13、最後の大仕事です。張り切って参りましょう。
進水式の当日。
早朝の霧の中、北の台地の国境近くの海域にて漁を行っていた若い女が拿捕される事件が起きた。
進水式の会場となる海の国最大の港に浮かぶのは造船したばかりの軍船と、海軍の船のみで、商船や漁船といった一般の船は一隻もなかった。
国内の他の港に移動するよう通達が出されたのだ。
船を移動した後、船員達をもとの港まで国家所有の貨物船で送り届けるという配慮もあり、慶事と国の思いがけない配慮に、国民は素直に応じた。
式典の三日前から式典当日、許可が出るまでは漁も禁止された。
式典会場から離れた北の台地との国境際の海域ならば取り締まりもないだろうと思ったのだろうか、女は普段とは違う海域に船を出したのだろう。
それが徒となった。
身寄りのない女だったのか、行方知れずとなっても捜す者はなく、その不幸な事件は発覚する事はなかった。
同じ朝、そこより南方となる海の国最大の港では早朝から祝砲が鳴り響いた。
それは祝砲にしてはしつこいほどに多く、驚いた事に10回以上にのぼった。
他国の王弟まで出席する大規模な式典である。
人々も「さすが進水式は気合の入りようが違う」と笑いながら、いつまでも続く轟音に期待に胸を膨らませたのだった。
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進水式の式典は正午から開催される予定だった。
北の台地の王弟は海の国国王と並んで席に就く。
今日の式典では主賓であり、その席の配置は両国の友好な関係を表わしていた。
レオニーク・バルトンの隣にはもう一席、少しだけ後ろに下げられた位置にいつまでも埋まらない空席があり、北の台地の王弟は昨夜の歓迎の夜会で紹介された「海の国の黒真珠」の席だろうと判断した。
不意に「海の国の黒真珠」を一目見ようと早くから港に集まった人々からどよめきが沸き起こる。
沖に現れた黒い横に帯状の影。
式典に出席していたカリナ・クロフォードもまた息を飲んだ。
北の山岳地帯の麓で羊飼いの娘として育った彼女は目がいい。
そして、羊を数える習慣のため一瞬にして数を把握出来る特技を持っていた。
その数50隻からなる船隊は大きさも様式も異なっていた。
衛兵達が直ちに貴族や来賓の異動を促し始めるのを見てカリナは再度沖へと目をやった。
あぁ、やはりあれは商船などではないのだ。
入り江の出口を完全に封鎖する形で船隊は船を進めた。
式典会場となる入り江には今回の主役となる軍船と、それよりも小さい機動力に優れた海軍の船。
そして沿岸には移動式の砲台がずらりと整列している。
式典の見栄えのために整然と並べられたそれらではあるが、有事の際にはいつでも稼働出来るはずだ。
そんな時になぜ大挙して押し寄せたのか━━
そしてなぜ、海の国の海軍は動かないのか。
カリナは軍事に関しては全くの無知と同じであった。
素人だからこそ、ごく当然の疑問を抱きながら避難の案内に従った。
彼女の疑問はすぐに払拭される事になる。
海の無法者達の船隊に海姫が捕えられている━━━
その噂は瞬く間に港に集まった人間に知れ渡り、会場は騒然となったのだった。
北の台地の王弟はそれをレオニーク・バルトンから直接聞かされた。
「彼女は海にいた頃を忘れられないのか、時々船に乗って漁などに出ていたんです。このような事態になってしまってお恥ずかしい。すぐに片付きますから、どうぞご安心を」
我が国の力をお見せします。
レオニーク・バルトンの態度は落ち着き払い、余裕さえ感じさせるものだった。
何を、言っている。
北の台地の王弟は想定外の状況に動揺し、混乱した。
その女は昨夜の夜会に出席していたではないか。
そんな筋書きは無い。
虚言だ。
ここに来て計画の変更は出来ようはずもない。
否━━この事態だからこそ。
状況を逆手に取る。
北の台地の王弟は輸出用に倉庫に保管している砲弾と自走式砲台の提供を申し入れた。
この国の王の婚約者を救出するためならば、惜しくはない。喜んで提供する。
そう、彼女の安全を心底から慮る様を装って申し入れた。
しかし海の国の王は泰然とした態度でそれを辞退した。
「ご心配には及びません。ある程度こちらも情報をつかんでおりました。殿下にご出席いただきましたおかげで北方部隊の砲弾をこの港に集める事が出来ました。篤い友好に心より感謝いたします。これより我が国の海上における鉄壁の防御をご覧に入れましょう」
彼は笑んだ。
「海賊共を打ち払う様子、ごゆるりとご観戦ください」
レオニーク・バルトンは、そう宣言して主賓席のひじ掛けに手を置いて指を組むとゆったりと椅子に体を預ける。
見目良いその顔には「まるでいい余興だ」とでも言うかのように余裕に満ちた薄い笑みがあった。
さすがは海の国と呼ばれる国だ。
そう誰もが称賛し、安堵する態度であった。
海の国の港を利用する者であれば、この自信がどれほど心強い物になるだろう。
しかし北の台地国王の実弟は、拳を握りしめる。
式典に合わせ、海姫の属するドレファン一家への報復を装って海賊共が襲来するという筋書きだった。
それなのになぜ、海姫があちら側にいるのだ。
海賊共は何をやっている。
何か状況が急転したのか、そして誰がそんな指示を出した。
レオニーク・バルトンより渡された望遠鏡がその手の中で小さく軋む。
北の台地の王弟は、激しい焦りと怒りに襲われる。
体温が上がり、唇が乾いた。
しかし、彼もまた一国の王が信頼して送り込むほどの人物である。
心中の焦燥を抑え込み、状況を見守るに徹した。
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「北方配属の大砲と砲弾を使え」
ドレファン一家の海姫が婚約者である事をこれ幸いに、北の台地に雇われた海賊団が因縁をつけてくる。
海賊団の襲来は早々に把握していた。
どう退けるか、対策を模索する中、多数の大砲が必要になった段においてそう言い出したのはレオンだった。
もちろん、軍の司令官達は口を揃えて異を唱えた。
すでにこちらに害意がある事が証明されている北の台地。そんな国に面する国境の装備を、はるか南方の海岸に割くなど正気の沙汰ではない。
重臣たちは国王にこぞって進言した。
しかし、レオニーク・バルトンは首を横に振ったのだった。
「北部の部隊は最小限でいい。北の台地は恩が売りたいだけだ。本気で戦争をする気はない。警備が手薄だと知っても攻撃はして来ない。何より、北の台地は絶対に手は出せない」
鋭い彼のまなざしからは揺るぎない自信がうかがえた。
シーアは呆れる。
「絶好の機会に手が出せないとか、むこうは腸が煮えくり返るだろうな」
なんて底意地の悪い事を考えるんだか。
自然とシーアの口元は性根の悪さを隠そうともしない笑みに歪んでいた。
北の台地の王弟の名前やら容姿について一切の記述がありません。省いてしまいました。
リクエストがあれば大歓迎で対応させていただきます(笑)




