絵本のタイトル『魔宝石』
顔を上げると陽がだいぶ傾いている。オープンテラスに吹く心地よい風のため、少しうたた寝をしてしまっていたようだ。
お店に掛けられた時計を見れば、すでに針が16時を回っていた。
そろそろ待ち合わせの時間だし、昨晩の酒場へ向かうとするか。
大通りを外門に向かい進み人の流れから外れ酒場の扉を開くと、店内には既にシャルルの姿があった。
シャルルはこちらに気づくと、「シグ、シグ! 」と名前を連呼しながら駆け寄って来る。
「さっき警備兵詰所に、本部からストームが手配された通知が流れてきたんだ。んでここもそうだけど確認した全ての酒場で既にストームの手配書が貼られてる手際の良さ。何がなんだかさっぱりだよ」
あぁ、この広い城下町中の貼らせて貰える場所を回るのは地味に疲れたよ。
それと自慢出来る方法で解決したわけではないので、この件でシグナが動いた事は、カザンの力を借りたことも含めシャルルには黙っておこう。
「本当か! やったじゃないか、お前の努力が身を結んだんじゃないのか? 」
「ん? なんか今の、ちょいとわざとらしくないかい? 」
なかなか鋭い奴である。
「いやいや、巨額の金塊が裏取引として使われた事は、絶対に話せない」
こう言う時は大嘘を言うに限る。
「シグ、そこはなぜ私に渡すと言う選択肢を選ばなかった? 」
流石シャルル、煙に巻こうとしたら乗っかって来てくれた。
「とにかく金塊を私にもよこすのだー! 」
「ちょっ、まっ待てって」
シャルルさん、本気? て言うか首が締まって苦しいです。
「おっシグ、いい物隠し持っているじゃないかい」
シャルルと組みつき合って争ったため、胸元に入れていたネックレスが表に出て来てしまっていた。
ネックレスの先端には、親指程の白銀色の宝石が取り付けてある。
「綺麗だね、ちょっと見せてーー」
いつの間にか首からネックレスが取り外されており、シャルルが今まさにその宝石を手に取ろうとしていた。
「あっ、これは! 」
不味い!
「シャルル、目を閉じろ! 」
シャルルが宝石を握ると同時に、眩い光が宝石から放たれる。
強烈な光は店内を照らし、照らされた椅子、テーブル、食器、天井、人間、その全てがさらに自ら発光をし出す。
そして光は、程無くして収まった。
眼を開くと、見るもの全てに白い靄がかかった状態になっている。
眼を閉じていたが強烈な光だったため、もう暫くこの状態が続くだろう。
酒場にいた人達は、何が起きたのか分からず辺りを見回す人やテーブルの下に隠れる人など様々な反応を見せていた。
「シグ、これって? それと私、なんかすんごい疲れているんですけど」
「シャルル、今の光はお前さんの魔力全てを光に変えたんだ」
「魔力全部、どおりで。って今の魔法なの? 」
「ああ」
シャルルは手にしている宝石を恐る恐る目を細めて見ている。
「あれ? これ魔具じゃないよね? 光のイメージなんてしてないし」
「……ああ」
うーん、この石についてはあまり人に話さないようにしているんだけど、どう説明しようかな? 上手く説明しないと返してくれない気もするし。
「シグ、これってもしかして魔宝石だったりする? 」
……大正解。
「シャルル、取り合えずこれが魔宝石である事は秘密の方向で」
素直に頷くシャルル。
「でもこれが魔宝石って事は、もしかして私……怪物になっちゃうの? 」
「それは大丈夫だ」
誰もが子供の頃に一度は読み聞かされる絵本がある。
タイトルは『魔宝石』。
物語は少年が魔宝石を手にした所から始まり、その魔宝石を使って多くの人々の命を奪っていってしまう。そして街を丸々氷漬けにしたあたりで、魔法を使いすぎた代償として怪物になると言うお話で、最後には勇者に倒されてしまう。
人は魔力を消費すると、肉体の強度が極端に落ちてしまう。
そこで小さな子供が魔力を使わないようにするために、昔から大人がよく話す物語となった。そのため多くの人が知っている超有名なおとぎ話なのだ。
またその絵本の中の少年は、魔宝石を握り締めるだけで詠唱ありの魔法より強力な、魔宝石の中に封じられた氷結魔法を使う描写がされている。
シャルルは恐らくこの絵本の物語を思い出し、それで魔宝石とこの宝石を重ねたのだろう。
因みに光を発したこの宝石、ご先祖様から代々受け継がれている家宝であり、シグナを含めて今まで結構使われて来たが怪物になったと言う話はないらしい。
他の魔宝石は見た事がないので比べることはできないが、もしかしたらこの宝石はただ光るというだけなため怪物にならないのかもしれないし、他の魔宝石も実際使ったとしても怪物にならないのかもしれない。
ただ言える事は、生まれてこの方19年、魔宝石の存在は自身の持つもの以外見た事も噂を聞いた事すらないと言う事だ。
その時、シャルルが手にしていた宝石が今度は刹那の間だったが光を放つ。
先程に比べると光の強さもかなり弱いものであったが、驚いたシャルルは思わず手にしていた宝石をこちらの方へと放り投げた。
うおっと!
宝石を直接触らないように、ネックレスのチェーン部分を手で掴み取る。
「また光ったよ〜」
恐ろしさに震えおののくシャルル。
しかしなぜまた宝石が光ったのだ? 宝石が発動すれば必ず魔力はすっからかんになる。
電撃の剣の件もあるが、シャルルが言うように消費魔力が半分しか減らない何かを知らないうちに習得しているのか?
それとももしかして、この短時間の内に魔力が回復したとか?
……考え込んでも答えは出ないか。
とにかく魔宝石が無事戻って来てくれて良かった。
これは死んだ親父の形見でもあるのだから。
「シグ、それでその魔宝石はなんの魔法が詰め込まれているの? 」
シャルルは恐る恐る質問を投げかけてきた。
「さぁ、ただ光るだけだから」
「えっ、魔力全てを使って光るだけ? 」
「そう、光るだけ」
「ダメダメじゃん」
張っていた気が緩んだのか、カラカラ笑い出すシャルル。
対して改めて真実を言われてしまうと、なんだか悲しい気持ちで一杯になってきちゃいます。
この宝石だって、大昔は瀕死の人をピンピンに戻した事がある、らしいんだけど。
……今はほんとに光るだけなんだよな。魔法の消費期限が過ぎたとかなんだろうか?
まあ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないだろうからこの事は言いませんけどね。




