パラディンという男
「あれは何なのですか? 」
「隊長、詳しくは後で。とにかくあれはストーム、敵です! 」
ミケの言葉でシグナ達はその場で臨戦態勢に入るが、冷や汗が止まらない。
左目が熱を帯び、ジンジンと疼く。
奴は今も、魔宝石を持っている。
アレを発動されたら、最悪の事態しか想像出来ない。
「グゥオォォォォォオーー! 」
ストーム、いや悪魔の咆哮が街中に轟いた。そして奴は漏れる吐息と一緒に、言葉を発する。
「月ノ、月ィノォォオ! 」
そう言えば以前も同じような事をシグナに向かって言っていた。と言うことはもしかして狙いは! シグナが一人でここを離れれば、奴は付いてくるかもしれない。
「皆さん、散開して下さい! 」
パラディンの号令でシグナとシャルルは等間隔の距離をとり、ミケはパラディンの後方に控えた。
悪魔は上空で手を掲げると、こちらに向かい手の平を見せるように力強く突き出す。
なんだ空気が、歪んで……いや、これは鎌鼬系の風の刃に似ている! それも無数に飛んできている。しかもシグナのあたりに向かって。
風を纏い、その場を大きく飛び退くと、シグナのいた付近が激しく土煙を上げ続けた。
くっ、いたたっ。
着地をする時、見誤り足を捻りそうになってしまった。
しかし読み通りだ。これなら奴を引き連れて誰もいない所に誘い出せそうだ!
例えシグナが死んだとしても奴が街に戻って来ようものなら、先程の咆哮を聞きつけたレギザの隊員達があいつを討伐してくれるはず。
決してやりたい事ではないが、ただの犬死ではない。きっとシグナの死が明日に繋がってくれるはず。
その時、目の端に矢を射ったミケの姿が入った。そしてその放った矢は、月光に照らされ輝きながら、悪魔との距離をグングン縮めていく。
しかし悪魔はそれを、唯一ある左手で叩き落とした。がミケは二本の矢を連ねて射っており、その二本目の矢が悪魔の腹部に。低く唸り声を漏らす中、突き刺さった胸の矢を折り引き抜くと、ミケの方へ視線を向け歯茎を剥き出しにする。
不味い、怒りの矛先が変わった!
悪魔は先程と同じように、満月の空へ腕を掲げる! そして無数の空気の歪み、刃を作り上げると、勢いよく腕を突き出した!
「早くそこから逃げろ! 」
シグナの声が届かなかったのか、次の矢を番えるミケ。そこへパラディンがミケの前に立つ形で盾を構えた。
馬鹿な、さっきのを見てなかったのか!?
パラディンはあの鎌鼬の雨を、防ぐとでもいうのか。
そして空気を切り裂く鋭い音を発しながら、風の刃が二人へと迫り来る!
そこでシグナは己の目を疑う。
途中から土煙で見えなくなったが、今までたいした事のない、どこか頭の可笑しな男だと馬鹿にしていたパラディンが、その手に持つ盾を巧みに扱いあの鎌鼬の雨を防いでいっていたのだ。
そして土煙が風に吹かれ薄くなっていくと、依然として盾を構えるパラディンとその後ろでケホケホと咳こんでいるミケが確認出来た。
「うーむ、流石に今のを何度もやられると盾が持ちそうにないですね」
もしかしてこの男、初めてストームと遭遇した時も風を、魔宝石の風を喰らって無事だったのでは!
「グゥルルルルルルゥルゥウーー」
噛み締めるように呻き声をあげていた。パラディンが盾で防いでいる時にミケから放たれた矢の内の一本が、脛の部分を貫いていたのだ。
悪魔はその矢も抜き取り捨て去ると、羽ばたかせていた漆黒の翼を折り畳む。すると重力に引かれ黒い影が垂直に降下する。そいつがドチャリと音を立て倒壊している建物の上へ降り立つと、そこから腰を低くし四足歩行の獣が地を駆けるかのようにして、猛烈なスピードでこちらとの距離を縮め始めた。
それを迎え討とうと右手一本で魔竜長剣を構えるが、月明かりのみでは迫る黒い影との距離感が掴めない。
そしてそいつはあっという間にシグナの目の前にまで迫った!
野生の獣のような迫力で強引に掴みかかって来ようとするところを、なんとか斬撃面で受け止めるのが精一杯。そして片手で剣を握っているため力負けしてしまい、そのままのしかかられてしまう。
頭上で鋭い牙を有する口がグゥパッと開かれた。そして何度も首元を噛みちぎろうと迫ってくるが、その度に体を捻りやり過ごす。
『バチィバチィッ! 』
そこで電撃音が聞こえた。
目の前で仰け反り返る悪魔。
続けて聞こえた電撃音で転げるようにしてシグナから離れた黒い影は、半身で構えるシャルルに向かってまるで虚空を撫でるかのようにして腕を大きく振った。
不味い!
「シャルル、正面だ! 」
シャルルは電撃の剣を咄嗟に体の前へ出した。そして金属が奏でる乾いた音がシャルルの後方の地面で鳴る。
シャルルは見えない刃を防ぐことに成功していた。しかし電撃の剣は、先日ユアンに削られていた箇所から無惨にも折れてしまっていた。




