魔法の槍
思わず、唾を飲んでしまう。鳥肌が立ってしまう程の、美しき男を見たがために。
視界に入っただけ、なのに、目が釘付けとなり、ただただ見てしまう。今まで何をしていたのか、忘れてしまい。
「あの人ーー」
発言者のドリルを見れば、そんな奴をしっかりと見据えながら、その見上げる表情に警戒の色を強めながら話す。
「あの上空の男の人、さっきの歪んだ空間から出てきました! 」
そう言えば、魔女の周りに展開されていた円を描くように歪んで見えてた空間が、いつの間にか無くなってやがった。
実際転移魔法ってのを見たことなかったもんで知らなかったが、ドリルが言うようにあの歪みから男が出てきたのなら、あの歪みが転移魔法で生じた魔力の産物という事になる。
転移魔法、成功させるには魔法陣が必要不可欠らしい。
やり方は送りたい対象を魔力を練り上げ作った魔法陣上に配置し、あとは呪文を唱え発動。ただ発動させるには莫大な魔力が必要とされる。たかが百メートル移動させるのに、最上級魔法である『星の魔法』レベルの魔力を。
そして危険もつきまとう。
ゲートを開きさえすれば入るだけなのだが、移動先に空間以外のなにか、人や植物等の生命体から無機質な物体等、目標地点になにかがあると出口のゲートが開かない。そんな出口の存在しないゲートに入ったが最後、そのまま異空間に閉じ込められてしまうらしい。しかもゲートの入り口の引き寄せの力は半端ないらしく、少しでも触れると後は為す術なく引き摺りこまれるそうだ。
そんなこんなで歩いた方が安全で疲れないため、転移魔法について研究しようとする者自体が少ないが、年月をかけて研究していけば改善されるかもしれない。ただ現時点では、割りに合わない魔法である事は間違いないのだ。
そう考えると、空を目的地にするのは賢いやり方であるんだろう。
そこで声が聞こえる。
すぐ近く、ベルだ。
皆が夜空の男を見上げる中、一人蹲りなにかをブツブツと漏らしている。
「聞きなさい! 私の言う事を、……鎮まれ、鎮まれと言っているのです! 」
必死に何かを抑え込もうとしているようだが、小声のため何を言っているのかまではわからない。
くそっ、こんな時に手が掛かる!
「ベル、大丈夫か!? 」
ベルは答えない代わりに、大きく後方へジャンプをした。そして俺たちから遠のくと、また苦しそうに蹲る。
人の手を借りないつもりか?
その時感じる!
そんなベルから、今まで生きてきて経験した事がないぐらいの、おどろおどろしい雰囲気が、ブワッと漏れ始めた事に。
くそっ、何が何だか訳がわからん!
「ジダン、まずは上空の奴らよ! 」
サクが俺へ叱咤を飛ばした。
見れば魔女が、ふわふわと上空の男から距離を取るようにして移動を開始していた。そして距離が離れると無表情でこちらを見据え、魔法を唱え始める。
「魔女の奴、殺りあう気よ! いいわ、後悔させてあげる! 」
サクはそこで何故か、舞踏会で貴族の女性が舞うように、優雅にクルリと一度回る。そして脚を曲げポーズを決め静止すると、そこからやっと魔女に続き呪文を唱え始めた。
なんだったんだ? 今の動作は?
しかしなんだ、サクの詠唱を間近で聞いているわけなんだが、何を言ってるのか分からんぐらいの早口で、呪文を唱えていっている。そしてあっという間に組み上がる魔法。
振り上げたサクの小さな右の手の平上に、身の丈以上の一本の光り輝く槍が現れる。
浮遊する黄金の槍は、あの酒場での拳と同じように、『キィィィイイィーン! 』と振動する音を立ている。
しかしサクはそこで魔法を発動させる事なく、更に呪文を唱え始めた。
まぁ、これならなんとかなるか!
空に浮かぶ利点は、遠距離攻撃用の武器や手段が無ければ、完全に無力化出来る事である。なので高ければ高いほど、下の者が不利となってくる。
しかし下の者に攻撃手段が有れば立場はガラリと変わる。人は移動をする際、地を踏みしめる事により、瞬時に、大きく移動をする事が出来る。
しかし空中には踏みしめる物がない。つまり回避能力がないと言う事である。まぁ移動補助の魔具を持ってれば話は別だが、それなら避けるつど魔力を浪費させる事が出来る。熟練者になれば浮遊魔法を解除する事により、重力を利用し少ない魔力で下方へ下がったりするが、しかしそれは逃げる先がわかりやすい、と言う事でもある。
まぁ兎に角、サクの魔法で仕留められなくても、魔力切れを誘い地上へ引き摺り下ろす事が出来るわけだから、魔女の方が不利である事は間違いない。
正直俺は遠距離手段を持ち合わせてないので、サクの存在は助かった。
魔女がこちらと同じ目線になったら、そこからは俺やドリルの出番だ。そん時はこの長物の特注メイスで、ボコって捕縛してやるぜ。
そこで魔女の詠唱が終わった、魔法が完成したのようだ!
魔女は直立状態で身体を捻らせている。そのため握りこぶしが背中の方に来ているのだが、そこにエネルギーが集まっているのがここからでもわかった!
サクを始め、皆が魔女の行動を注視する中、魔女が呪文名を叫びながらこちらへ、下方へ向け掌を突き出した。
ここからでは何を言っているのか分からなかったが、掌からエネルギーが解き放たれているのも目視出来る。そのエネルギーは、水面に石が落ち波紋が広がるように、薄っすらとゆっくり、広がりながら地上へと進んでいく。
なんだあれ?
肌色の波紋?
色合いからして直接的な攻撃魔法ではなく、回復や補助的な魔法が想像されるが、ただ言える事はこんな呪文は見たことがないと言う事である。
しかもなんだ? 波紋自体はこちらに届く前に、消えてしまっていく。
もしかして不発なのか?
なら怯える必要はない!
サクも魔女を注視しながら呪文を唱えていっている。そして呪文を組み上げた。
最初の槍の半分に満たない黄金の槍が、穂先を最初の一本と同じ向きにして無数に空中に出現していく。
そのため高音域の音が激しく鳴り響き始めた。近くにいる俺の耳が痛いのは勿論なんだが、その魔法によって体全体を小刻みに揺らされている。
なんか知らんが、こいつは凄い魔法だ! しかも雷とか光とかの属性ではなく、ただ単にエネルギーの塊のような印象を受ける。
そこでサクが、高らかに叫んだ!
「くらえ! 百の追尾槍! 」
サクは叫びながら空手で投げるモーションをすると、それに続き一斉に長槍と短槍が空へと突き進み始めた!




