一発逆転
◆ ◆ ◆
ストームの背を追い分岐の無い、暗く細い曲がりくねった一本道を進んで行く。
次に直線があれば一気に間合いを詰め仕留めてやる!
そして暗く細い道は突然終わった。
そこは先程の闘技場の半分も無い広場。壁にはびっしりと光苔が生えており、ここには十分な明るさがあった。
ここだ!
風を解放し一歩、そして二歩目でストームに追いつく。そのまま背中に向かって突きを繰り出すと、ストームは振り向きざまに剣で防ごうとした。
ストームの剣に阻まれシグナの突きはストームを貫かなかったが、代わりに奴のフードを真横に切り裂いた。
そして剣を構え互いに向き合った所で、シグナは思わず脚を止めてしまう。
フードが裂ける事により露わになったその酷く痩せこけた顔には、口に収まりきらずに外へと飛び出す鋭い牙が見え、そして殺意に満ちた剥き出しの大きな目と、涙を流し続ける怯えた瞳が並んでいた。
化物、と人なのか?
呆然とするシグナの目の前で、ストームはスルリと剣を落とす。そしてコートに突っ込み目の前に出されたその手の中には、何かが握られていた。
なんだ、……あれは、魔宝石!
ジジジジッとその握られた魔宝石により空気が振動を始めている。
そして、風が吹き荒れた。
鉄の壁に打ち付けられたような衝撃が、シグナの全身を走り抜ける。
全てがゆっくりと動く感覚に襲われる中で、何処かにぶつけたのだろう。左手に衝撃が走り見れば腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
景色は凄い速さで回転している。このままでは不味い。だがどうすれば良いのか分からない。
頭が混乱する中、闇雲に風を纏わせ解放、纏わせ解放を何度も何度も行った。
そして全身を再び衝撃が襲う。
その衝撃の後、体が全く言う事を聞かなくなり意識が朦朧とする中で色々と思考を巡らせた。そして重力に引っ張られ壁から剥がれ落ちる体が、地べたに座り込む形で止まる。
「かはぁっ」
止まっていた呼吸が、身体を跳ねる程の反動と共に戻ってきた。顔を上げればストームがこちらに歩いて来ている。
視線を落とせば、シグナの右手にはまだ魔竜長剣が握られていた。
ストームの手に剣は無かったが、代わりに鋭く尖った指が目に映る。そして振り上げられるストームの腕。
動け、動け動け動け!
「がぁーー! 」
雄叫びを上げやっと動いた右腕で魔竜長剣を持ち上げ、振り下ろされるストーム腕を防ごうとする。
次の瞬間、顔に衝撃が走り、視界が半分になった。
顔の左半分から段々と痛みが出てくる。自身でもわかるほどの深い傷が、左眼のところに。そして血がどくどくと出ている。
そして再度振り上げられるストームの腕。
こっ、ここで、終わるのか?
……短かったな、まだ何にもしてないや。
しかし、振り上げられた腕はシグナに向かって振り下ろされることはなかった。
ストームは突然自身の顔を押さえると、呻き声を上げその場で膝を付いた。そして腕を背中に伸ばす中、背中から肉が盛り上がっていき、さらに声を上げ苦しむ。
それを見てある言葉を思い出す。
魔宝石を使うと怪物になる。
そこでシュッと風切り音がした。
ストームの肩に刺さる一本の矢。
これはーー、ミケが来てくれたのか?
ストームは苦しみに悶えながら背を向け走り出した。視界の隅にはミケの姿。
たっ、助かったのか。
レギザイール軍に入隊して兵士として生きる以上、今までどこで死んでも構わないと思っていたが、死に直面して初めて気づいた。
死にたくない。
そしてまだ生きられると言う喜びと、自身の不甲斐なさに涙が溢れていた。
隣にしゃがんだミケがシグナの腕を持ち上げその首に回す。そして強引に立ち上がらされた。
えらく乱暴だな。
しかし涙を見られてしまった照れからまともに顔を見れない、皮肉めいて抗議はするが。
「怪我人なんだ。もう少し優しく動かしてくれないか? 」
「悠長にしていたら生き埋めよ! 」
言われて辺りを見回せば、いたる所から砂が零れ落ちて来ており、地面や壁には何本もの亀裂が走っていた。
「とにかく早くここから離れないと! 」
ミケは懸命にシグナを引きずりながらも、来た道である暗く細い道を戻って行く。
その時、身体を直接揺さぶられる程の激しい揺れと耳を塞ぎたくなる程の爆音が鳴り響いた。
振り返ればさっきまでいた場所の地面が崩落を始め、天井からは大量の土砂が滝のように流れ落ちだしている。
亀裂はシグナ達のほうにも伸びてきたかと思うと一瞬で通り越す。そして二人は崩れ始めた道に、為す術もなく飲み込まれてしまった。




