氷の剣と白と黒
クロムは氷の刃を雪原から出しながら、新たな呪文の詠唱に移っていた。
「おい、それって」
そして早口で紡がれた呪文によって魔法が完成する。
「雨氷多重中等魔法」
クロムの右手に握られている木刀は、薄い氷が何重にも覆うことにより鋭い氷の刃と化した。
「死ね」
クロムは平然と物騒な事を口にしながら、今まで確保していた距離を自らの足で詰めていく。なおも雪原から氷の刃を出しながら。
シグナはその時確信する。クロムは決闘に何を掛けるのかとかどうでも良かったのだ。本当にありえないが、こいつは最初からシグナを殺す気だったのだから。
頭にきた。しかし獲物がこれではどうしようもない。出来れば崖まで誘導して突き落としたいが、……難しい。
頭を冷やせ、とにかく勝つことを優先させるんだ。そして勝利した暁には、呼び捨ては勿論、これをネタに何度も何度も馬鹿にしてやる!
しかしこの木刀ではあいつの氷の剣は受け止められない。しかも媒介にしている木刀が普通の剣に比べたら軽すぎるため、物凄く早い斬撃が来ることが予想される。この状況でこちらの木刀を当てるには、意表を突くしかない。
あいつはまだシグナが風の魔法を扱う事を知らない。もしかしたら何らかの魔具を使うかもぐらいは警戒しているかも知れないが、ーー選択肢はこれぐらいしか思いつかない。とにかくやってやる!
シグナも距離を詰めだすと、一瞬で間合いが狭まって行く。
そして互いの間合いに入る寸前で、シグナは風を纏い解放と同時にブレーキを掛けた。足元の雪が雪礫となりクロムの全身に降りかかる。
思わず足を止めたクロムは、手で目元の雪を払う。きっちりと攻撃しながら。
奴はこちらの死角である左眼のほうから氷の刃を出してきやがった。こちとらほぼ毎日、シャルルの操る黒球を躱す訓練をしているんだ。例え死角から来たとしても、空気の流れやらで違和感が感じられるまでにはなっているんだよ。
その刃を躱していると、氷の刃が本来の目的の壁として、クロムの前面に一気に作り上げられていることに気がつく。氷壁は本来全方位に展開するものなのだが、攻撃に使用した分、その枚数は減っており前面以外はガラ空きになってしまっているが。
シグナはそこで再度風を解放し、敢えてその氷壁に向かって雪が舞い上がるように足を蹴り上げた。
ドサッと氷壁に雪がかかり若干姿が見えていた互いの姿が完全に見えなくなった。
次にシグナは呪文を唱え始めると同時に、羽織っていた防寒用のマントに手を掛ける。
そして氷壁に向かって左側へ上着を投げると、自身は右側に駆けた。
シグナのマントが氷の剣で真っ二つに裂ける。
「なっ!」
クロムから焦りの声が漏れた。
囮作戦が成功して、そして上着のほうに気を取られているクロムの後ろを取る事に成功した。慌ててこちらに体勢を変えようとしているが遅い。
「突風系高等魔法」
魔法により、シグナの足下にあった雪が後方へと盛大に舞い上がった。
と同時にシグナはクロムの横をすり抜けるようにしながら横腹目掛けて木刀を振る。咄嗟に腕でガードしたとしても、骨粉砕コースである。
しかし、その攻撃は受け止められてしまう。クロムが両腰に各々1本づつぶら下げている内の1本、左側の剣を引き抜く形でギリギリで。
魔法で遠くに移動していたシグナは、雪を踏みしめてクロムに詰め寄る。
「お前、それは完全にアウトだろうが! ルール違反だぞ!」
「貴様も魔法を使ったではないか?」
「うるせー、俺もどちらかと言えば魔法剣士なんだよ!」
「フン、おつむが弱そうなお前は、どうせ剣士よりなんだろ?」
「どちらよりとか、そんなの全然関係ないわ!」
「減らず口を叩きおって」
「お前が言うな!」
なんかこいつと話してると、すんごい体力を消費していく気がします。
「クロム!」
辺りに木霊す、馬鹿でかい怒声がガレリンから吐かれた。そして一呼吸置いたあと、笑いながら言う。
「お前の負けだ」
ぷぷ、往生際が悪くて怒鳴られてやんの。奴がやろうとしていた事に対しては、なにも仕返し出来なくて残念だったが、今ので少しスッとした。
「シグー、大丈夫?」
決闘が終わったため、女性2人がこちらに走り寄って来ている。
「あぁ、なんともないよ」
「やーでもシグって結構強いんだね」
「い、今さらですか」
「おい!」
シャルルとの恒例の会話に、クロムが割り込んでくる。
「いつか、決着をつけてやるからな」
いやいやいや、さっきので勝敗決まったでしょうが。ーーまぁ、こいつには何言っても馬の耳に念仏だろうから、ヤツに効きそうなセリフを言ってやるか。
「わかったから落ち着け、『クロム』」
「……おのれー」
やった、悔しがってやんの。
そんな凄い殺気を放つクロムとシグナの間に、シャルルが入る。
「クロとシロ、喧嘩は良くないよ」
えっ、『し』しか合ってませんよね?
そしてクロムはと言うと、シャルルの言葉に牙の矛先を変える。
「女、馴れ馴れしく略称で呼ぶな。第一お前は俺様を名で呼ぶ権利すらない」
「権利? シグは私の下僕のような存在だ。そんな下僕が倒した相手は、主人である私がどうこうしても問題なかろう?」
いつからシャルルとそんな間柄に! あと他にもツッコミたいがそれよりローザさん、変な目で見てますが、あなたが考えているような関係でもないですからね。
「馬鹿な、お前がこいつより強いとでも言うのか?」
そこでシャルルをジロジロと見ていたクロムの視線が、一点で止まる。
「……見たことの無い階級章だな」
「そうですね」
クロムの漏らした言葉に、ローザさんも眼鏡を持ち上げながら肯定する。
警備兵は通常レギザイールの街から出ることがないので、他国の人がその階級章を知らないのも無理は無いが、シャルルが今身につけているのは更にカザンがひん曲げるという加工を施しているため、例え警備兵の階級章を知っていても分からない仕様になっています。
「お前、……何者だ?」
「ふっふっふ、私か? ……私は特別だ」
悪い笑みをみせるシャルルさん。たしかにあなた様は、色んな意味で特別だと思います。




