黒歴史
閉じ込められてしまった、罠か!
降りてきた扉を見上げると、はるか上方に人影が見える。逃走経路は確保したい、あそこまで行けば扉を操作出来る可能性が高い。魔力を消費してあそこまで一気に飛ぶか。
いや、それよりも奥にいるあの巨大な物体が気になる。
あれは一体?
目が次第に慣れてくる事により、正面に見える物体の姿がはっきりとして来た。
しかしこんなデカイ奴は初めて見た。
横たわっている体だけで2階建の家ほどの大きさがある漆黒銀色の体躯に、瞳孔が縦に避けた真紅の瞳を怪しく輝かせる一匹のドラゴン。
そしてそいつはその長い首をこちらへ伸ばすと人間など果物のように簡単に噛み砕きそうは巨大な顎を開く。
『おぬし等は盗賊ではないようじゃが?』
「ドラゴンがしゃべった!?」
驚きのあまりシャルルの口から出た言葉に、ドラゴンは瞳を細めたのちに笑い声をあげる。
『グファッグファッグファッ、話すドラゴンが珍しいか。しかし人間は皆同じ反応を見せるのぉ』
小さい頃に読んだ本にドラゴンが話す物があったが、あれは人とドラゴンの友情の話だった。シグナの好きな本の1つであるが、この場面はどう見てもそんな感じではない気がする。
『再度問おう、おぬし等は何者だ?』
「我々は傭兵ギルドに所属する者です」
パラディンが臆する事無く答えた。
『傭兵か、それは面白い』
そう言うとまた笑い声をあげるドラゴン。
何がそんなに可笑しいのだろうか。
「逆に問います、あなたはここで何をしているのですか?」
パラディンの問いにドラゴンは笑うことをピタリと止めると、こちらを蔑むように見据えその硬い竜鱗に覆われた巨大な口を歪める。
『その前に名乗っておらなんだったな。ワシは遥か昔、この世に恐怖と混乱を撒き散らし、地上に住まう全てのものを喰らおうとしたが女神レイアザディスに阻害されし者。人間は畏怖の念を込めワシの事を、月の魔竜と呼ぶ』
なんだと、神に楯突いた伝説の魔竜が目の前にいるだと! 物語では体を縫い付けられて首を斬り飛ばされたとなっているが。
「話では首を斬り飛ばされたんじゃないのか」
『なぁに、ワシぐらいになると首だけになってもこのような姿をとることは、容易いこと』
すっ、凄い、凄すぎる! こんな事ってあるんだ!
幼かったシグナは冒険に夢を膨らませていたが、大きくなるにつれて現実を知り、そしてとても切ない思いをした。
それからと言うもの、それらは妄想の中でのみ楽しむものと決めていたのだが、まさか本物に会えるだなんて!
生きていてよかった、本当に今日ほど生きていてよかったと思った日はない。
妹のセレナにも自慢してやろう、月の魔竜に出会ってしまったことを。
そうだ、色々質問しないと。こんな機会は二度と訪れないかもしれないのだから。
そして聞くなら、やっぱりこれだよな。
咳払いをして声を整える。
よし、行くぞ!
「女神が遣わせた5人の使徒の1人が、あの光輝王の竜と言うのは本当なんですか?」
シグナの質問に瞳を見開き、露骨に機嫌を悪くするドラゴン。
しまった、聞触れたらいけない話題だったのだろうか?
『あいつか、ーー忌々しい』
ギリギリと凄い音を立て歯ぎしりを始めるドラゴン。
不味い、早く何か違う質問をしないと。
そうこうしていると、パラディンが代わりに問いかける。
「先ほどの質問にまだ答えて頂いておりませんが?」
『……ここで何をしているじゃったな。それはーーワシが完全に復活するため、ここにおびき寄せられた馬鹿な生贄達をむさぼりつくす、ためじゃ!』
ドラゴンはそう言うと馬鹿でかい咆哮を上げ、それにより洞窟内がビシビシと震え始めた。




