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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第2章 海姫と海の国の婚約者
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7、そうだ、チーズ買いに行こう  その1

 その日、国王レオニーク・バルトン直々の依頼に王城の護衛隊の長であるグレイは心底嫌そうな顔をした。

「なんでわざわざ山までチーズ買いに行くんだよ」

 行き先は北方の丘陵地帯にあるカリナ・クロフォードの生家だという。

 しかも国王の婚約者と、宰相まがいのオズワルド・クロフォードの養女が同行するのでその護衛ときた。

「馬鹿じゃねぇの」

 国王相手にそんな暴言を吐くのはこの男と婚約者くらいのものである。

「一日移動に使えば三日で行って帰れるだろう? 母の所に泊まれるよう連絡したし、馬の交換も手配済みだ」


 こいつ、準備してから言い出しやがった。


 執務室に呼ばれたので何かと思えばそんな暴挙。

 この暴君。


 絶対に嫌だ、断ると言うグレイをチラリと見る。

 両肘を代々受け継がれる執務机につき、組んだ指に顎を乗せる。

 同性の目から見ても、この男の所作はいちいち絵になるのが腹が立つ。


「北方の山賊」

 口をへの字に引き結んでいたグレイはその単語に訝しげに国王を睨む。

 

「どうもまた出てきたらしい。北方の国境管理局から報告があった」

「あいつら何やってんだ」

 グレイは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 北方の国境周辺の護衛をしているのはグレイの昔の仲間達だ。

 かつての護衛業仲間は現在、北方の国境の護衛隊に配属されている。


「前とは違う連中だそうだ。たまには昔の仲間とも仕事がしたいだろ? 母の様子も見てきてほしい」

 そう言われれば━━断ることは出来ない。


 レオンとともに古城に移り住んだレオンの母親にはグレイも世話になった。

 けれど━━

「それなら俺とジェイドだけで行く。女子供を連れて行くのは危険だろうが」

 そこは譲る気はなかった。それなのに。

「カリナ嬢の護衛はシーアがするから、気にしなくていいぞ」

 国王は、そんなことを言ったのだった。


「総督の許可も取ったし、お前たちが不在の間は総督自ら詰めてくれるそうだ」

 カリナの養父オズワルド・クロフォードはグレイの直属の上司だ。

 その彼の許可があるというのならば、全てはすでに決定事項じゃないか、と思う。

 そもそも、なぜ国王が部下である総督の許可を取る必要があるのだろう。

 根本からおかしな話であった。


「カリナ嬢が一度も家に戻っていないと聞いて気の毒に思ったらしい。お節介だからやめろと言ったんだが……あの地方特産のチーズがあるだろう。あれが目的だと言ってな」

 田舎での隠居生活中に気に入ったヤギのウィンナーも頼むことにしたのだと言ってどの酒を開けようかと非常に楽しみにしている様子の昔なじみの姿に、グレイは諦めて嘆息する。 

「出張手当と時間外手当はつくんだろうな」

 グレイは強くその点を確認したのだった。


 ※


 夜明け前、シーアが待ち合わせの厩舎に行けば、王城内の兵舎暮らしのジェイドがすでに到着していた。

「早いね。わがままに付き合わせて悪いけど頼むよ」

 ジェイドはシーアの言葉に一つこっくりと頷く。

 副隊長のジェイドはとても無口な男だ。いつもグレイより一歩下がったところにいて、声を聞いた記憶がない。

 黒に近い茶色の髪は全体的に長めで、目にかかるほど伸びた前髪のせいで表情も窺い知る事が出来ず、人を寄せ付けない空気を纏っていたが変わり者はどこにでもいるのでシーアも気にする事はなかった。

