何事もなかったかのように
この場で弓に狙われる事は回避出来たっぽいが、部屋の空気が一瞬で凍りついてしまっている。
「そ、それじゃ見て貰ってもいいかな?」
「あっああ、頼む」
ベットから立ち上がるシャルル、彼女は今のを見なかった事にしたようだ。
シグナもそれが賢明な判断だと思う。
それとミケに狙われる事態は早く回避したい。なぜ怒っているのかは分からないが、手土産を用意してすぐに、とにかくひたすら謝れば許してくれるかもしれない。
ただお土産は、夜も遅いし小さな町なためすでにお店をやっていないかも……。
いやいや、何を諦めようとしているのだ、閉まっていたら土下座をしてでも開けてもらう、追い詰められたら弱気になるシグナを終わりにするのだ。
気がつくと少し離れて立っているシャルルが、不安そうにこちらを見ている。
「シグ、……いくよ?」
「すまない、やってくれ」
シャルルが左腕に取り付けた魔具の盾を正面へ向け「えいっ」とかけ声を発すると、腕輪から盾が分離した。
そして分離した盾は空中に留まっていたが、その後シグナのほうを向いたまま急にハチドリのように素早く、シャルルの目の前を動いたり止まったり動いたり止まったりを繰り返していく。
そしてさらにシャルルが掛け声を発すると、盾の裏に仕込んであった鉄球が2つ、螺旋を描きながら飛び出した。
これは零れの魔具、であるが二つともその銀色の色を黒に塗り替えられていた。
動きは悪くない。
と言うか、これって凄すぎないか? 実際に手合わせをしないと分からないのかもしれないが、シャルルの攻撃に鉄球2個が加わり、攻撃しても分離している盾が防ぐ。
いや待てよ、少し確認してみるか。
「その盾に攻撃してもいいか?」
「いいよー」
手元にある魔竜長剣を握ると、シャルルが操る盾に殴打面で一撃を入れてみる。
すると多少抵抗はあったが、魔竜長剣は途中で止まることなくそのまま振り抜ける。盾はカランと音を鳴らし地面を跳ね、壁にゴンと音を立て衝突した後にやっと止まった。
まずっ、予想以上に軽くて吹き飛ばしすぎた。
「あちゃー、思った以上に力負けしたね」
「盾自体の重さが足りないのかもな」
「いちお当たる寸前に、盾を押し出すようにしたんだけどなー。そしたらこれはどうかな?」
シャルルは盾を再度空中に浮かすとシグナの前に持ってこようとする。
「いや、検証はまた明日にしよう。次大きな音を立てれば苦情が来るかもしれないから」
「それもそうだね」
そしてその言葉を最後に、2人の間を沈黙が支配する。
そう言えば今、狭い部屋に薄着の少女と一緒にいるのであった。
石鹸の香りに自ずと頭がよからぬ考えに切り替わりそうになる。
落ち着け、落ち着くんだ。
そしてまたおかしな考えにならないように別の話題を探さねばと考えていると、シャルルが話しかけてきた。
「明日も晴れるといいねー」
シャルルは魔具の腕輪を取り外すと、来た時と同じように両手でそれ等を抱えこみ、部屋から出る支度を進める。
その時だった。
部屋の扉が軋む音を立て開けられたのは。
「や~シグナ、私もお邪魔するよ~」
奴は何事もなかったかのように、2人の前へその姿を現した。




