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感知魔法

 ◆ ◆ ◆



「ぎゃー、お尻だけはやめてー! 」


 どこからともなく、若い男性の悲鳴が聞こえてきました。

 想像出来ます、あの方でしょう。


 現在私達チームケトルの八名は、レギザイールの城下町に散らばりレギザイール軍第二師団の演習に乱入、暴れている最中であります。

 捕まれば間違いなく死罪の判決を受けるであろう大それた事を行っているわけなのですが、皆さんにその緊張感はないように感じます。

 それは腕に自信がある方々ばかりだと言うのもあるのでしょうが、仮に命を落としてしまったとしてもジンさんのためなら良いと言える覚悟が、皆さん出来ているからではと思われます。

 それだけジンさんとは人徳のある、皆さんに認められた漢と言う事なのでしょう。

 そして私が忠義を尽くすと誓ったバレヘル連合のギルマス、メグミさんがジンさんを信頼しているのであるならば、私も無条件で信頼するに足る人物であると判断します。


 しかし皆さんが頑張られている時に、特に何をするでもなくジッと座り続ける事は精神的に辛いものがあります。

 今回、私はメグミさんとジンさんと共に行動をしているわけなのですが、お邪魔しているこの酒場の中にはジンさんの姿がありません。

 それはジンさんが、今日の分のヤカン兜(ケトルハット)を配ってくると言い出し、一人で出て行かれてしまわれたからです。

 それは流石に私もどうかと思い、『今しなければならない事なのですか? 』と問いただしたのですが、ジンさんが『今しなければ、もう二度と必要としている者の所へ届けられなくなるかもしれないからな』と言われたため、その遠ざかる背中に向かい何も言えなくなりました。


 そうして私とメグミさんは演習の影響で無人となっていた酒場で、ジンさんが配達を終え戻ってくるまでの間、待機をする事となりました。

 ちなみにカウンターにいるメグミさんは、ヤカン兜(ケトルハット)をテーブルの上に置いているため、素顔を晒しています。また私が座するテーブルの上には、轢いた布の上に水晶が置いてあり先程から白い靄が渦巻いています。

 ちなみに私とメグミさんは、皆さんのように裸になる事はなく、少し厚めの服装に身を包んでいます。


「今夜は少し冷えるわね」


 メグミさんが砂時計の砂が全部落ちるのを確認すると、ジャンピングが終わったサーバーを手にし、茶葉をこしながらマグカップに紅茶を注ぎます。


「ラヤヒマ山脈の裾野に囲まれるようにして位置する、一年の殆どを霧に包まれてしまっている街ノムタン。そこで収穫される地方名でありその製品名でもあるダージリンは、世界に比類のない繊細な風味と豊かな香りを与えられ、紅茶の王様と呼ばれているの」


 紅茶が注がれたマグカップを両手に、メグミさんがこちらのテーブルの方へと歩いて来ます。


「今の時期に取れるものはオータムナルと呼ばれ、最優良品質であるセカンドフラッシュに比べて赤味がかった黒っぽい水色になるんだけど、その濃く渋い味わいは、軟水であるレギザイールの水質により完成する」


 マグカップの一つが私の前に置かれました。


「はい、温まるわよ」


 うーむ、やはり人様の物を勝手に使用してはいけないと思います。

 私はポケットから取り出した硬貨をテーブルの端に置いてから、マグカップを手にして紅茶を口に含みます。

 それを見て、正面に座ったメグミさんが溜め息を一つ吐きます。


「これぐらいのお代なんて気にしなくていーのよ。それにこの酒場にも特製ヤカン兜(ケトルハット)が配布されたわけなんだから、仮にここの酒類が全部無くなっていても、逆に店主からは泣いて喜ばれるはずよ」

「それはマリオさんの施しであって、私達のお金ではありませんので」

「イエローは真面目ね」


 私が真面目なのではなく、それが当たり前の事なのです。それよりお金……、メグミさんに会ってから、何かを忘れているような気がしているのですが。


「ん? なんかあった? 」


 私の異変に気付いたメグミさんが小首を傾げます。

 ……お金の貸し借り。そうです、あの方の事です!


「ネゴットさん、ご存じですよね? 」


 私の言葉にメグミさんの顔が一瞬強張りましたが、すぐに何事も無かったかのように普段の表情に戻ります。


「え~とそうそう、たしかジンの仲間にそんなのがいたわね。それよりどうしてその名前を知ってるのかな? 」


 その言葉を受け、兜の隙間からメグミさんをジト目で見やります。


「……預けたお金、返して貰いにきましたよ」

「あらそう」

「それと、ウチのギルドに加入されました」

「まじで!? 」

「えぇ、まじです」


 私の性格をよく知るメグミさんは、もはや言い逃れ出来ないと観念したのか、その表情がドッと疲れの色に染まりました。


「もー、返せばいいんでしょ、返せば」


 そしてメグミさんが、小声で『しかしあいつがウチにね……』と言った後、さらに表情を暗くさせます。

 確かにネゴットさん、私が苦手なタイプであり加入された時はどうなることかと頭を悩ませましたが、今の所トラブルもなくやっていけているところであります。


「ところで天才魔道士さん、皆さんが祭りと聞いてはしゃぎだしたため聞きそびれていたのですが、ドルフィーネは闇雲に捜して見つけられるものなのですか? 」


 私の問いに、メグミさんは疲れた表情でふふふっと笑みを浮かべます。


「ドルフィーネ、奴に直接会った事があるわけじゃないんだけど、話では自分以外の誰も信じない用心深い奴らしいの。そして普段なら王都の内壁の中にある軍の施設から出ることが殆どないらしいんだけど、今回の演習の責任者である奴は、この計画の全容が把握でき的確に指揮が取れる場所へと出張ってくる可能性が極めて高いと読んでるわ。ただし強力な護衛を付けた万全の態勢でだろうけど」

「ではたくさんのケトルマンで敵を混乱させている隙に、強烈な殺気を放つ相手を得意の鑑識魔法で見つけ出すのですか? 」

「そうよ。まぁ正確には独自に開発した、感知魔法になるんだけどね」


 そう言うとメグミさんが水晶を手に取り、私が見えやすいように近付けてくれます。

 そして水晶の中の白い靄の中に三つの青い点と、水晶内を横切るようにして動く青い点と並走するように動く赤い点とが見て取れました。


「青があらかじめマーキングしている私達を表し、赤いのがその他で魔力容量が高い奴、もしくはリミッターを外せる脳筋を表しているの。ただ精度が良い代わりに索敵範囲が五十メートル程度、とかなり近づかないと反応しないんのが欠点なんだけどね。まぁ一応、マリオが呼び出された場所である酒場も、調べる予定にはしてるわ」


 その時ーー。


「こっちだー! でっかい袋を担いだケトルマンを見つけたぞー! 」


 建物の外から聞こえる怒鳴り声。虫の声が聞こえそうだった街外れの路地は、遠くから聞こえた声の元へと向かう足音でにぎやかに変わっていきます。

 その空気の変化に伴い、メグミさんがテーブルの上に置いていたヤカン兜(ケトルハット)を被り席を立ちます。


「まー、じっとしてても探索に引っかからないでしょうから、私たちも行くわよ! 」

「わかりました! 」


 テーブルを片した私達は、水晶を手にしたメグミさんの先導の元、恐らくジンさんがいるであろう方へと駆け始めました。

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