 なかなかの器量よしなのにもったいない、これでもう少し社交的ならばさぞモテるだろうに、とそう思っただけだった。


 最後に王都郊外の借家に住んでいるグレイが登城し、合流するなり難しい顔をした。

 わざわざ目立つ重厚な馬車で行くこともないだろうと、二頭の馬が引くのはほろ付きの荷馬車。

 王家やクロフォード家御用達の馬車で行くよりは断然まともな判断だが━━なぜ快適性ゼロの荷馬車……


 中を覗くと申し訳程度にいくつかクッションが転がっており、そこへシーアが軽々と乗り込むので出発せざるをえない。

 そのまま予定通りクロフォード邸へカリナを迎えに寄った。

「おはよう」と荷馬車の後部から飛び降りたシーアを見て、予め屋敷の庭で待機していたカリナは少し間を開けてから「おはようございます」と丁寧にあいさつをした。


 そりゃ驚くだろ、とグレイは思う。

 田舎への旅とあってシーアは化粧をしていなかった。

 今や「海の国の黒真珠」とも称される国王の婚約者の素顔が、こんなにも素朴とは、誰が思うものか。

 海姫の化粧の腕前は天才的だと、それだけはグレイも素直に認める。

 カリナは二人の男性に申し訳なさそうな顔をして恐縮しており、上司であるオズワルド・クロフォードも先日実に済まなさそうにグレイに言った。

「あの子は自分では帰りたいとは言わないだろうから」と。

「すまないが頼むよ」と。

 田舎の盗賊まがい事をしていた自分を貴重な人材として扱い、正当な評価をしてくれる上司の頼みである。

「了解しました。ご心配なく」と言うしかなかった。


「どうせこの女が無理やり誘ったんだろ、気にすんな。悪いのはこいつとレオンだ。ま、お嬢さんもたまには爺さんに顔見せてやっても罰は当たらないだろ」

 棘だらけの言葉にシーアは特に気を害する風でもなく笑っていた。

 むしろカリナに気遣いを見せるグレイを「ほんと気がいい奴だよな」と感心さえしていた。

 当人が聞けば激高する事が予測されるため黙ってはいたが。

「じゃ行こうか」

 黒い髪をひとまとめに太い三つ編みにして右肩から垂らしたシーアは、久々に城を出るのが嬉しいのか、楽しそうに言った。



「なあなぁ、お前、山賊とか盗賊してたってほんと?」

 乗り心地の悪い荷馬車は当然ガタガタと騒音もひどく、シーアの声は自然と大きくなり、問われたグレイは本日何回目かになるため息をつく。


「山賊からの護衛、だ。盗賊じゃなくて慈善事業」

 誤解させたままでもよかったのだが、放置すると余計に面倒な事になりそうで後々の事を考え一応訂正を入れた。

 海の国オーシアン王城の護衛隊隊長を務める彼は、北方の国境付近に位置する山岳地帯の出身だった。

 

 この国の政治が一時、議会に取って代わられたのは13年前。

 議会制になってからの8年間はこの国にとって黒い歴史である。

 荒れて行く一方の政治経済。

 やがて地方では山賊、強盗行為が横行し始めた。

 

