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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第2章 海姫と海の国の婚約者
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2、この空気をどうするんだ

 海王ウォルター・ドレファンの後妻と、昨年生まれた息子は連れ去られた。

 普段、船員以外は島の外にはほとんど出ない。

 今回二人が島を出たのは、ウォルターの大きな仕事が終わった労いのためだった。

 隙をつかれたシーア達は連れ去られた二人を追い、怪我を負ったウォルターは別便で島へ移送する間に息を引き取った。


 身元を明かさず海賊を雇い、人質を取ると他国との内通、海の国オーシアンへの派兵の際、海上戦の最前列にての参戦を人質解放の条件とした。

 ドレファン一家が全滅すれば人質が帰る場所はなくなる。

 取引としては成立しない。

 しかし彼らは応じる他なかった。

 答える代わりに海姫は殺気のみなぎった声で唸った。

「二人に怪我一つさせてみろ、お前の国を潰してやる」

 その気迫に、その要求は飲まざるを得なかった。


 五年前、「金の海」を予見したほどの人間であれば、海に恩恵を受けるこの国に危害を加えるなど造作もない事なのかもしれない。

 そんな畏怖を抱いたからだ。

 国王を退けた後、海の恩恵を受けられなくなっては意味がないのだ。



◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆



「まぁ、国王としておいそれと身内を差し出すのは世間体もあるだろうからな。わたしもタダで、とは言わない。そいつの取引相手の情報と交換だ。そいつを査問するか、わたしが話すか、それだけの違いだ。首は返してやる。悪い条件じゃないだろう?」

