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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第2章 海姫と海の国の婚約者
22/55

海姫と二人の侍女の日常茶飯事 <前編>

 突然ですが番外編的な侍女目線の話になります。

 踊り子として国王を襲撃した式典の数日後からカリナと出会う頃までの話になります。

 侍女の名前が東洋系になりますが、メインの登場人物と区別して分かりやすくする事を目的にしております。


<<第1週目>>


 国王レオニーク・バルトンの婚約者には二人の侍女がついていた。

 一人は護衛隊員の夫を持つ20歳のユキといい、髪結いの娘である。

 もう一人の18歳になったばかりのハナは服飾店を営む商家の娘だった。


 二人はある日、穏やかさに定評のある古参の侍女頭に異動を告げられた。

「シーア・ドレファン様付きに任命します」

 それから極秘・内密と散々前置きされて婚約発表を控えた女性である事を侍女頭から伝えられた。

 ありとあらゆる意味で二人は驚愕のあまり呆然としたのだった。

 そのような重職に就くにしては若過ぎたし、何よりも下働きが相当とされる一般的な家庭の出身である。

「それはまずいです」

「無理です」

 震えるように二人は思わず首を振ったが、侍女頭は安心させるようににっこりと笑って「陛下のご希望です」と答えたのだった。


「ほとんどの事は自分で出来る相手なので、のびのびさせてやって欲しい。あまり口うるさくして嫌気がさして逃げられても困る」

 国王は侍女頭に婚約者の扱いについて冗談めかしてそう指示した。


 三年に渡る遊学という名の失踪から帰還後、彼が回りに集めたのは華美な体裁よりも、質実剛健に重きを置いた面々だった。

 侍女頭もそのうちの一人であり、婚約者の侍女にも同様の人種を求めている事はすぐに理解できた。

 一度は崩壊した王制である、今更古い形式や因習に囚われる事もない。

 悪習を廃止する機会としては今を置いて他にはないだろう。

 それが国王レオニーク・バルトンが掲げた指針の一つであった。


 とはいえ国王の婚約者ともなれば覚える事は果てしなく広大であったが、王に認められた優秀な人材である侍女頭は自身の意見をひとまず飲み込んだ。

━━基本的に放置で。

 婚約者についてそのように言って穏やかに笑う国王。

 そんな表情を初めて目にした壮年の侍女頭は、ひとまず彼の要望の通り従う事にしたのである。



 その日、ユキとハナは婚約者の女性と対面し、また唖然とさせられた。

 地味な麻のズボンに質素なシャツ。

 切れ長の目に、他はあっさりとした印象のまるで化粧っ気のない顔。海に生きる人間にしては日焼けは薄い。

 長い黒髪は一本の三つ編みにまとめて肩口から垂らすという、一番手間のかからない髪型。

 王城内にぽっと出たような市井の姿の人間はかなり目立つ。

 だから、侍女二人はそんな彼女に見覚えがあった。


 ここ最近よく厨房でご飯食べてる人だ━━



 国王に自由を約束された婚約者は、基本的に行方不明であった。

 王城内でも上等な客室を与えられているにもかかわらず、そこには着替えに戻るくらいで、それ以外は夜さえ留守と言う有様。

 うろたえるハナに対し、国王の所だろうと口を噤んでいた既婚者のユキであったが、侍女仲間に国王は一人で寝室にて休んでいると聞いた時、ハナ以上に動揺を覚えた。

━━え、どこで寝てるの。




<<第2週目>>


 当初は緊張しながら婚約者の部屋を清掃していたが、最近となっては時間を気にすることなくゆっくりと、心行くまで清掃できる反面、「むなしい」と思うようにさえなった。

 帰ってくる都度、部屋の主は「いないんだから掃除しなくていいよ?」と困ったように言ったが、そうはいかないし、他に仕事がなかったのだから仕方ない。

 ユキが果敢にも恐る恐る部屋で眠る事を進言してみたが、「んー、まぁもう少ししたらね」とうやむやに言われてしまい黙る他なかった。

 なにせ相手は海姫と呼ばれる人間であり、目つきが悪く、凛とした物腰で当初は近寄りがたい印象を抱いていた。

 関わってみると彼女は飾る事もなく朗々とよく話し、意外なほど親しみやすい人間だった。

 

