどうか、試してみるか?』

 大砲からの砲撃では船を沈めるのは不可能だ。

 砲撃は人的被害と船を操縦不能にする威力しかないからだ。

 しかしそれを熟知しているはずの海姫は、絶対の自信を備えて沈没を示唆する。


『悪い取引じゃないぞ。よく考えろ。状況を見極めてむこうレイスノートにつく事だって出来るんだ。その頃わたしは離脱してる。後はお前らがどうなろうと知ったこっちゃない。北の台地レイスノートにしてみればお前らが沈もうが痛くもかゆくもないだろうがな。残りの報酬を払わずに済むからかえって喜ぶかもな』

 男達は沈黙した。

 一人の男が確認するように口を開く。

『海が荒れるってのはどういうことだ』

『それは秘密。まぁ聞いた所でこっちからじゃどうにも出来ないけどね。無理に口を割らせようとしてもいいけど、そんな姿を見たらわたしの婚約者はそりゃ怒るだろうね』

 楽しそうに笑って、彼女は極めつけに言い放った。


『残念だったな。お前達はわたしを人質に取っちまったんだよ』


 それは悪魔か死神の宣告のような無情な一言だった。

 もし拿捕されなければ、押しかけ人質として自ら手漕ぎの小舟で接触する気でいた。

 そうなると交渉が難航する確率が上がり、シーアとしては出来れば避けたい事態だったので本当に助かった。

 


 海図を示しながら、シーアは船隊を組み位置を支持する。

 それは海賊船団も海の国オーシアン海軍もお互い砲撃の届かないギリギリの距離だった。

『先頭の船にはあっちの人間を乗せな。安全は保証できない』

『……俺が乗る。先頭の船のすぐ後ろはうちの船だ。飛び込んですぐ上がれば間に合うな?』

 北の台地レイスノート側の人間を乗せるよう指示すれば一人の海賊船の船長が前に出た。

 壮年の彼にシーアは意外そうに目を見張る。

『けっこうギリギリだぞ。若いのに任せた方がいい』

『てめーはどうするんだ』

 男の言葉に海姫は鼻で笑った。

 誰に物を言っている。そんな高圧的な態度だった。

『自分達の心配をするんだな。時間はないぞ、すぐ他の一家にも話をつけろ。むこうに悟られるなよ。分かってるだろうが一蓮托生だ』

 

 船を失う。

 当然そこに乗っている人間も同じ運命をたどることは想像に難くない。


 切れ者と言われる海の国オーシアンの国王レオニーク・バルトン。

 その実力は未知なる部分も多かった。


 彼等にとって船は一番の財産であり、唯一無二の仕事道具である。

 それを人質にとるという発案は、誰の物なのか。

 

 彼等にはそれを考える時間も、そして選択の余地も無かった。

 何人かから『船を出してやるから』と海姫を返そうという意見も出たが、彼女は鼻で笑った。

『残念だがわたしが拿捕されたのは海の国(オーシアン)も知ってるぞ。わたしの護衛が見ていたからな』

 本当に、お人よしの扱いやすい連中ばかりよくも集めたもんだ。

 呆れながらも顎をそらして言った。

『それに今さら返されたって海の国(オーシアン)にはお前達を殲滅する理由が出来たってもんだし。わたしがこっちにいた方がいいって。海の国(こっち)だって無駄に敵を作りたくないからさ』

 まるで裏など無いかのような屈託のない笑顔でシーアは親し気に、楽し気に男達に語り掛ける。


『わたしを無事帰せば船は無事なんだ。北の台地レイスノートに面倒をかけられた者同士、仲良くしようって』

 自身を人質だと言ったばかりの女は、その時点で完全に彼等の船を質に取っていた。

 そしてまた笑って言うのだ。

 決定的な追い打ちを。


『悪いようにはしないから』


 それは悪人の言う事だろう。

 そう思いながら、彼らはその鮮やかな笑みが忘れられないだろう事を予感した。

 式典が始まるまでに残された時間は少ない。

 ごく限られた時間で他の海賊一家を秘密裏にまとめる。

 そんな精神的重労働を、彼等は半ば押しかけるように乗り込んで来た傍若無人な人質に指示されたのである。


 彼等は海姫の指示通り動きながら、世間で密かに噂される一つの可能性が脳裏をよぎり戸惑いと困惑を覚える。


 実に有能な統治者であり、美丈夫と近隣諸国でも名高い海の国(オーシアン)国王レオニーク・バルトンが海姫との婚約を発表した時、海に生きる荒くれ達は眉をひそめた。

 海の国(オーシアン)とドレファン一家の首領、そしてその養女の目的は、その狙いは。警戒するとともにそれを恐れ続けている。

 巷の若い女達などはそこにあるのは算段や計略などではなく、五年も想い合って添い遂げようとしているのだと喜々として語る者も多い。

 しかし、海の男達はそれはないだろうと改めて思った。

 もし万が一、本当にそんなふざけた話なのだとしたら━━才知にも容姿にも恵まれ、稀代の王とさえ言われる男は絶望的なまでに女の趣味が悪すぎるという事になるのだから。



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