 海姫は淡々とした声で厳しい決断を迫り、そんな彼女にオズワルドが何か言いかけてやめる。

 そんな中、首に簪をつきつけられた状態の男は壇上の端で弓が引き絞られる気配を感じた。


「投げるぞ。舌を噛むなよ」

 国王は小さく言うと首の前に回されたシーアの右手を両手でつかむ。

 簪に刃がない事は分かっていた。刃があれば簪として髪の毛に挿す事は出来ないからだ。

 刺されない限り当たっただけでは傷つく事はなく、彼女は先ほど口にくわえていた為、毒の心配もない。

 よって遠慮なくそのまま素早く体を沈めながら上体を前に倒し、背負い投げる。

 海姫の痩躯は簡単に空を舞った。


「よし! よくやった、レオ……」

 今まさに射らんとしていたグレイが構えていた弓を下ろし、賊を捕えに動こうとして固まった。

 国王は基本通り床に叩きつけるでなく、前に回った海姫の腹に右腕を回して引き寄せるようにして立たせると、左手を上げて降参の構えを取ったのだった。


 国王の懐には、同じく前方を向いて立つ海姫。

 上半身をひねるようにして両手で簪を国王の首に突き付けている。

 そんな二人の状態は国王の首元に刃物こそ存在するが、国王が後ろから抱き寄せているようにも見えた。

 どちらが優位にあるのか、判断に迷う体勢に沈黙が落ちる。

━━なんだこれ。

 シーアは心中で吐き捨てた。


「なにやってんだ、てめぇっ」

 グレイの国王に対する遠慮のない怒号にシーアも「まったくだ」と内心同意した。


「グレイ、大丈夫だと言っている。みなも動くな」

 国王は嘆息して言った。

 護衛隊隊長を務めるグレイは弓の名手である。

 彼の腕ならば国王に傷一つ負わすこと無くシーアを射抜くなど容易い行為であった。

 自ら彼女を守る壁となる事で、これ以上の手出しは無用とグレイに示す必要があったのだ。


「シーア殿、お連れ様がお着きになられました」

 ふと、オズワルドが背後を振り返った先に護衛兵に案内されて美しい娘が現れた。

 長い金髪を高い所でまとめ、長袖、長ズボンの動きやすそうな服装は上下とも黒。

 シーアは予定外の義妹サシャの登場に眉間に皺を寄せる。

 何かあったか━━

 一瞬、瞳が動揺に揺れ、そんなシーアの様子に気付いたサシャは慌てた口を開いた。

「姉さん、マックス達は無事よ。マックス達は無事なんだけど━━」

 言い淀む。

 周囲の状況を見てサシャはそして困ったような、途方に暮れたような、なんとも複雑な顔をして一度かすかに背後を伺う。

 口を開きかけて、サシャは困惑した面持ちのまま胸の前に組んだ両手をまごまごとせわしなく動かした。

 状況に戸惑っている体を装ってサシャの手が告げる。

 壇上の前で塊になっている二人はその意を読み取り━━シーアは固まった。


≪船長、安全ナリ≫


≪安全ナリ≫の手話には「無事」と広義に解釈することが出来た。



 少し遅れてドレイク号操舵士のギルが、中年の男に肩を貸しながら現れた。

「久し振りだな、レオン」

 サシャと同様に黒装束のギルに肩を借りながらゆっくりと歩く渦中の人物は、清々しいほどの笑顔を国王に向けた。

 それから━━

「何やってんだお前ら」

 どうしてそうなった、そう言わんがばかりの呆れ顔で、実に無責任にドレファン一家の長にして海王と呼ばれるウォルター・ドレファンは言い放ったのだった。


 言い得て妙、かつあまりに的確な意見に場が沈黙した気がした。

「ウォルター様から妻子を誘拐されたとの通報があり、対応していたため出席が遅れました」

 そんな中、オズワルドは恭しく自分が遅れた理由を粛々と述べたのだった。

 そこからの国王の立て直しは早かった。

「ダーシャス卿の手当を。ショックを受けているようだ、誰かついていてくれ」

 自害させるな。言外に命じた。

 オズワルドの指示で護衛兵が一斉に動き出し、ダーシャスを拘束する。

 震える体をどうする事も出来ず、彼は引きずられるように連行されて行った。

 その様子を国王は観察するように見送った。


 簪を持ったシーアの手には、すでに力はなかった。

 呆然と前を向いたまま左手で簪を国王の手に渡し終えると、だらんと腕が落ちる。

「ダーシャス卿の館でドレファン氏の奥様とお子様を無事保護いたしました。お怪我もございませんでしたのでご安心ください」

 オズワルドはシーアに向かって言うことで、国王への報告も兼ねた。


 サシャとギルは心配そうにシーアの様子をうかがった。

 彼らも、奪回のためダーシャ邸を包囲する頃、警ら隊とともに現れたウォルターを見て愕然とした。

 国家権力により、人質はいとも簡単に救出されたのだった。

「貸しがあるんだから使えばいいだろうが。なんで体張ってここまでするかな、お前は」

 海王は心底呆れた様子で言った。


 人質が取られているのに堂々と国に掛けあうという手段は━━思いつかなかった。

 だがそれを責められるのはお門違いだと言うものではないだろうか。

 ウォルターはかつて貸しの証として預かったオーシアン王家の紋章付きの短剣を片手にオズワルドにつなぎを取ることから始めた。いきなり国王を指名しては帰って時間がかかると判断しての人選だった。

 不平不満も文句も山ほどあったが、シーアは深いため息をつきながら額を押さえてうなだれる。

 そのまま肩をすぼめて小さくなると上半身を小さく震えさせた。

 気付いた国王はシーアの腹に回していた右腕を左腕と入れ替えると、右半身を覆うように肩から下がる装飾用の外套を右手で掴むと彼女を頭からすっぽり包み込んだ。

 嗚咽する姿など誰にも見られたくないだろうし、そんな海姫の姿は誰も見たくはないと察したが故の配慮であった。


 海姫はものの数秒で自分を取り戻し、大きく息をついて目元を拭う。

 それは彼女にとってほんの一瞬の、許しがたい油断だった。

 あまりにも一瞬の出来事だった為、幸いにも周囲の者は海姫が激しく脱力したのだと理解した。


「離せ」

 相変わらず切り替えが早いな、と思いつつ回した腕を解かないでいると外套から右手が差し出された。

 赤黒く染まった手の平を見て、怪我を負っているのかと国王はぎょっとした。

「顔洗いたい」

 濃い化粧は汗と涙で凄惨を極めていた。


 

 実子でないにもかかわらず、これまで育ててくれた養父。

 彼が死んだと聞かされた時、世界が足元から崩れ落ちるような感覚に襲われた。


 そんな大きな怪我ではなかったずだ。

 それなのに━━━

 全身から力が抜けて立てなかった。

 しかし涙は出なかった。

 それは、今じゃない。

 その前になすべき事がある━━そして、人質救出と復讐を誓った。


 それが十日ほど前の事だった。

 それなのに、この父は━━

 死んだことにした方が動きやすいという理由で、移送した船の船員と口裏を合わせてドレファン一家全員を騙したのである。



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