必殺剣一刀両断、下
金属音を響かせ、剣と剣とがぶつかり合う!
ぐっ、おのれ!
俺の振り下ろした攻撃は阻まれていた。
俺の上段からの振り下ろしに合わせるようにして、コンマ1秒ズラしで振り下ろされた剣により。
そして鍔迫り合いの形となった俺たちは、睨み合った状態で力比べを始めたのだがーー。
この爺さん、本当に何者なんだ?
剣を交えた初撃、まるで岩盤に剣を思いっきり叩きつけたかのような、痺れる感覚が手の平から腕を駆け巡った。
それに今の状態、俺が、この俺が徐々に押されているだと!?
しかも爺さんは、親指と人差し指を遊ばせ、残りの三本のみで剣を握っている。
ぐっ、嫌な汗が噴き出す。
そして爺さんの力がグッと強まり、剣が俺の顔面との距離を縮める速度をあげた。
ふっ、ふざけるなぁー!
腕、腹筋、背筋、太もも、首筋、その他俺の全ての筋肉がはち切れんばかりに盛り上がる。
そうして押されていた剣を火事場の馬鹿力で押し返し始めた時、俺の剣にピシッと罅が入り、そこの部分から一気に砕けてしまった!
と同時に目の前に迫る爺さんの剣が、影となり顔面をかすめる!
ポトッ。
煙草の半分から先が地面に落ちた。
ぐっ、危なかった。バックステップで後方に飛び退きながら、今の場面で上体を瞬時に仰け反らせた自分を、自身で褒め称える。
「よっ、やるなお主。本気の『一刀両断』を受け無傷とは」
……ん?
一刀両断、だと?
たしかイールの英雄、一騎当千の異名を持つザナドゥの必殺剣が一刀両断だったはず。
そして一刀両断とは、ザナドゥの上段の攻撃を同じく上段で返そうと打ち合うと、必ず押し負けてしまい、こちらの攻撃が起動をずらされザナドゥの肩をかすめるのに対し、ザナドゥの剣だけがこちらの頭に振り落とされたと言われる必殺剣。
それをこの爺さんが使っていると言うのか?
たしかに俺も負けてしまったわけだが。
しかし何故だ?
爺さんがリミッターを外して馬鹿力を使っているのは間違いないが、それは俺も同じこと。そうなると若くて体力がある俺の方が打ち勝つはずなのに、今の一撃は完全に俺の方が負けていた。
そして運が悪ければ、俺も一撃で頭を割られていただろう。
まてよ、新兵達はコレを受けてしまていたのか!?
ハッとなり、視線を負傷兵達に向けたあと爺さんに戻す。
「相手の力量に応じて力の強さを使い分けておる。心配せんでも死んどらん! 」
ちっ、読心術まで使えるのか?
いや、それだけ俺の感情が表情に出てしまっていたのだろう。
「しかしお主、無理すると腰をやるぞ。腰をやったら、おおごとおおごと」
ちっ、敵に心配されるとはな。
それに、おかげで思い出したよ。
口に咥えていた半分になっている煙草をぺっと吐き捨てると、爺さんを見据え深呼吸を開始する。
思えばレギザに来てから煙草を始めたんだったな。
俺はこの地で出会った女性と結婚をし、二児も授かった。幸せな生活を送る内、この生活を壊したくない気持ちが強まり、いつしか盾を持つようになった。
笑いがこみ上げてくる。
今でもベストコンディションでいるつもりでいたが、何もかも忘れてしまっているではないか。
……あの殺戮の日々を。
それにこの目の前に立ちはだかる怪物、今のままでは対等に戦う事すら難しい。
折れた剣を捨て、続いて身体に装着している甲冑類を次々に外していく。
そして左腰から左膝までを守る為に伸びる防具を取り外すと、その裏地にはめ込んでいた二本の小太刀を手に取る。
その小太刀を各々の手の中でくるくると回転させ、月光を乱反射させながら重さと感触を確認。そして手に馴染んだところで握りこむ。
殺しすぎて全身がべっとりと赤色に染まり、戦場では『紅い死神』と恐れられ、それが元でイールの騎士の選考からは除外され続けている存在。
そう、戦争に託けて大量に人を殺しまくった殺人鬼、それが俺だ。
爺さんを見据える。
一刀両断とやらを使うなら使え。ただし俺も最大奥義を使い、爺さんの攻撃が届く前に一瞬で沈めてやる!
脱力をする事により重力で身体を沈めこませる。
そしてそこからの短く鋭いステップ。
ステップをするごとに距離を縮める中、俺は腕を大きくくの字に折り、二本の小太刀を持つ両腕がギチギチと音を立てるほど、目一杯に後方へと引く。
あとは間合いを目と鼻の位置にまで詰め、前方に突き出すのみ。
「クズが、死んで後悔しろぉ! 」
俺の毛という毛が逆立ち、身を包むオーラの刺々しさが最高潮に達する。
そして爺さんの懐へと潜り込んだ。
さぁ、どっちの刃に貫かれたいか、選びやがれ!
倒していた上体を上げるとともに、バネが弾かれるようにして各々の腕から刃が解き放たれた!
くの字から一気に伸び上がる両腕。
平行して煌めく二本の剣筋。
そして爺さんを捉えたと思った刹那の瞬間ーー!
なんだと!?
俺の突き出された二本の小太刀が貫いたと思った瞬間、爺さんは爆発的なステップで後方に飛び退くと、考える素振りも見せずにそのまま背中を見せて走り始めた。
「おおごとおおごと」
風に乗り爺さんの声が届く。
これはーー逃走?
くそっ、やられた!
しかし今の俺から簡単に逃げられると思うなよ!
地を蹴り爺さんの後に続く。
流れる景色の中、両脇にある建物の幅は狭まり、いつしか建物の屋根の上や街を流れる浅い川へと場所を変えながら爺さんに追いすがる。
いつまでもその速度を保てまい。
失速しだした時が、お前の最後だ!
この時の俺は、この後延々と爺さんのケツを見ながら走るはめになる事をまだ知らない。




