オカリナと陽気な歌声
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視線の先には、四人掛けの丸テーブルに顔を伏せたトロの姿があった。
「ミケ姉ぇ〜、わたしは〜」
うわ言のような言葉を垂れ流すトロ。
「トロ、お酒に弱い」
お猪口でお酒に口を付ける蜘蛛が、頬を朱色に染めながらも端的な言葉で今のトロの状態を解説した。
私達は北地区の一本入った裏通りに、先月オープンをした食べ物屋さん兼酒場へとディナーをしに来ていた。もちろんお酒有りの食事である。
陽はだいぶ前に落ち、店内にも酔いつぶれた客の姿がチラホラ見て取れ出している。
このお店、料理の評判が良いと言うのもあるのだろうけど、今夜レギザイール軍の夜間演習が実施されるとかで、隣の地区の旧教会辺りが全面的に封鎖されてしまっている。そのためいつもならそっち方面で飲んでるはずの客達が、営業をしているお店に雪崩れ込んで来ているため、レギザイール中のお店がどこもとんでもない賑わい、混雑をしていると誰かが言っているのが聞こえた。
ほろ酔い気分でゆらゆらと店内を見渡していく。
しかしこのお店、入り口や窓枠などに可愛いらしい小物が飾られてたり、働いている従業員に若い男性を揃えているあたり、わたし目線での評価は高点数を叩き出してるんだけど、いかんせんこのうるさすぎるのはどうにかして欲しいところである。
まぁ〜、今日だけが特別なのかもしんないんだけど。
そしてこの騒音の発生源付近には、見知った者の姿が見え隠れしていた。
筋肉質で短足、ゴツい顔には髭がびっしりと生え散らかり放題である。
そう、カウンターにはギルドに居座る事になったドワーフ、ネゴットがジョッキを片手に大笑いを上げていた。
そしてその姿をボーと追っていると、意気投合した客が取り出したオカリナに合わせ、大声での大合唱が始まってしまう。
強制的に鼓膜を振動させるそのメロディーは、センスがごっそりと欠落したおバカなだけの歌であった。
「ド~はド~ワちゃんのド、レ~はレバ炒め~、ミ~はみ〜かんのーー」
さいあく!
あれは関わりを持ってはいけない者。いてはいけない存在。
いない者として接さないと、……兎に角あれは空気。聞こえなければ見えもしない、ただの空気。
あと今後、気に入ったとかであいつがこの酒場に入り浸らない事を切に願う!
「おぅ、お前らも来てたのか」
その声に反応し、視線を後方へ向ける。
すると忙しなく行き交う店員さん達を背に、金髪長髪である二児のパパ、ガオウが木製のジョッキに注がれたビールを片手に立っていた。そしてこちらのテーブルの空いていた椅子まで来ると、ドカッと座り前のめりになる。
「なんだ、トロは酔いつぶれてるのか? 興味本位で飲ませたらだめだぞ」
蜘蛛にお酒を教えたあんたが言うか。
「ところでミケ、お見合いは上手くいってるか? 」
「あんたはほんとデリカシーって奴を持ちあわせてないのね。それよりあんたこそ、一人で来るなんて寂しいヤツね」
「あぁん? いや、俺はあいつらと飲みに来たとこだよ」
振り向き指差した先には、カウンター席に並んで座る、タルト姫の護衛をしているレート王国騎士、2名の姿が見えた。
ちなみに色白のスノウさんの姿はここにはない。おそらく今頃、一人でタルト姫のお守りをしているのであろう。
そうだ!
閃いた私はガオウへ値踏みするかのように視線を這わしてみる。
「なんだよ、ジロジロと見て」
「うん、ちょっとね」
「気になるだろ? 勿体振らずに話せよ」
自分から言ったね〜。
「あんた、どうせ暇なんでしょ? この子らのお守りを頼むね」
「なぜそうなる? 」
「アルコールが入っていい気分なの。んでちょっと夜風に吹かれながら星空を見たいかな〜て」
「相変わらずの自由奔放ぶりだな」
「じゃ、頼んむわ」
「うおぉい! 」
声を荒げるガオウ。
そこで蜘蛛に視線を送る。すると蜘蛛がコクリと頷いた。
そしてーー。
「色々なお酒、ある」
表情にはあまり変化は見られないが、明らかに嬉しそうな声色で蜘蛛がガオウに話しかけた。それを目の当たりにしたガオウは、困惑の表情を浮かべる。
「……しょうがねぇな、また付き合ってやるか」
あの蜘蛛がここまで使える子に成長するとは。目頭を押さえグッと堪える。
よし、と言うわけで二人の心配はしなくて済むわね。
ぎゅうぎゅう詰めの店内を移動しお店の外に出ると、店内に入りきれずに待たされている多くの人達がいた。彼等の中には、夜風を気にせず持ち込んだ手持ちの酒で酒盛りを始める者もいた。
ここら辺ではちょっと落ち着けそうにないな〜。
そうやって街並みを見渡すと、立ち並ぶ建物から頭一つ飛び出た時計台を見つける。
……久々に、あの上からでもいいか。
私は近くに見えた時計台の元へと進むと、建物内のかね折り階段を上っていく。そして石段の途中にあった腰ほどの鉄柵を飛び越えるとなおも進み、その先の踊り場にあった扉を無視して更に登っていった。
そうして階段終わりである、展望台にたどり着くのであった。
ここには私以外にも不法に侵入した先客がいたのだが、どうやら夜景を楽しみに来たカップル連れのようである。
私もいつか、ここで寄り添いながら星空を眺めたいな〜。
心地よい秋風が腰まである髪を揺らす中、身を乗り出し視線を眼下へと移す。そうして行き交う人々をボーと眺めていっていると、回っていた酔いもだいぶ冷めてき出した。
そろそろ戻ろっかな。
そんな事を考えながらも視線を彷徨わせていると、視界に何か違和感を感じとった気がした。
それは水晶を指でなぞった時に僅かな窪みに指が引っかかった時のような感触。また歩いている時に風に乗った僅かな異臭を捉えた時のような、普段なら気にも留めないような、そんな極小の違和感。
そして私は、無意識のうちにその正体が何なのかを探すために目を凝らしていた。
そこで見つける。
凶々しいオーラを漏らす、旅人風の者を。
あの薄汚れた服装にフードで顔を覆っている格好、その姿が四年前に対峙した風使い、ストームとダブって見えた。
そこで視線があう。
それは一瞬であった。
しかもかなりの距離である。
しかしそいつは、間近で面と向かって視線を交えたような寸分の狂いもなく、フードの中で冷たく光る両の眼で、こちらの瞳の奥を覗き込んでいた。
なんなのあいつ?
そこで思い出した。
あの顔、あいつは檻の中に入ってきた男。そして私に色々な記憶を見せていた女性の首を、作業をする時のような特段の感情の変化を見せずにあっさりと握り潰した男。
間違いない、あいつだ!




