異形の磔巨人
不気味、この世の終わりのような光景が広がっている。
見慣れない異質な光景を目の当たりにしてしまい、これから起こるであろう事に対する恐れで、気持ちが落ち着かなくなる。
この夜空の右から左へと見渡す限りに伸びる朱色の亀裂と、先程から鳴り止む事を知らない雄叫びが、完全に俺の心を支配していた。
体重が上手く地面に伝わらない。どこか前のめり、身体が縮こまってしまい浮き足立ってしまっている。
そんな中、夜空に浮かぶ魔女の姿が輝きを始めた。その輝きは揺らめき七色に移りゆく。
光の正体、それは魔女の周りに展開されている無数の魔法陣の光りであった。浮かぶ魔法陣の一つ一つが様々な明かりを灯し、その光りが魔女を照らしていたのだ。
その明かりはドンドンと輝きを強めていき、ついに最高潮に光りを放ち出す!
そしてーー、夜空が上と下とに裂けた。
バグッと一気に避けた夜空。その裂けにより、眼前にある物が広がった。
赤黒い世界。
その赤黒い世界からは、真っ赤な血液のようなドロドロとした空気がこちらの世界に漏れ出してきている。
そしてそいつはいた!
山程の大きさはある人型の化け物。浮き出ている多くの血管が、まるで皮膚の下で暴れるように、ギュルギュルと蠢く事により、皮膚が波打つ三眼の巨人。
そいつはこちらを確認してか、今にも襲い掛かってきそうな憎悪の雄叫びを上げ始めた。
しかしそいつはそこから動かない。そいつのヘソから下が千切れていた、下半身がないのだ。また両腕の手首と胸部、そして左頭部にクリスタルのようなキラキラと輝く巨大な杭が刺さっていた。その杭は背もたれとしている岩場にまで達しているようで、そこから身動きが取れないようだ。
磔の刑、そんな言葉が浮かんでくるような有り様だ。
しかし吠える、俺たち全てに憎しみをぶつけるように。もがく、深く刺さった杭を引き抜くためには、自らの身体を傷つけてしまう事を厭わないように。
いや、待てよ。
……あいつはあそこから動けないのでは?
その考えが、俺の頭を少しばかり冷静にさせた。あの巨人、今にも襲ってきそうだが、実のところ奴は何も出来ないのでは!?
しかしすぐに、違う考えが頭をよぎる。
魔女はただ単に、あの異世界で磔になってる化け物を見せるためだけに、魔法を発動させたのか?
いやそれは絶対にない。
あんな状態であるが、これからあの化け物を利用して何かをやりやがるんだ。
そんな考えに行き着いてしまい、また身体の奥底から震えが来てしまう。鳥肌が立ち、血の気が引き、足がすくみそうになる。
もうこんな状態では人の心配をしていられない。俺たちは完全に弱者であるのだ。結局巨大な力の前ではどうすることも出来ない。
「ジダン様! 」
その声で我に帰る。ドリルだ。
「ジダン様、大丈夫ですか? 」
心配、この俺を心配しているのか!?
「ドリル、お前は恐ろしくないのか? 」
「……怖いですけど、街の人達がいますので、弱音は言ってられません! 」
その時、サクが目に入る。サクは一人、呪文の詠唱をしていた。
なんてこったい、おじさんの俺が諦めてしまっていると言うのに、若い娘であるドリルやサクは懸命に踠いているじゃねえか!
情けねー! ほんと情けねーよ。それでも俺は男か!?
そうだ、俺がこいつらのお守りをしなくて誰がする!
諦めるにはまだまだ早すぎるぜ!
「ドリル、二人と合流するぞ! 」
「はい! 」
震える身体に喝を入れて走り出すと、その後にドリルが続く。
そうだ、例え一人で駄目だとしても、もしかしたらこいつらと力を合わせれば、生き残れるかもしれない。
走りながらもベルの状態を確認すると、先ほどと同じく蹲ってはいるが呼吸は静かなものへと変わっている。あいつももう少ししたら戦えるようになるはず!
「ジダン、ドリル! 」
疾走している俺たちにサクの声が届く。
「あんた達の魔力を貸しなさい! 特大の奴で、あいつを何とかするから! 」
走りながら視線を上げ、サクが指す方向を確認する。魔女である。魔女は今も呪文を唱えていた。魔法陣は輝きを失うどころか、心なしか輝きを増しているようにも感じる。
ーーそうか!
あの地獄のような世界を開き続けるため、今も魔力を消費しているんだ! つまり魔女に呪文の詠唱をやめさせれば、あの異世界との繋がりが消える。攻撃だ、魔女に攻撃しかない!
しかし魔力を貸すなんて事、出来るのか!?
サクに視線を戻すと、何を考えているのかその場でクルクル舞い始めていた。場にそぐわぬ行動に、思わず不安が募る。
いや、信じるんだ。他に手が浮かばない以上、俺に選択肢なんて存在しない。
そしてもう少しでサク達と合流すると言った所で、そいつが不意に、こちらを向いた!
巨大な口がガバッと開かれる。すると四方八方から中心に向かって伸びる、鋭利な刃物のように鋭い牙が現れた。その牙は全て独立しているようで、ひっくり返した昆虫の足のようにワヤワヤと動いている。
そして突然、その全ての牙が外側であるこちら側、前方へと倒れた。そこへ目に見てわかるぐらいの、暗黒に輝くエネルギーが、口に吸い込まれる形で集まり始めていく。そのエネルギーは急速にドンドンと溜まっていっていた。
あれはどう考えてもドラゴンブレスのように、こちらに向かって溜まったエネルギーを吐き出しそうな雰囲気である。
くそっ、このままでは間に合わない!
こうなったらどうにかして、あの攻撃をやり過ごしてその後にかけるしかないか!?
そして、それは突然であった。
「彼奴がいる場所を見つけていたか、……偶然、それとも必然か? 」
そいつが話したのだ。
魔女と同じく上空に浮かぶ、赤味を帯びた白髪で透き通った白肌の、美しき相貌のあの男が。
その透き通った清流のせせらぎのような男の美声は、まるで周りの雑音を全てかき消してしまい、この男の話し声だけを鮮明に届ける、そんな摩訶不思議な声であった。