 色々な目撃情報から推測するに、婚約者は日に三回、多い時にはそれ以上の頻度で海に一番近い城壁の角櫓に足を運んで海を見ているらしい。

 往復にはそれなりに時間がかかる距離だがほとんど欠かす日はないという。

 海が恋しいとかじゃ、ないんだろうな。

 ユキは勝手ながら郷愁の可能性は即座に否定した。そう言った性格ではないように思われたのだ。

 その合間に外で庭師の手伝いをしている事もあれば、国庫管理室が入る建物の回廊で室長と碁を打っている日もあった。

 意外な事に、雨天時には書庫で延々と読書に明け暮れていた日もあったらしい。


「昨日、林の方に入って行くシーア様見つけて追いかけたじゃない?」

 ハナが今日も窓ふき掃除をしながら外に視線を向け、遠い目をして口を開いた。

 昨日、窓拭き掃除の最中に外を歩く主を見つけたハナは好奇心をそそられ、ユキが止めるのもきかず興味を持って追いかけたのだ。

 仕事は無いのだから暇を持て余しても仕方がない。ユキも真剣には止めなかった。

「何なされてたの?」

「ナイフ投げてた」

 昨日磨いた所なので全く汚れていない家具の埃を払うという悲しい作業を行いながら、義務的に会話に付き合ったユキの手が止まった。

「━━ナイフ?」

「なんか的当てみたいなことしてた」

 年の功と言っては怒られそうだが、年上の経験で何かフォローしてくれる事をユキに期待したハナだったが、残念ながらユキも婚約者の奇行に何かそれらしい理由付けが出来るほどは人生経験を積んではいなかったのだった。



 うちの旦那より鍛えてる気がする━━━

 部屋の中央で黙々と筋力の鍛錬に励む主を横目で見たユキはそんな事を思った。

 ユキは結婚してもうすぐ一年になる。

 新婚ではあるが、護衛隊員の夫との付き合いは友達の期間を含めると長いので新鮮さはない。

 休日は運動量が足りないのか夕食前に鍛錬に励むまじめな夫だが、婚約者の運動が夫の運動量と比べて遜色がない事に気付いたのは妙に時間が長い気がして回数を数えたからだ。

 やっと終わったかと思うと、次は別の動きを始める。

 規則正しい呼吸に、そのうち「くっ」とか「ふっ」といった、きつそうな呻きが混じる。

 これまで海で活躍してきた主だ、夫のように運動不足を感じているのだろう。

 いずれはご結婚のお披露目もある身だし、体型の維持に励んでいらっしゃるのね。

 そう思う事にした。

 その範疇を軽く越えている運動量であったとしても、前向きにそう捉えておく事にした彼女にある日災難が訪れる。

「ねぇ、その服いいね。一組貸してくれない?」

 ユキは主に仕着せを要望され、精一杯抵抗した。

 悪いことにしか使われない気がした。

 こんな覚えにくいお顔立ちの方がお仕着せなんて着たら、確実に紛れ込まれる。

 軽い恐怖さえ覚えて抵抗したが、所詮は未熟者の侍女。口のうまい半商半賊にかなうはずもなく、まんまと一揃え持って行かれた。

「わたしが勝手に持って行っただけだから。ユキに迷惑はかけないから心配しないで」

 いや、そんな慈愛に満ちた優しい表情で言われても━━

 目つきが悪いと言ってもいいようなお顔立ちなのに、そんな表情は反則だ。

 そりゃ渡しちゃうわよ、と一人ごちる。

 事が露見した場合、あの自由人な主は言葉の通り弁護してくれるだろうとは思う。

 婚約者は自身の奔放な行動のせいで侍女達が叱責を受ける事がないよう、何かと気を遣ってくれているのが最近身に染みて分かるようになってきた。

 婚約者付きを務めるにしては身分が低く、あまりに教養の足りない二人が選ばれたため、娘をお妃候補の侍女から外された者達から「半商半賊の海姫の侍女にはその程度がふさわしい」と陰口もあったが、穏やかな物腰に定評のある侍女頭がうまく黙らせている事も知っていた。


