ドラゴンブレス
後ろ足だけで立つドラゴンは、ちょっとした塔くらいの高さである。そして鼻を広げ大量の空気を吸い込んでいき、その顎から炎が溢れ出そうになっている。
これはドラゴンブレス!
「シャルル!」
手を伸ばすとシャルルもこちらへ手を伸ばし、握りしめると力の限り引き寄せ風を解放。
そして前脚を地面に下ろすと同時に大量の炎がまかれた。
シグナ達は間一髪炎を避ける事が出来たが、ガオウとジリウスが逃げ遅れた。炎の中にガオウ達の影が揺らめいてみえる。そして炎が過ぎ去ったあと、盾を全面に出し片膝を付くバレヘル連合の2人。
「ガオウさん!」
パラディンの呼びかけに片手を上げるガオウ、盾で防いだとはいえあの炎で無事だったという事は、盾と鎧に炎耐性の祝福を受けていたか。そして同じく無事そうなジリウスと、2人の後ろで頭を抱えて倒れこんでいる影。ガオウはその影に手を差し伸べる。
もしかしてあの状態でわざわざ影を助けたのか? しかしなぜ?
そしてガオウは影を引き上げながらにこやかに言う。
「あんた、助かったら乳くらい揉ませろよな」
あの影が女性だからだったようだ。しかし格好良く前髪をかきあげながら言っているが、台詞が卑猥で全然きまっていない。
しかしこの現状はどうする? 戦うのか、逃げるか? もしくは増援を待つのか? 決断しないといけない。
ズズンッ!
ドラゴンは洞窟一杯の翼を広げると、地を蹴りガオウ達を飛び越え何度か羽ばたく。そしてこちらの考えを読んだかのように退路である扉の前に着地した。
『逃がさぬぞ』
「上等だぜ」
ドラゴンに向かい恐れる事なく、逆に喜々として啖呵をきるガオウ。
「シグ、どうしたの?」
シャルルに言われ自身が笑っている事に気づいた。あの他人に流されないマイペースでお調子者のガオウ、カザンとはまた別の心強さがある不思議な男である。正直嫌いじゃない。そしてこの場面ではもう戦うぐらいしか選択肢は残っていないようだ。ガオウと同じように腹を決めるか。
そしてふと、ガオウの鎧に血がべっとりと付いているのに気づく。負傷していたのか?
いや、これは……地面にも。
月明かりに照らされているドラゴンがいる出入口から、ガオウ達を飛び越して先程までドラゴンが鎮座していた間にも結構な量の血痕がついていた。もしかして!
再度ドラゴンを見やれば、その皮膚の所々から僅かにだが血が噴き出しているのが確認出来た。こいつ、手負いだったのか。
そこでパラディンがドラゴンの真正面に立つ。
「皆さん、私に力を貸して下さい」
そう言うと単身ドラゴンに突撃するパラディン。そして目を疑う事となる。
ドラゴンが鋭く尖った鉤爪で引っかくように前脚で横払いをすると、盾でガードし体ごと横に持っていかれるも、手に持っている剣はドラゴンの手の平を突き刺し、一口で人間を丸呑みにしそうな顎による素早い噛みつきは後方に避けていく。そして更に続く猛攻を、パラディンは致命傷を負うことなく1人で対処していく。
既に駆け出していたガオウ、ジリウスに続き、シグナもドラゴンに向かい一歩を踏み出した。
ドラゴンを倒すには、首を斬り落とすか心臓を潰すしかない。そして狙うなら心臓である。首は脆い箇所であるがため、警戒が強い。心臓もそうではあるが、硬い表皮で覆われるそこは、首ほどの警戒はなくまた狙いやすい。
動物は前脚の間に心臓が存在するが、ドラゴンもその例には漏れない。そこを狙い魔竜長剣を突き立て、突風系高等魔法を放ち、その威力で一気に心臓を貫く。
シグナの魔力容量はギリギリ魔法を1回使えるぐらいしか残っていない。問題は魔具を使わずどうやってその状態まで持っていくかであるのだが。
……作戦なんてものはない、どうにかしてそこまで持っていくのだ。
ドラゴンは素早く横に回転しながらシグナ達3人に尻尾を使い薙ぎ払い攻撃をしてきた。それを盾で防ぐバレヘル連合の2人。その威力で後ろに弾き飛ばされ尻餅を付く。シグナのほうにも尻尾が伸びてきたが、若干威力が落ちていたようでドラゴンソードを体に密着させ、盾がわりに威力を逸らしながら防ぐ。また飛んできたシャルルの盾も威力を殺してくれたのか、なんとかその場に踏ん張ることが出来た。
懐に飛び込んでいるパラディンは、その隙にドラゴンの前脚に剣を斬りつける。
ドラゴンは鋭く尖った鉤爪で引っかくようにして反撃を返した。
パラディンはそれを盾で防いだが、尻餅を付いてしまった。
そこにドラゴンが持ち上げた前脚の影が迫る。地面を転がりながらもドラゴンの踏みつけをなんとか避けるパラディン、しかし体勢を立て直せない。
とそこで思いがけない増援が入った。
生き残っていた影達だ。
影から放たれた炎の塊と、一陣の風の刃がドラゴンの表皮に炸裂した。風魔法は別だが本来なら炎の魔法はドラゴンにあまり有効ではない。しかし手負いのドラゴンには有効だったようで傷口から侵入した炎がドラゴンを焼く。魔法に押される形でよろけたドラゴンは、そのルビーアイを影達に向け、何やら呪文を唱え始め出した。
心臓の鼓動が激しくなる。
一体何の魔法を放つのか見当もつかないが、チャンスである。視界はシグナから離れており、しかも魔法を唱えるという行為のため意識も散漫になるからだ。
シグナも駆けながら必要以上に何度もドラゴンの様子を確認しながら呪文の詠唱に入る。まだこちらの存在は気づかれていない。
そこでハッとする。
ドラゴンの顎の前に巨大な炎の塊が生まれていたのだ。ドラゴンの呪文は既に終わっているようだが、そこからさらに鼻から大量の空気を吸い込むと、吐いた炎の全てが塊に吸収されていきとんでもない大きさになっていく。その特大の炎の塊は凄まじい熱量で、近くにいるだけでジリジリと身を焼かれる錯覚に陥る。
そして放たれる特大の火炎魔法。
その軽く家の大きさを上回る炎の塊は、離れていた影の1人を一瞬で焼き尽くすと共に着弾、爆音と共に洞窟内のほぼ全てを炎に包んだ。その溢れる炎にもう1人の影も巻かれてしまう。大量の炎は咄嗟に地面に伏したシャルルのすぐ上を通り過ぎ、崖方面から外へと出て行った。
「突風系高等魔法」
そしてシグナの魔竜長剣が、ドラゴンの分厚い胸板を貫いた。




