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暗闇の中で

 ◆



 目を開くと、そこは真っ暗だった。


 どうしたんだ?

 何が起きているんだ?

 息がうまく出来ない。

 そして全身に力が入らない。


 何がどうなっているのかは分からないが、なぜか焦っているのは確かだ。

 そうだ、今こうして何もしないのは不味い気がする。

 早く何とかしないと!


 しかし、……何をすればいいんだっけ?


 …………。


 ……。


 わからない。

 頭に靄がかかったような感じだし、なんだか考える事さえどうでもよくなって来た。

 たぶん、やる事はやったさ。

 それに体が言うことを聞かないのだからしょうがないんだ。


 しかし目を閉じようとした時になり、やっと思い出してきた。

 確か任務中で、……そう言えば、さっきまで皆と一緒にいたよな?

 そうだ、確かにいた!

 でもそうしたら、みんなはどこに行ったんだ?

 みんなは、俺を置いてどこに行ったんだ!?


 いや、そう言えばあの時、誰かが呼び止めようとしてくれていた。

 そうだ、それを無視して一人突っ走ったんだった!

 人のせいにしようとしたが、すぐに悪いのは自分自身である事に気づいてしまった。

 ははっ、情けない。

 普段は飄々と振舞っている癖に、追い詰められると醜い部分がひょいと顔を出してくる。


 弱い、とても弱い。

 そして反吐が出るほど汚い。

 俺って救えないな。


 全身が熱を帯びている事、そして身体中が悲鳴を上げるような痛みを発信している事に脳が気付き始めた。

 そこで重力に引っぱられ始める。

 体が言うことを聞かないのだから、されるがままだ。



 胸元に下がる白銀色の宝石が、その光を世界に放つのを今か今かと待ち続けている中、ここ数日の記憶が激流のごとく流れ始めていた。



 ◆



 大きな欠伸の後に目をこする。

 葉っぱと葉っぱの隙間から、サンサンと降り注ぐ太陽が見える。

  太陽の傾きから、結構な時間ここでこうしていることがわかる。


  セスカの町での任務を終えたシグナは、久々に故郷であるレギザイール王都へと戻っていた。そしてその足で、とある丘に来ていた。

『名も無き丘』、シグナが付けたこの丘の名前だ。ここからはザザの森と隣山との間にある渓谷が見下ろせる。


  この丘は亡き父に連れて来て貰った思い出の場所であり、シグナが今現在のシグナであるゆえんでもある、とっておきの場所なのだ。


  この場所を知った幼き日のシグナは、レイアザディス神学校しんがっこうが休みである週末になると、妹に冒険へ出るとだけ告げ度々一人でここまで訪れていた。

  実際当時のシグナにとって、半日以上もかかる道のりは立派な冒険であった。


  昼間でも薄暗く肌寒いザザの森を、両手でしっかりと短剣を握りしめながら抜け、その先の川を渡ると獣道を辿って丘の頂上を目指す。そして 丘に着くと頂上に一本だけ生えている大木に登るのが決まりだった。


  この大木からはザザの森の先にあるレギザイール王都も見え、小さく映るそれらを見ては、自身が大きくなった錯覚になり胸が高鳴ったものだ。

  両親が健在だった頃はそこで荷物を広げ、母親に持たされたパンにハムとレタスが挟まれている特性バーガーに齧りつく。

  そして短剣や拾った木の棒を使って勇者ごっこをした後、木の幹でそよぐ風を感じながら夕寝をし、その後こっそりとついて来ていた父の背を感じながら下山し翌朝を迎えた。

  そう言えば、当時は家で目覚める事に何の疑問も感じていなかったな。


  シグナは10年前と同じように、頂上に生えている大木に登り、幹に背中を預けるようにして腰を下ろしていた。そうして心地良い風に吹かれながら、王立中央図書館から借りてきている数冊の本を読破していく。

  途中読むことに疲れたため、大きく伸びをしたあとそのまま目を閉じると、少し強めの風が流れ木々のざわめきが耳へと届く。

  あぁ、今こうしてのんびりしている事を幸せと言うのだろうな、と改めて思う。そしてこんな日々がずっと続けば良いのにな、とも。


  どんな場所にいても風は吹く。そして肌は当たり前のようにそれを感じる。

  魔法で作られた風や戦場で吹く風と違い、大自然の風には敵意が一緒に届くこともなければ血の匂いを鼻が、怒号を耳が捉えることもない。

  あるのは静寂の中で奏でられる、思わずうたた寝をしてしまいそうになる陽の光との柔らかなハーモニーだけである。


  その時、レギザイール王都から黄色い煙が上がっているのを確認した。昔から使われる連絡手段だ。他の連絡手段としては水晶なんて物もあるが、いかんせん値段が高い。

 各部隊に一つずつしか支給されていないし、また新兵とあまり変わらない給料のシグナが買える代物でもない。

  と言うことで一般的な連絡手段として使われているのがこの狼煙のろしである。レギザイール王都クラスの大きな街には、八方全てに狼煙屋があるのだが、今日と明日、この丘方面の狼煙屋の黄色い煙はシグナが契約している色である。

  そして契約していることを知っているのは、共に行動しているカザンだけなので、呼んでいるのは彼となる。

  少しだけであったが、リフレッシュ出来たし良しとするか。


 シグナは頭を切り替える。

 そしてイメージをする。

 静かだが色が付きそうなほど濃厚な風が、足首からつま先までを覆っていくイメージを。

 すると両足首にガッチリと嵌めているワッカ型の魔具が、薄い緑色の光をほんのりと放ちだし、頭に思い描いている濃厚な風が実際に現れ両足首から下を包んでいく。


  シグナはサッと木から飛び降りた。

 そして着地と同時に右足で大地を力強く蹴るときに魔具を解放! 右足を包んでいた風が弾け飛び、それにより1歩目にしてトップスピードに乗る!

 シグナの体は、一直線に丘を駆け下りていく。その先にあるのは、丘と隣山との間にある深い崖!

 そしてあっという間に目と鼻の先に崖が!


  そこで左足に纏っていた風を、地面を力強く踏みしめると同時に解放! ドンと鈍い音とともに足元には窪みが!

 そしてシグナの体が隣山へと向けて宙を舞った。山風を感じる中、視線を足元に落とすと深い谷底と川が。

 いい眺めだな〜なんて考えていると、徐々に勢いを無くし下降しだしてきた。隣山との距離はまだまだある。

  そこで新たに作り出した風を右足に纏わせ、空中を踏みしめるような動作と共に解放!

 文字通り空中を蹴った事により、無事隣山の草地を踏みしめた。


  そこから近道である、隣山の下山コースを利用したシグナは、1時間後にはレギザイール王都へ到着。そしてカザンと待ち合わせ場所に指定していた王立中央図書館へと無事辿り着くのであった。

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