氷霜の王子様
「これはガレリン殿ではないですか」
雪キツネを避け遅れて洞穴に入って来たカザンが、そのスキンヘッドの男を見て声をあげた。
「そういうあんたはカザンか!」
「こんな所で会うとは奇遇ですね」
「そうだな」
2人はガッチリと握手を交わし、朗らかな笑い声をあげる。どうやら見知った仲のようだ。
そんなガレリンの背後から、1人の男が姿を現す。
「先生、お久しぶりです」
その男は涅色の肌に銀髪、白と青をベースとした色彩鮮やかな服装に身を包んでおり、恐らくシグナと同年代で同じく長身であった。スラリとした鼻筋に切れ長の瞳を有する整った顔立ちのそいつは、シグナなんか眼中にないようでスタスタと横を通り過ぎるとカザンに握手を求める。
「クロムか! 随分と大きくなったな」
「最後にお会いしたのは10年以上も前の話ですからね」
「もうそんなに経つのか」
「よければまた立ち寄ってください、最上級のおもてなしをさせて頂きます」
「しかしそう何度も壁を行き来するわけにもいかないだろう?」
「先生なら問題ありません」
するとガレリンの後ろからもう1人、彼らと同じく白と青をベースにしてはいるが、クロムと違い比較的シンプルな服装の女性が姿を現した。
その女性は横長で角ばった眼鏡を軽く摘まむと、カザンをじっと見据える。
「セーフです」
「だそうです」
何がセーフなんだか。しかしもう人は隠れていないだろうな?
シャルルもシグナと同じ気持ちだったようで、ガレリンの背後を確認して親指と人差し指で丸を作り誰もいない事を知らせてくれた。
「クロム、この女性は?」
カザンの問いに、その女性自ら前に出て返答をする。
「申し遅れました。私はローザ=パンナディッシュ、階級は中佐です。以後お見知りおきを」
そう言うと深々と頭を下げるローザ。階級がレギザイールと違う、他国の人のようだ。
「カザン、この人達は?」
「おお、すまなかった。突然の再会だったものでな」
カザンはスキンヘッドで巨漢である男に視線を送る。
「こちらはゼルガルド王国のガレリン=ライバンド少将。『牛歩のガレリン』と言えば聞いたことぐらいあるだろう?」
その言葉を受け、ガレリンが冗談っぽく抗議の声を上げる。
「カザン、今は中将だ」
「おぉ、そうでしたか、失敬」
思い出した、しかしこの禿げたおっさんがゼルガルドの武神ガレリンか! 聞いた話ではゼルガルドのとある町を強襲しようと、オーク族が山の麓に砦を築いたらしい。そこの町にたまたま滞在していたガレリンは、1人でその砦に足を運ぶと襲い来るオーク達をことごとく返り討ちにしたという。そしてその時、ガレリンは急ぐことなく歩いて砦に向かっていた。そのゆっくりと近づくガレリンの姿に恐れを抱いたオーク達は、砦を捨て別れの山脈に逃げ帰ったという。
「そしてこちらがゼルガルド王国のクロム=ハイム=ゼルガルド王子だ。短い間ではあったが剣の稽古をつけたことがある」
クロムは静かに、そして見るもの全てを氷漬けにしそうな高圧的な瞳でシグナを観取すると、軽く鼻で笑った。
「一等兵か」
「なっ」
こいつ、しかもいま小声で『雑魚め』と付け足しやがった。
「初対面でそれはないんじゃないかなー?」
シャルルにも聞こえていたようで、シグナの代わりに声を荒げる。
「女は俺様の視界に入るな」
「なんですとー!」
シグナは今にも掴みかかりそうなシャルルに、手を出し待ったを掛ける。
こういう常識のない奴は面倒臭い奴が多い。癪ではあるがこちらが大人になって、シャルルの非礼を謝ってそれで終わりだ。その代わりこれから先は、とことん無視してやるがな。
「声を荒げてすまなかった」
「ふん、その剣は見掛け倒しか」
クロムは魔竜長剣とシグナを交互に見るとまた鼻で笑う。
こいつ、いい加減にしろよ! カザンの知り合いだというから大目に見ていたが、ここまで挑発されたなら話しは別だ。もうどうなっても知らない!
「さっきからなんなんだ、お前は」
「なんだ? 普通に接していたはずだが?」
今までのが普通なわけないだろうが!
「そうそう貴様ら、俺様のことはクロム様と呼べ」
「ふざけんな! なんで他国民である俺らがそう言わないといけないんだよ?」
「格が違うからに決まっているだろう」
こいつ、言わせておけば。
「そう言えばお前らの国では所構わず決闘をする、野蛮な習わしがあるらしいな」
「それがどうした?」
「お前に決闘を申し込んでやる」
「どういうことだ?」
再度鼻で笑うクロム。
「俺様が勝てば、お前はきちんと様を付けて呼ぶんだ。例え負けたとしても、これぐらい痛くも痒くもないだろう?」
「そんなんで良いのかよ?」
「あぁ、俺様は寛大だからな」
「じゃ、俺が勝てばお前は呼びすてだからな」
「いいだろう」
クロムは鼻で笑いマントをガレリンに投げ渡すと、背を向け外へと歩み出す。
吹雪はいつの間にか過ぎ去っており、2人は太陽が光り輝くなか雪原へと出るのであった。




