11、そうだ、ヘッドハンティングに行こう
冒頭ややDV的暴力表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「この間の山賊討伐の臨時手当欲しいんだけど」
国王の執務室に入るなり実に堂々と言い放つシーアにレオンは少し驚いた。
確かに当初そんなことは言っていたが、彼女が報酬を要求してきた事はこれまでなかったからだ。
後で一括払いかと、念のため自ら簡単な記録をつけている。
「縁故採用して欲しい友達がいるんだけど、王様がそんなことしちゃまずいかな?」
不遜にも執務机に腰を掛けながら、口元に不敵な笑みを浮かべたシーアは国王を見下ろすように言い、その意外な申し出に興味を引かれたレオンも片眉を上げて面白そうに先を促したのだった。
「ソマリのリザって覚えてる? 3年位前からここの港の商社に勤めてるんだけどさ、ここの国庫管理室に引き抜きたいんだよね」
レオンがその名を耳にして一番に思い出したのは、シーアが珍しく年相応の娘のように笑っている姿だった。
屈託なくリザと話すシーアを見て、驚いた記憶がある。
もう5年以上前の事になるが、人脈を築く事もまた「遊学」の目的であった彼はドレファン一家の船員として過ごした3年間で出会った人間のほとんどを記憶していた。
「彼女はソマリで結婚しただろう? なんでこっちに……」
「あいつが嫁いだ商社はもう無い。色々あってさ、旦那と離縁してこっちに引っ越したんだ」
簡単に言うが、国境をまたいでの転居など一般的にはあり得ない。
何があったのかと訝しむように見れば、その視線にシーアは嫌そうな顔をし、「仕方ない」といった様子で口を開いた。
「旦那の不正を役所に密告したのがばれて旦那から暴力を受けてね」
その際リザは左足首の関節を負傷し、以降杖が必要になった。
それを聞きつけたシーアは、海姫の人脈で手を回して商社を廃業に追い込んだ。
他の従業員達には海姫という肩書を利用した口利きでソマリの他の働き口を斡旋してやった。
総合商社の悪行に辟易していた彼等は協力的だったし、商社と取引をする業者達の為になったとはいえ、密告したリザはソマリでは生き辛かった。
「わたしがここの港の商社を紹介して転職したんだけど……国庫管理室の爺さんが人手増やしたがってるからどうかな、とね」
国庫管理室の爺さん、とは国庫を掌握する最高権力者の室長であり、シーアの碁の相手でもある。
彼は議会制になった時に職を解かれたが、レオンが帰国してから復職を要請したほどの辣腕を持つ。
「最近、爺さんに孫が生まれたんだよ。さっさと後継者育てて引退したいんだとさ。隠居して孫と遊びたいらしい。リザは手に職をつけて生涯現役を目指すって言ってるし。爺さんに聞いたんだけど、国庫管理室とか公職はけっこうな高給取りなんだろ? 女が一人で老後の蓄えを貯めながら生きて行くにはうってつけって聞いたんだけど」
蹂躙された国庫の立て直しにはまだ時間がかかる。
議会制の時代に行われた不透明な会計の調査が続いていた。
「一般人の金銭感覚を取り入れるべきだな」
嘲りを含めて鼻で笑った海姫の意見を、初孫の誕生に本気で引退を考え始めた古参の国庫管理室の長は採用する事にしたのだ。
特に問題はなかった。
彼女の見立てた人材ならば文句はなく、彼女が言って来る時点で国庫管理室の室長と詳細は検討済みであり、段取りは整っているはずだった。
それが彼女のやり方である事を、重々承知しているレオンはあっさりと頷いて応じる。
それから少し考えて、執務机に腰を下ろしているシーアを見上げた。
「そっちは任せていいか? こっちはちょっと立て込んできた」
それが何を意味するか、分かるだろう?