 レオニーク・バルトンが北の古城で過ごした五年間、ほとんどの時間を彼は年の近いグレイと過ごしたといっても過言ではなかった。

 レオンが古城から姿を消した後、グレイは仲間達と山賊からの護衛の請負い業を始めた。

 彼等は北方の山岳地方に住む狩猟民族である。

 弓矢の扱いはもとより、剣術にも優れていた。

 北の国境を越えるためには山岳地帯を越えなければならない。

 誰よりも熟知した地形でよそ者の山賊を相手取るのは、割のいい仕事だった。

 ただ、彼等は働き者という生来の気質により、まじめに仕事をし過ぎた。

 護衛業は繁盛したが、その護衛があまりにも優秀だったため数年で山賊はいなくなってしまったのだ。

「なんて根性がないんだ」とグレイ達は嘆いたほどだ。


「で? 今度は盗賊になったってこと? やることが極端だなー」

 揶揄したものの、そういう時代だったのだろうとシーアも考えていた。

 慈善事業だと言っただろうが、と思ったがもう相手にする気力は持ち合わせていない。

 そんなグレイに代わり、金髪をおさげにして地味なワンピース姿の美少女が遠慮がちに口を挟む。

「大人気だったんですよ」


 廃業を余儀なくされた彼等は、山のふもとの丘陵地帯に住むあこぎな貴族や商家に押し入って金品の施しを勝手に受け取るという生業に転向してしまった。

 深夜に屋敷に侵入し、誰にも気付かれず金品を持ち去る手腕はとてもスマートで、数日経っても侵入に気付かなかった家があったほどだ。

 自分達の取り分を差し引いた金品のほとんどは慈善団体に寄付したものだから彼等の人気は高く、取り締まるべき衛兵の生活も救うことになっていたので調査はおざなりにしかなされなかった。


「その腕を見込んで王城の警備をさせるとはねぇ」

 シーアはしみじみと呆れたように言った。

 レオニーク・バルトンは帰還後、隠居生活時代に知り合った昔なじみがそんな状態にあると知って驚いた。

 そしてすぐさま侵入に関する豊富な知識と経験を見込み、グレイとその右腕であるジェイドを王城の護衛隊の隊長と副隊長に抜擢したのだった。

 誰が信頼出来るかも定かではない状況下で昔なじみの人間に任せられるのは、国王にとって本当に幸運なことだった。


 グレイは御者台にジェイドと並んで座り、女性二人は幌の中にて過ごす。

 二度、地方の屯所で疲労した馬を交換した。

 帰りにまた同じ屯所に寄って借りた馬を戻して帰る予定だ。

 

 立派な肩書を持つ面々であるが、生粋のお貴族様ではないので休憩は必要最低限で済んだ。

 シーアがレオンと相談しながら立てさせた計画より順調に行程は進む中、カリナが手綱を交代しようかと申し出る事もあったが、さすがにそれは男二人は遠慮した。

 

「なぁなぁ、あいつのお袋さんってどんな人?」

 馬車での移動中、時間を持て余したシーアはレオンの母親について尋ねた。

 レオンからは特に聞いていないし、言われないのだから気にすることもなかったが、荷馬車での移動はとかく暇だったのだ。

「お前、なんで聞いてないんだよ」と呆れながらもグレイは説明してやる。

 彼も時間を持て余していたし、沈黙を苦手とする性分であった。


 レオニーク・バルトンの母は、田舎の小さな領土をもつ貴族の娘だった。

 王城遣えをしている際、国王に見初められてレオンを授かった。

 一介の侍女という立場であったが、王妃も国王の子供も夭折していた為、王位継承権が認められた。

「レオンが隠居する時、一緒に田舎に移ったんだ。侍女と二人で庭いじりしたり、俺にも飯作ってくれたり、ほんと普通の人だったけど……」

 グレイが珍しく口ごもり、カリナも視線を落とした。


「レオンが毒殺されそうになった時、毒を口にしたのはお袋さんの方だった。レオンがすぐに気付いたから助かったんだが……ちょっとその毒が残っちまったみたいで、時々言うことがおかしくなったりした」


 よって、息子が国王の座に就いた現在も田舎の古城で侍女と二人、療養生活を送っているのだとグレイは険しい表情で言ったのだった


 ※


 日が傾き始めた頃、丘陵地帯に入った。

 手綱を握るジェイドがふと右手側の山肌を見据える。

 その奥は林が広がっていた。

 ジェイドは黙って馬車の速度を上げ、そんな彼の様子に隣に座ったグレイは右手を後ろに回した。


 張り詰めた空気を醸し出す無言の男二人の間から、カリナがひょっこりと頭を出す。

 何かとグレイが振り向けば、少女の顔もまたとても真剣だった。

 男達の注目に気付く様子もないほど集中した面持ちで彼女もジェイドと同様にゆるい斜面になった山肌を見渡し、耳を澄ませてから背後に向かって囁く。


「シーア様、林の向こうを馬の集団が並走しています」

 

