赤黒い水たまり
洞窟内で反響する音が身体中を痺れるように震わせ、シグナ達は耳を押さえるがそのあまりの音量にその場で身を縮める。暫くすると身体中の震えが治まった事から咆哮は終わったようだが、耳の中ではまだ先程の音が鳴り響いている。
そんな中でも、正面のドラゴンと両手剣を持つ2人の動きに注意するべく視線を向ける。
ドラゴンの方は開けるか開けないかぐらいの所で口を蠕動させており、両手剣を持つ2人はその場から動かずただじっと剣を構えている。
何かが可笑しい。
そうだ、あの2人はシグナ達よりドラゴンの近くにいるはずなのに、まるであの爆音が聞こえなかったように平然としている。
どういう事だとよくよく見てみると、2人の顔が見えない。いや赤黒い靄に包まれているようで表情が見えないというべきか。
「あれは!」
ガオウの指差すドラゴンの右側の地面に、小さな赤黒い水たまりのような影が出来ていた。するとそのような影がドラゴンの周辺に1つまた1つと現れ始める。
そして赤黒い影の1つが、その中心からまるで上に引っ張られるようにしてシグナの目線辺りまで伸びる。そしてそれは地面の水たまりを吸い上げる形で次第に人の姿へと変わっていく。それを皮切りに他の影も人の形に。
「シグ、これって?」
「これは……」
このどこか影が質量を持ったような感じ、なにかの本で読んだことがある気がするのだが。
「あれは恐らく召喚魔法です、しかし人を召喚するとは」
シグナの代わりに答えたのはパラディン。
そうだ、たしか教本で読んだことがある。召喚された側の魔力で出来上がるその姿、間違いない。しかしパラディンが言うように人が人を召喚するとは。そして召喚されるのは生命体のみである。武器も無ければ服すら着ていない人間を呼んでどうするつもりなのか。いやそれよりこんな数の召喚をするには1人や2人の魔道士では不可能だ。どこかに召喚士達が隠れているのか?
辺りを見渡すがあちこちに赤黒い人、影が出来ていくのが見えるだけで召喚を行っている者の姿は見えない。
「もしかして」
そのパラディンの言葉でシグナも気づく。目の前でドラゴンが今もなお口を動かしていることに。
もしかして目の前のドラゴンが呪文を唱えているのか? そしてあのフード姿の2人はそれを邪魔させないためにドラゴンを守っているのか。
完全に耳鳴りが止んだ耳が、ドラゴンが紡ぐ言葉を聞き取る。
『闇の館に潜みし識者よ……』
そしてその言葉と別に、なにを言っているのか聞き取れないほどの小さな声が複数聞こえ出す。
まさか、影たちが呪文を唱えているのか? そうかドラゴンは魔道士を召喚したのだ。月の魔竜である自身を崇拝する、月の魔竜教団に所属する魔道士達を。
不味い、完全に出遅れた。魔道士に呪文を発動されてしまう。
「シグナさん、シャルルさんをお願いします」
「あぁ」
バレヘルの3人が密集して盾を構える中、シグナはシャルルを抱き寄せると、いつでも動けるように両足に風を纏った。




