エンカウンター下
重力に身を任せ体を前方方向へ倒す。
そこから体が十分に沈む頃合いを見計らって一歩を踏み出し風を開放。
シグナの体がストームの懐目掛けて飛び込んで行く。
一度、体の重心を右へ傾けるフェイントを入れ、次の瞬間には2度目の風を開放。一瞬でフェイントとは逆である左へ飛び、ストームを中心に時計回りに回り込む。
こちらの速さについて来れていない。
その腕、装備品ごと貰った。
ストームを中心に横へ景色が流れる中、魔竜長剣の殴打面でストームが剣を握る右腕目掛けて横薙ぎに振る。そして骨を粉砕するほどの一振りが鈍い音を立てて狙い通りに決まった。
剣の威力でその場から数歩後退し、苦痛の声をあげもう片方の手でダメージを受けた腕の辺りを庇うストーム。
しかし先程の感触、篭手や魔具ではない。
生物のそれであった。
しかも奴は魔力を消費している状態のはずにも関わらず、剣は依然握られたままである。
腕を破壊出来ていない?
そして今見えているもう片方の腕は人のものであったが、手首の辺りから肌の色が黒く変色しており、手のひらは右手と同じく鋭く長い指になっている。
構えたまま奴の動向を観察していると、フードの奥の暗闇に浮かぶ目と合う。
そしてストームの動きがピタリと止まる。
「……月の! 」
月の?
なんの事だ?
「ビジッ」
低い音を立て、シグナとストームの間の石畳に矢が突き刺さった。
いつの間にか立ち並ぶ建物の上部に来ていたあの弓使いが矢を射ったのだ。
「止まりなさい、次は当てるわよ! 」
しかしストームは弓使いの言葉を無視し、脈略もなく雄叫びを上げ始める。
この感じ、奴は苦しんでいるのか?
ストームは左手でフードを掴むと、背を向け後方に見える路地へと向かい駆け出した。
速い!
しかしこちらも足の速さには自信がある。
足に風を纏うイメージをする。
「逃がすか! 」
「シグシグさん! 」
パラディンに呼ばれ我に返る。
「作戦通り、皆さんを待ちましょう」
そうだった。奴はもうどこに隠れようが追跡出来るのだ。
「すまない、ちょっと熱くなり過ぎたみたいだ」
悪い癖が出てしまった。気持ちを落ち着かせる為に深呼吸を行う。
あとどうでもいい事なんだが……。
「それと俺の名前なんだが、シグシグじゃなくてシグナ、なんだよな」
「あれっ、そうでしたか」
そしてパラディンは慌てて謝る。
しかしストームの腕、あれは何だったのだ?
その後シグナとミケは花火を上げ、駆けつけたシャルル達と無事合流をした。
そしてユアンは鑑識魔法を使える人間を連れてくるためにすぐこの場を後にし、残されたメンバーは今か今かと待つ事に。
「パラディンさん大丈夫ですか? 」
「シャルルさん、ありがとうございます。私はこの通りですよ」
ガッツポーズをして見せるパラディンに、流石ですねとバンバン鎧を叩くシャルル。
パラディンはその完全武装のため、鎧には沢山の擦り傷が付いていたが、体のほうは傷一つ受けていないようだ。
ごふっ!
突然シグナの腹部にシャルルが体当たりをかまして来た。そして密着した状態で小声で話しかけてくる。
「それよりシグ~、ミケさん綺麗でしょ? 」
「なんだ唐突に? 」
「いやいや、私と言う者がありながらシグが浮気をしでかすんじゃないかと心配で」
いつから付き合っている事になっていたんだ? そう言えば昨日、シャルルにふられたんだよな。なんだか今になって腹がたってきた。
「たしかに綺麗だな。特にあの長くて滑らかな髪、惹かれるものがあるかも」
ムキになって突っかかってくるかと思ったが、シャルルは一言「へぇーそうなんだ」とだけ言うと、踵を返して博士君達の輪の中に入っていった。
なんだよ、なんか……調子狂うな。




