空は晴れています
「ほんと、扱い酷いよね」
シャルルがうんざりした様子で愚痴を漏らした。
最初は知らない土地、初めて通る街道、移り行く景色、とシャルルははしゃいでいたのだが、シャラとシャリの町の間を2日間で3往復した辺りからその考えがぐらつき始め、度々発光する水晶がそれに止めを刺した。
今では水晶が発光し出すと、シャルルから落胆のため息が聞こえるようにまでなった。
シグナは先輩からのアドバイスとして「じきに慣れるよ」と伝えると、シャルルは盛大に白い息を吐いた。
「そんな事よりも顔が寒々だよ」
「たしかに冷えるな」
3人は踏みしめた脚が踝近くまで沈む雪原を歩いていた。見上げた頂上付近も白ければ、来た道を見下ろしても真っ白、一面銀世界というやつである。
別に登山が目的と言うわけではなく、この山道が次の目的地である町の近道なのである。
いつもの格好に耳が隠れる帽子、炎の祝福を受けた厚手のマントを羽織り尚且つ動いているため体はポカポカと暖かいが、外気に触れている顔が冷たくなっている。
「シグ、思いきって水晶を破壊してみるのはどうかな?」
「そうだな、賛成に一票」
それを聞いたカザンは、はっはっはっと大きな体を揺らしながら鷹揚に笑った後、シャルルへ諭すように語り始める。
「シャルル君、そんな事をしたら困っている人に手を差し伸べられなくなってしまうだろ?」
そして溜息を挟むとシグナに向き直る。
「それとシグナ、先輩として今の発言は頂けないぞ。そこはお前が注意してあげないと」
いや、本気でそんな事を考えたわけではないのだが、……それはカザンもわかった上で言ってるよな。立場上、冗談でも言うべき事ではないという事か。
「すみませんでした」
「ほんとシグは、カザン教の信者さんなんだから」
「うっさい」
下を向いて歩いているとシャルルが肩をポンポン叩いてくる。
「なんだよ?」
「どんまいシグ」
誰のせいで注意を受けたと思ってるんだよ。
「あっ、壁が見えてきた」
少し先の崖から遥か下に見えるのは、延々と続く壁。
人が住む大地の、北西の広い領土を統治するゼルガルド王国。あの壁は他国との国交を断絶しているゼルガルド王国が作った壁で、国の境界線の全てに作り上げられている。
雪が降ってきたな。
ホワホワと舞い降りてくる雪。街で見る分には構わないのだが、暖をとる場所のない場所で見る雪ほどげんなりするものはない。早く雪山を抜けだしたいものだ。
『コーーン』
遠くから獣の鳴き声がした。
そして程なくするとガラッと天候が変わり、吹雪で視界が悪くなる。これは雪キツネ達が現れる前触れである。
そして先頭を歩くカザンが注意を促す。
「シグナ、シャルル君、来るぞ!」
そいつは吹雪に混じり現れた。青みがかった真っ白な体が、空中に白い帯を引きながら次から次へと。
これは精霊の1種と言う説が有力だが、詳しい事はわかっていない。ただ言えることは、倒しても倒してもきりが無いということだ。
もしかしたら倒せてすらいないのかもしれないが。
シグナ達の周りを囲むように飛び回るそれらは、時折こちらに飛びこんでくる。それらを薙ぎ払うと、形がパッと崩れ雪へと変わった。
雪キツネ、運が良ければ吹雪と共にすぐいなくなるが、最長30分間くらい剣を振り続けた記憶もある。シグナ達は戦いながらも足を止めることはせず前進を続ける。どこかに避難できれば。そんなことを考えながら進んでいると、身を隠すのに良さそうな洞穴を見つけた。
「カザン、あそこだ!」
「よし、ここは任せてシャルル君と先に」
「了解」
吹雪から目線を守っているシャルルの手を引き、雪を踏みしめて進む。
よし、ここまで来たら大丈夫だ。
洞穴に着くと、シャルルがフゥーと安堵のため息をついた。中の幅は人2人分くらいしかなく狭かったが、曲がりくねっており結構奥までありそうだ。
シャルルを見ると、防寒用に被っていた帽子で髪や体に付いている雪を叩き落としている。
「そう言えば、髪伸びたよな?」
初めて会った当初は、黄金色の髪の毛が顔のシルエットに沿って肩にかからないようカットされていたのだが、今ではその髪は肩まで伸びていた。どこか幼い顔であったり髪の毛先が跳ねていたりするのは変わらないが。
「おかしい、かな?」
「いや、いいと思うよ」
「だよね、それしかないよね」
「もしかして他に選択肢はなかった?」
「はい、背に腹は代えられないぐらいに」
「えっ、いつの間にか切羽詰まっていた?」
「はい、それはもう」
その時、人の気配がした同時に洞穴の奥から声を掛けられた。
「あんたらも雪キツネを避けて来たのか?」
見ると髪の毛が一本もない見事に禿げ上がった、カザンと同年代くらいの大男のおっさんがこちらに歩み寄って来ていた。その丸太のような太い腕に、上半身がすっぽり隠れる大盾と身の丈以上の長い槍を持つため、洞穴の先が完全に塞がってしまっていた。