 しかしそれでいいのか、自分。

 擁護されまくってる。

 完全に立場が逆な気がしてならないのだった。



<<第3週目>>


 ある日、婚約者の部屋付きの衛兵から「部屋をほとんど使っていない」という報告を受けた護衛隊隊長のグレイが自ら聴取にやってきた。

 担当の侍女の話も聞きたいという護衛隊長の希望により、ユキとハナは部屋付きの衛兵2人と廊下に並ぶ羽目になったが、婚約者の部屋に国王以外の男性を入れる事は憚られるので仕方ない。


 護衛隊長は苦い顔で確認した。

「じゃああいつは全くこの部屋にいないんだな?」

 お食事は自分で調達出来る方ですから心配はしていないんですけど━━そうユキは擁護しようとしてやめる。

 火に油を注ぐ結果になりそうだったからだ。

 護衛隊隊長の眉間の皺が深くなり、侍女二人は恐縮する。

 侍女頭に放置でいいとは言われているが、冷静に考えるとさすがに放置し過ぎたのかもしれない。

 主の行方も知らないのは、侍女としては完全に失格ものだ。

 顔色を悪くしてうなだれる若い娘二人を見て、グレイは否定するように手を振った。

「いや、いないのはあいつが悪いんだ。あんたらも大変だな、あんなのの担当になって。レオンには言っとくよ」

 邪魔したな、と彼は踵を返す。

 ユキにとっては夫の上司である。

 粗野な風貌の、やや猫背気味の護衛隊長の背を「なるほど、確かに」と見送る。

 気負った所がなく、強面ながらざっくばらんな性格で話しやすい彼は城内の女性にの一部に人気がある。

 なにより国王の信頼も篤い出世頭である。

 国王に近い存在であるため、何かと国王への進言を懇願される事も多いというが……

━━うん、あれはモテるわ。

 隠れた美男子と騒がれる副隊長ジェイドと人気を二分するのも納得がいく。

 結婚するならグレイ隊長、恋人として夢見るならジェイド副隊長。

 ジェイド派であるハナは副隊長も来てくれたらよかったのに、と少し残念そうだった。


 寝台にセッティングしたものの、結局使われていないシーツ類を抱えてハナは洗濯場へ向かった。

「お洗濯お願いします」

 全然汚れてないから申し訳ないんだけど。

 心の中でひっそりと詫びて真っ白な寝具を指定の籠に入れ、洗濯係の中年の女性に声を掛けると彼女は顔を上げて口を開いた。

「海姫様にお礼って伝えられるもんかね? うちの旦那、漁師なんだけどさ、この間、時化しけになるから船は出さない方がいいって言われたらしくて。ほんとに助かったよ。そんな天気じゃなかったのに、さすがは海姫様だねぇ」

「━━」

 目元に皺を寄せて豪快に笑う彼女に対し、ハナは押し黙った。

「それって、まさかとは思うけどシーア様に言われたって言ってた?」

 背中を冷たい汗が伝った気がした。

「まさか。港で海姫様からの話だって広まったんだろうよ。海姫様が伝言でもしてくれたんじゃなかったのかい?」

 あはは、と笑って洗濯係は作業に戻ったが、ハナは嫌な予感を覚え━━とりあえず聞かなかった事にした。

 絶対に、強面の護衛隊長の耳に入れてはいけないような気がした。

 今度シーア様にお会いしたら確認しなきゃ。

 主に対して「今度会ったら」というのもおかしな話だけど。



 西洋系のお話で突然東洋系の名前を出すのは世界観を崩すような気がしてこれまでは敬遠してきたのですが、私自身が本を読む時めっきり登場人物の名前を覚えられなくなってしまいまして。

 久々に登場した人物の名前を見て「誰だっけ?」という事がよくあるので、滅多に登場しない侍女二人は東洋系にさせていただきました。

 少しでも分かりやすくなれば、と思ったのですがいかがでしょうか。


 海姫の普段の王城生活を書く機会がなかったためまとめて書いた所、楽しくてどんどん増えて当初の予想の3倍の量になってしまいました。

 前後編になります。


 

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