闇に潜みし者
広場まで進んでみると、辺りは静まり返っていた。
この広場は闘技場に使われる空間で、ここも本来ならばそこそこの人達で賑わっているのだが、今日は誰もいない。
前に来た時は各所に取り付けられた松明に火が灯されていたのだが、松明の炎がない今では壁に生えている光苔の明かりが届かない場所、広場の中央部が完全な闇となっていた。
「シグー、なんか出そうだね」
「あぁ、……ここを進むには明かりがないと危険だな」
ヤンも怯えて炎もないし、地下の探索はここで一旦打ち切るか。
「あ~、ちょっと待ってて下さいね」
ミケはおもむろに矢を番えながら呪文の詠唱を始める。
弓の弦を引き絞り狙いを上方の壁に定めると、力ある言葉を発する。
「炎発現初等魔法」
狙いを定める人差し指の先に小さな炎が一瞬だけ燃え上がると、予め油を染み込ませていたのだろう、炎がその上にある矢尻に燃え移った。
そして放たれた矢が、壁に取り付けられた燭台に刺してある松明の1つに命中し、その松明の炎で広い闘技場から完全な闇が消え去った。
「ミケさんやる~」
拍手をしようとしたシャルルが、固まってしまう。
シャルルの視線の先に目を配らせれば、中央部の天井に何かが張り付きこちらを見下ろしているのが見えた。
「ギャーー! 」
ヤンの悲鳴が闘技場に響き渡る。先程から言葉数が少なかった博士君は、あまりの恐怖に腰を抜かしてしまい尻餅をついた。
「みんな離れるなよ」
シグナとシャルルとユアンの3人で前衛を務め、そのすぐ後ろにミケと博士君とヤンが陣取る。
あの目深に被ったフードにコート姿は、ストームである。
その漆黒の服装を利用し闇に同化して待ち伏せしていたようだ。
そして動いた。ストームはまるで地面を這いずるかのように天井に爪を立て四肢で移動してくると、なんの脈略もなく天井から剥がれ体勢を戻しながら地面に降り立ち、ドス黒い雄叫びを上げながら剣を構え、こちらへ突進して来た。
来るならこい!
シグナが魔竜長剣の殴打面で防御の体勢になると、シャルルは背筋を伸ばし半身状態で剣を突き出し、ユアンは静かに息を吐き体勢を落とす。
そしてあと数歩で剣の間合いに入ろうかという時に、大きく横へと飛ぶストーム。その先にはーー。
「松明だ! 」
不味い、暗闇での戦闘になろうものなら、連携なんてものはなくなり、逆に仲間の存在が足枷となり剣も振れなければ、迂闊に移動すら出来なくなる。
いまさら追いかけても、間に合わない!
そしてストームの一撃が無情にも燭台ごと松明を吹き飛ばし、暗闇の中に火の粉が舞い散っていった。




