ミケ怒る ★
ミケのおかげでだいぶすっきりし、心も落ち着いてきた。
ミケを真正面から見ることも出来る。
お礼を述べないと。
「色々と、すまなかった」
するとミケが眉間に皺を寄せた。
「そこはありがとう、でしょ? 」
「え? 」
今まで優しかったミケが、急に怒りだしていた。ギャップがある分迫力を感じる。
「他の人はどうか知らないけど、私その言葉大っ嫌いなの。だから言うなら感謝の言葉にしてくれる? 」
「……えーと、ありがとう」
「よしっ、それにこっちのほうがあんたも元気出てきたでしょ? 」
ミケは嬉しそうに笑っている。
強い、シャルルもそうだがなんでへこたれずにこんなに頑張れるのだろうか?
ミケは薪をくべながら話を続ける。
「あのストームっての、何者なのかな? 」
あれは、もう人ではないのかもしれない。
魔宝石によって怪物に。
……今となってはどうでもいいか。
「……もう、俺には関係ない」
「なにそれ? 」
ふわふわと、どこか力の抜けた話し方をしていたミケが、寒気がするぐらい抑揚の無い言葉を口から落とした。
視線を上げれば、見てすぐ分かるほど激昂しているミケがいた。
「それこそ私には関係ないんだけど、これだけは言わせてくれる? みんな弱い人間なんだよ、疲れたら立ち止まるのも良い、愚痴るのも良い。でも今あんた完全に諦めているでしょ! 私はね、言霊ってヤツをすんごい気にしてるんだけど、周りの人間を不快な気持ちにさせる発言をするヤツが、死ぬほど嫌いなの! 」
肩で息をしているミケ。
そうだな、ミケのおかげでまた卑屈になっている自分に気づけたよ。
「すま……ありがとう。あと今はまだ、ーー何も考えないようにするよ」
「……それもそうね、疲れたときは考え込まないほうがいいのかも」
カザンと出会った当初はかなり精神的にまいっていた。そんな時は何も考えずに笑い飛ばしてしまうんだ、と腹の底から笑い声をあげ続けたカザン。
それを見ているだけで少しだけ楽になった事も思い出した。
気がつくと、正面のミケがおずおずとしている。
「それと……言いすぎました。ごめんなさい」
ミケの話し方がやっと元に戻ったようだ。
ん? でも今ごめんなさいって言ったよな?
……えーとつまり、相手から施しを受けた時に使うなって事だったのかな?
とにかくなんか怒らせたら恐いっぽいから、これから気をつけねば。
そこでふと笑ってしまう。
それを見たミケがキョトンとした。
さっきまで陰鬱な気分だったのに、もうそんなどうでも良い事を気にしているなんて、あの時よりは確実に強くなっているんだな。
「とにかく元気になったらね、自分が何をしたいのか、何が出来るのかをちゃんと考えた後で、どうするかを決めるといい、と思うよ」
何をしたいか、そして何が出来るのか。
いつか親父たちの最後の地を訪れて、祈りを捧げようと思っていたけど、その後の事は全然考えていなかったな。
「優しいな」
「おっ、そう捉えるとは、まだまだ捨てたもんじゃないじゃない。そ〜言えば、まだ名前聞いてなかったね」
「俺はシグナ、シグナ=アース」
「私はミケ=リガーシュルよ、よろしくね」
焚き火をバックに、二人は握手を交わした。
「ところで、ミケはなんで傭兵ギルドなんかに入っているんだ? 」
「そうね~、世界中、色んなとこを見て回りたいから、かな。それでギルドに入ってたら任務で色んな所に行けて、お金も貰えて一石二鳥なわけ。しかもウチのギルド結構融通が効くとこで、配達から警護まで色んなとこに手を出しているから、ちゃんと選べば危険な仕事をしなくてよかったりするんだよね」
「そうなんだ」
「あとウチの実家お店をやってるんだけど、ギルマスの考え方が結構参考になってて、おかげでウチのお店も繁盛しだしたんだよね。同業者の一歩先を行くって感じ」
なんかどうでも良い話になって来たな。取り敢えず「へぇー」と相槌は入れておくが。
「あっ、それでこれがお店ね」
渡された名刺には可愛い猫のイラストと一緒に、魔具ショップ『まぐまぐリガーシュル』と書かれていた。
しかし用意がいいな。そしてお店の名前でこんなゆるい感じのヤツは初めて聞いた。これもそのギルマスの入れ知恵なのだろうか。
「あっなんか私ばっかり話しちゃってたみたい、ごめんね」
「いや、参考になったよ。旅、なんかいいな」
色んなところを巡って、今からゆっくりやりたい事を探すのも悪くないかもしれない。
こんなにボロボロになってしまったけど、それでもカザンが良いと言ってくれるなら、まだ特務部隊でも働きたいな。
その時、風を感じた気がして焚き火を見ると、炎が微かに揺らめいている事に気づく。
「風が吹いている、外と繋がっているのか?」
「そうそう、さっき見てきたんだけど、この川を下って行けば外に出られそうなんだよね。ただ途中岸と岸との間隔が広いところがいくつかあって。……シグナの風の魔具で、そこんとこ運んでくれないかな? 」
照れ臭そうにお願いをするミケに、シグナは嫌な顔一つ見せずに了承する。
そうだ、シャルル達が心配しているかもしれない。それにストームの件もある。
少し急ぐか。
「行くぞミケ! 」
「ちょっ、火を消すの手伝いなさいよね! 」
そして洞窟から脱出をしザザの森の一角に出た二人は、日が沈みかけ満月がその姿を鮮明にして行く中、レギザイールの街へと急ぐのであった。




