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海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~  作者: 志野まつこ
第1章 海姫と拾われ王子
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おまけ 海姫と海賊エミリオ・スミス

 レオンは巣へ船の修理へ、シーアはリザの所へ結婚のお祝いへ、と別行動をしていた時の話です。

 シーアが海賊船に乗って戻ったいきさつ話になります。


 

「リザ! ここにいたのか。邪魔して悪いが、ちょっといいかな?」

 シーアがリザと二人で倉庫の前に置かれた木箱に座ってで昼食をとっていると、細身の若い男がわざとらしく慌てた様子で近付いてきた。


 シーアは自分よりも幾分年上に見える男をチラリと見てから、切れ目に具材を詰めたパンにかじりつく。

 目を引く金色の髪をきれいに整えた、一度見れば忘れないような、優男(やさおとこ)

 知っていた。

 まさかこんな所で同業系に出会おうとは。


「あら、エミリオ。こんにちは。何かしら?」

 愛想よく言ったリザだったが、本心の所では船の跡取り候補二人が顔を合わせているこの状況に緊張していた。


 男はシーアに「食事の邪魔をして申し訳ない」とすまなさそうに断ってからリザに向き直る。

海の国(オーシアン)に入りたいんだが一人だと警戒されて入りにくそうでね。入国予定の業者がいれば紹介して欲しいんだ。心当たりはないかな?」

 眉目秀麗な男は急いでいる風ではあったが、気障ったらしい態は省略しない性質らしい。声を荒げるでもなく魅力的な笑顔でリザにそう持ち掛けた。


 さすが、ほうぼうの港に女がいる男は違うな。

 

 シーアは冷めた目でエミリオを見やる。

 世界中の至る所で恋人が彼の寄港を待っている、という話は有名だった。

 うーん、とリザは心底困ったような表情を浮かべる。

 その仕草や表情がすべて営業用だとシーアは知っているし、彼も気付いていて付き合っているのだろう。海賊の跡取り息子は商社の従業員のその態度に機嫌を損ねるような事はなかった。

「悪いことを言わないから、今はやめといた方がいいわ。業者がいないわけじゃないけど、こんな時だから引き受けてくれる所はないし、何かあった時のことを考えたらこっちも紹介出来ないわ。力になれなくてごめんなさいね」

 リザは本当に申し訳なさそうな様子で詫びた。彼女にそう言われれば、たいていの商人達は引き下がる。

 しかしエミリオは食い下がった。


 リザの友達の町娘とでも思われているらしく、彼はシーアがいても会話の内容を憚ることはなかった。

 化粧でいくらでも印象の変えられる顔立ちは本当に便利だ、と自分の化粧の出来栄えに満足して内心ほくそ笑む。

 彼は運輸の仕事で海の国(オーシアン)に寄港し、ソマリの恋人に会う為に出国して戻れなくなったらしい。

 海の国(オーシアン)の港では彼の船が待っているので何としても入国したい、とそんな事を遠回しに伝えてリザに再度仲介を請うた。

 

 こいつ、すげぇな。


 シーアは呆れた。

 呆れを通り越して褒めてやりたい。

 手早く食事を終わらせると、シーアは傍らの町娘のお出かけ仕様の巾着のバックから書状を取り出す。

 養父ウォルターから「いつか使う時があるかもしれないから」と以前から持たされている書状だった。 

「海賊のお兄さん、100万でどう?」

 シーアは海の国オーシアンへの入国許可証を見せ、不敵な笑みを浮かべたのだった。

 

 エミリオはそれを見て大いに戸惑った。

 町娘の姿をしているが、その凶悪と言ってもいいほどの笑み。

「名前以外は本物だよ。ちょっとした伝手(つて)があってね」

 ただし、シーアの持つ入国許可証は夫婦用である。

 リザには止められたが、交渉は実に短時間で成立した。

 持ち合わせがないので代金は船に戻ってからという話になった所で「船に着いたら刺されたりしそうだなぁ」とシーアは難色を示したが、「女性は傷つけない主義だ」と言うエミリオにリザが実に不服そうに太鼓判を押した事で成立した。


 

 いや、もう本当に。

 ほうぼうで女をだまくらかしてる男は違う。


 シーアは心底感心した。

「親族の結婚式に出席するための旅」を演じる事になったが、シーアは夫役を務める彼の演技力と口のうまさに舌を巻いた。


 既婚女性らしく髪を上げ、目つきの悪さを和らげる人畜無害そうな化粧をし、ただ笑っているだけで妻役は事足りた。

 入国が厳しく管理され、荒みつつある国に「親族の結婚式で」入国なんて、信ぴょう性に欠けるか、と少なからず心配したのだが。


━━まさかこんなにラクに入国出来るなんて。

 シーアが肩透かしを食らうほどに、優男の活躍によりいともたやすく入国出来てしまった。

 そのおかげで彼女は想定していた以上に海の国(オーシアン)を視察する時間を確保する事が出来たのだった。


◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆


「おい海姫、金は?」

 ドレファン一家の船へと渡した板に乗った彼女の背に声をかける。

 自分の失態を知る彼女と、スミス一家の船員の目に、女性に対して常に丁寧な態度をとるエミリオにしてはぶっきらぼうになった。


「金の話でもしないと信用しなかっただろ? わたしもちょっとあの国に用事があったんでね。お兄さん何かと役に立ったし、サービスにしとくよ」


 あぁ、とシーアは言われて初めて思い出したかのように振り返った海姫と呼べれる女は、そう言ってあっさりと笑う。

 その言葉にエミリオは唖然とし、彼の父親はシーアの気風の良さに盛大に吹き出して大笑する。

 それが面白くなくて、エミリオは憮然とした面持ちで口を開いた。

「━━借りとく」

「好きにしたらいいよ。海賊から返してもらえるとは思ってないけどね」

 シーアは笑って板を渡って行った。勝ち気で生意気な態度だった。


 今迄に出会ったどんな女とも違った。

 長い三つ編みを背中で揺らしながら渡って行くその後ろ姿を見て、早まったと思う。

 つい男の意地を見せてしまったが、あんな女に借りを作ったのは間違いだった事に気付いたのだ。

 いっそ倍額でも払って清算しておくべきだったと後悔した。


 それが海賊エミリオ・スミスと海姫シーア・ドレファンの出会いだった。



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