ノ~コイシテル ★
次の日の早朝、朝霜が残る中2人はオープン前のまぐまぐリガーシュルへ趣き、魔具の残金を支払い魔具三点セットを受け取る。
そしておやじさんに通され勝手口から裏口へ出ると、そこには猫とじゃれているミケがいた。
「あれっ、あんたらは」
ミケのその肌の色は朝日に照らされる舞い落ちる雪を連想させ、見た人を引き寄せそうな大きな瞳はどこか優しげ。鼻筋も高く整った顔だちで、腰近くまである緑色の髪をいつものように大きく後ろで一つにまとめている。
猫はシグナ達に気付くと走り去ってしまった。
「ミケさん、おひさしぶりです」
「2人組のレギザ兵ってしゃるるん達だったんだ!」
ミケはシャルルの手を両手で握るとブンブン上下に振り続ける。
「いや~、よかった。レギザ兵2人がむさいおっさんとかだったら速攻逃げようと思ってたんだよ」
「お店にいたのは親、だよな? 何も聞いてないのか?」
「若い2人とは聞いてたんだけど、私が逃げないように嘘いってんのかな~って。あっ、お母さんには私が疑っていた事は内緒だからね」
「あぁわかった、それじゃ行くか」
「ちょっとたんま、これ持ってくんないかな~」
ミケが指差す足下には、これでもかと荷物を詰め込まれた大きなリュックがある。
「あぁすまない、それじゃ三人いる事だしわけるか」
「う~ん、シグナが1人で担げばいいと思うんだけど」
「まじ? これ結構重そうなんだけど」
試しに肩紐を掴み上に軽く引っ張ると、リュックの布部分だけが上に引っ張られる形で地面から離れない。
この事実を元に反論しようとミケを見やると、文句を言えばあの地下での情けなかった事をバラすぞと言わんばかりの冷たい目線で、シグナを見下ろしていた。
そしてわざとらしく問いかけるミケ。
「まさか~、か弱い女の子達に運ばせるなんて、シグナは言わないよね~?」
「ミケさん、任せて下さい!」
それからすぐに出発をした3人は、レギザイール王都を後にし北部地方へと続く大きな街道を進んでいた。
途中多くの旅人や荷馬車とすれ違う。
「そう言えばなんでこの護衛の仕事、バレヘルの奴らに依頼しなかったんだ?」
疑問に思っていた事をミケにぶつけてみる。
「今メンバーのほとんどが大捕物に狩り出されてるからだよ。なんでも盗賊同士の縄張り争いが激化してて、近隣の村々にも被害が出ているらしいから」
「そういう事か」
カザンも今その件で派遣されており、シグナ達も後で合流する事になっている。因みにこれは任務外であるが、先日のストームの件でおかしな点がいくつかあったため、カザンは内々にそちらの面でも動いてくれている。
「ところでパラディンって何者なんだ?」
魔宝石のあの風を受けても無事だった、バレヘル連合の男。
「ん? 変態ですけど」
「えっ仲間内でもその認識なわけ?」
「だって常に完全武装であの目立つ色でしょ、町中で一緒にいるのは苦痛かな~。あと話しも長いし」
なんか散々言われているな。
「ただね、誰にでも優しい人で、いつも誰かのために悩んでいるような人よ。それと部隊を率いる知略と防御技術に関する腕は確かなものだよ」
最初の発言は、おそらく信頼が厚いからこそなのだろう。
「そうそう、因みにあのパラディンって名前は偽名で、たしか何かの物語の主人公に憧れて自身も名乗るようになったんだって。ただ本人に会ってもこの話は絶対に聞いたら駄目だからね」
「なんで?」
「話が超超なんが~いから」
一行はそんな他愛も無い世間話をしながら進んでいく。しんどかったシグナは途中あった町で休憩を懇願しミケから承諾を得ることに成功。
そして町を離れ暫く進んで行くと、道幅は馬車がなんとか一台通れるくらいまでに狭まり、人通りも急激に少なくなった。
それからさらに進み分岐点となる道の接合点まで行くと、ホクの町へと続く山道を選び上り坂を進む。
ここまでくると、前後に人の姿が全く見えなくなってしまっていた。
しかし先程から後ろの2人はよく喋っている。楽しそうにするのは構わないが、この荷物では咄嗟には動けないため、護衛のほうはしっかりと頼みたい。
「それでさ~、そこの兄ちゃんがしつこくて……って、しゃるるん、さっきから元気ないけどなんかあった?」
「いやー全然元気ですよ」
「ほんとにぃ~?」
「……ミケさんにはかなわないや。……その、ほんっとくだらない事なんですけど」
「うんうん」
「占いの結果が残念で」
「占いって言ったら今流行りの! ーーもしかして、しゃるるんも『おとん絵師』だった!?」
「いやー、それでは無かったんですけど」
「……さてはしゃるるん、いま恋してげぶっ!」
ミケが変な声を上げた。
「やだなーミケさん、カエルみたいな声をあげて」
振り返るとミケがお腹を抑えてうずくまっている。
「大丈夫か?」
顔を上げたミケは、片手を顔のあたりまで挙げると大丈夫な事をアピールする。そしてシャルルはその前でかがみ、ミケに向かって両手を合わせている。
するとミケは両手を肩幅まで広げ手の平を見せるポーズになると、意味不明な言葉を発してシャルルに何かをアピールし始める。
「オケーオケー、ノ~コイシテル、ノ~コイシテル」
シャルルはそのアピールを受けてなのか、何度もこちらへ振り返り、かなり戸惑っている様子を見せた。
へんな光景。
「道草してたら置いて行くぞ」
こちとら荷物が重くて、気が立っているんです。
歩き始めると、2人もちゃんとついて来ているようだ。
「いや~しかし、そうだったんだね~。青春してるね~」
「……はい」
「しかもあいつにね~」
「……」
「いや、悪い奴ではないと思うよ。それでどこまでいってんの?」
「まだそんなのではないです」
「ふ~ん、そして占いの結果で凹んでいると?」
「なんかいい人にはまだ巡り合っていない、みたいな事が書かれていて」
「ま~所詮占いだからね、それに人生左右されるのもバカしいし、特に悪い占いとかは気にしない気にしない。……というかあそこの占い、絶対に外れさせてやるんだから!」
シャルルの乾いた笑い声が聞こえる。
「とにかく、今のままいったら良い方向には絶対いかないから、その結果を吹き飛ばすくらい頑張れって事で理解すれば良いんじゃないの?」
「……そうですね、ありがとうございます!おかげでなんか、だいぶ楽になってきた、かな」
「……ただし私の前でイチャついたら、射殺すけどね」
何を物騒な話をしているんだ。
それから数時間後、3人は目的地であるホクの町へと到着するのであった。