そう言外に問うて来る彼の目を見て、シーアもまた満足げに目を細める。
━━やっと動き出したか。
黒曜石のようだと評される瞳がきらめいた。
「そういや議会の連中にはなんて言ってあるんだ? 今日ものすごい顔で見られたぞ」
シーアはふと思い出してにやにや笑いながら尋ねた。
半商半賊の海姫との婚約。
まっとうな愛国心を持ち、民の為を考える事の出来る議員が残された。そのため国王との関係は決して悪くはない。
しかし、だからこそ彼ら議会が黙っているとは思えなかった。
それなのに特に騒がれる事もなく、あっさりと婚約が発表された。かなり気になったものの、それはレオンの領域だと今まで放っておいたのだが━━
「まぁ、反対の声もあったが『海姫を利用する』と言ったら割とすんなり通った」
レオンの言葉にシーアは喉で笑った。
利用されている女が、そうとは知らずに堂々と王城内を我が物顔でうろついている。
なるほど、あれはそう言う目か、とシーアは納得した。
「気を悪くしたか?」
「まさか。いいんじゃねーの、それでお互い仕事がやりやすくなるんなら」
あっさりとした反応にレオンの中にふといたずら心が頭をもたげた。
「本当に利用されていたら、とか思わないのか?」
「その時はいいように手玉に取られたこっちが悪いんだろうよ。人を見る目がなかったって事だ。恨んだりしないから安心しろよ」
婚約者の反応は残念ながら実につまらないものだった。
レイスノートが多くの半商半賊や海賊に交渉を持ちかけている。
その一報はレオニーク・バルトンが有する幾人かの間者からもたらされた。
レイスノートとは海の国の北側に隣接する中規模国家である。
海の国の議員ダーシャスと奸計を謀り、半商半賊のドレファン一家を利用して一戦交えようと画策した。
近年、良質な鉄鉱石の鉱山が発見され、その採掘が盛んである。
ただ、レイスノートは港を持たない。
海の国は国土の南半分ほどが平地であり、北側に向かうにつれて勾配が上がって行く。
国境より北側のレイスノートは標高が高く、台地となっていた。
地図上では海岸線を有するが、すべて海抜が高く、断崖絶壁に近い地形であった。
そのため、産出した資源は海の国へと続く運河を用い、海の国の港にて大型船に乗せ換えて輸出している。
長期的経営戦略として、その関税引き下げを渇望していた。
もちろん、海の国も利用料の増加を考慮し緩和措置を取ったが━━
「満足しなかったってわけか」
シーアは北の台地との関係の関係を聞き、難しい顔で結論から言った。
関税の交渉は世界中で行われている。
世界有数の港を持ち、貿易の盛んな海の国も多数の案件に常に頭を悩まされていた。
そんな事に巻き込まれたドレファン一家。
いい迷惑だ。
「それで戦か? 短絡的なこった」
奸計を量り、失脚した議員ダーシャスは査問に陥落したが、北の台地の方が一枚上手だった。
糾弾する材料が、残されていなかったのである。
訴えようにも、下手をすれば言いがかりだと逆に責められかねない状況だった。
「あの馬鹿は本当にいいように使われたんだな」
巻き込まれたシーアが一家を代表し、嘲りを多分に含んだ口調で言い捨てたのは当然の事であろう。
そして、そんな状況下で北の台地の王弟を招待せざるを得ない機会に見舞われた。
「来月の進水式に北の台地の王弟の出席が決まった。我が婚約者殿にもぜひ参列してもらいたい」
嫌味なほどに整った顔。
見上げてくるそこには惚れ惚れするような、自信に満ちた微笑があった。
━━何を企んでるんだか。
そう思いながら、海姫もつられるように笑む。
「忙しくなるな」
そう言った海姫の瞳は輝いていた。
その生気に満ちた魅力的な表情を、レオンもまた満足げに見つめたのだった。
「北の台地が動き出した」
その一報に海の国の中枢はにわかに騒がしくなり始める。
海姫が陸に上がって半年が経とうとしていた━━
「海の国の黒真珠」と呼ばれる婚約者が、初めて式典に出席する機会が訪れた。
新しい軍用船の進水式である。
国王即位とともに計画が発案されたが、内政の鎮静化に奔走し、国庫との兼ね合いを検討しているうちに月日は流れ、このほどようやく完成した。
進水式に出向く国王に随行して婚約者も出席する旨が発表された時、国民たちは大いに沸いた。
五年前レオニーク・バルトンが帰還した際に見られた「金の海」。
それが海姫の予告があったものである事は周知の事実でる。
彼女が「海の国の黒真珠」と呼ばれている事に、彼女の人相だけを知る者は「それは別人だ」と笑った。
国王が地位の低い女を娶るために海姫と取引して名を買いでもしたか、と。
また、彼女の手管をより知る者は「どんだけ化けたんだよ」と笑った。
彼女を知る者も、知らぬ者も、みな一様に。
多くの人間が彼女を一目見ようと心を躍らせ、港は活気づいた。
「金の海」以来の慶事になるであろう大祭に、人々は胸を高鳴らせたのだった。
第2章もこれから佳境に入ります。