 グレイの手にはすでに背後に置いていた弓があった。


 次の瞬間、木々が減って開けた斜面を馬の集団が一気に駆け下り、馬上の男から放たれた矢は御者台に刺さる。

 始めの一矢は威嚇だと見て取れた。

 

 十人足らずか。一瞬にして、荷馬車の前後左右を山賊に囲まれた状態でグレイは内心笑い出したくなった。

 まさかこうも簡単に山賊に出会えることになるとは。

 

「代われ、海賊!」

 幌の中のシーアに手綱を交代するよう叫び、頭上めがけて鏑矢かぶらやを放つ。

「私が!」

 シーアがすぐさま反応するだろうと踏んでいたグレイは、名乗りを上げるように率先して御者台に這うように出て来たカリナにぎょっとした。

 とめる間もなく、ジェイドはカリナが御者台に座る手助けをしながら躊躇なく手綱を渡してしまう。

 素早く幌に入るジェイドと入れ替わりにシーアがカリナの隣に立った。 


 何やってんだこの馬鹿ども!

 内心暴言を吐きながら、二本目をやや前方に向けて放つ。

 最後にもう一矢、三本目を前方めがけて放ち、剣に持ち替えた。


 すごい━━カリナは鏑の轟音に目を見張った。

 合図に用いられる鏑矢は矢の先に細工があり、射るとうなりを発する。

 こんなに強い音を発するように射る事が出来る人間を、少女は初めて見た。

 しかし驚いている暇はない。

 山賊の話は聞いていたし、鉢合わせした場合の対応もシーアから予め指示されていた。


 自分は、彼等の指示があるまで馬車を走らせる。

 それだけでいい。

 たとえ人相が悪く、屈強な男が混じる連中から「止まれ」と脅されても、ひたすら馬車を走らせるだけだ。


『女は無傷で捕えようとするだろうから比較的安全だよ』

 シーアが言った通りだった。

 ましてカリナは田舎娘の姿はしていてもとびきりの美少女である。

 田舎育ちの彼女は馬車の扱いは手慣れていたが、四人が乗っている荷馬車では速度が出るはずもない。

 止まって取り囲まれるのが一番まずいと聞いていた。


 恐怖はあったが、自分の左ではグレイが剣を振るっている。

 右側ではシーアが短剣ダガーを構えていた。

 幌の最後部の開口部はジェイドが守っている中で、今いる場所が一番安全だと聞かされている。

 だから、自分は馬車を走らせるだけでいい。

 行く手を阻むように2頭の人馬が馬車の前に入られ、咄嗟に手綱を引きそうになる自分を叱咤しながらそれでもカリナは馬を走らせる事に集中する。


「まずは肩だ! 首を刺されたくなかったら下がりな!」

 馬車の騒音の中、それでも声量のあるシーアの怒号はよく響いた。

 彼女は御者台の高くなった部分を左足で力いっぱい踏みつけ、腰を幌の骨に押し付けるように体を固定し━━右肩から先を肩の高さで後ろに引くと素早く手を振るう。

 彼女の放った短剣は予告通り肩に食い立った。

 その姿に男達は咄嗟に速度を緩め、馬首を巡らせて道を開けざるを得なかった。


 激しい振動の中、足と腰の二点を固定しただけで上半身の揺れを制御し、短剣を放つ。

 狙った場所に的確に当てる国王の婚約者。


 グレイは呆れ果てた。

 こいつ、どんだけ鍛えてんだ。


 ひたすら前を見据えるカリナの耳が新たな馬蹄の響きを拾い山賊の増援かと青ざめた直後、そこに現れたのは国境警備の制服を着た騎馬隊であった。

「遅い!!」

 グレイの怒号が谷に響き渡った。


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