ドナの廃坑その後、下
私達は途中、街には一切立ち寄らずに野宿を続け、やっとのことでレギザイール王都へと戻ってくる事が出来ていた。
ガナベリアは城下町に入ると同時にネゴットの借金を納めに勤め先へと出勤、そして私達も寄り道をせずにバレヘル連合本部に到着すると、今回の件の報告のために、建物の最上階にあるパラディンの部屋を訪れていた。
「皆さん、今回のお仕事ご苦労様でした。……ミケさん、怪我をされている、ではないですか! 」
「あぁ、大丈夫です。それにこの後すぐ、治療をして貰いますのでお気遣いなく」
部屋の中にはパラディンと共に、天パーで小柄な優男、アリナスがいる。介護関係の話でもしてたのかな?
「隊長、さっそく今回の件についてですがーー」
ガオウが代表して、ドナイールの廃坑で会った少年について、またその少年が背後に黒幕がいる事を匂わせていた事、そして怪物と化した少年を倒した私達が、逆に命を狙われる危険性があったため痕跡を残さないようにしてその場から脱出した事を伝えた。
「そうだったのですか。実はですねーー」
隊長は昨日の朝一番、廃坑にいた犯罪者を倒した者達が名乗り出たという事で、手配書を取り下げる通知が回って来た事を伝えた。
そして隊長は考える素振りをみせ唸った後、話を再開させる。
「どうやらこの件、これ以上下手に首を突っ込まないほうが良いかもしれませんね」
そう、明らかに危険な香りがするんだけど。……あの女性が見せてくれた悲惨な光景、そして彼女の助けを求める想いが頭をかすめる。
「隊長! 」
そして思わず、声が出てしまっていた。
「ミケさん、どうされました? 」
しかし、そこから声が出せなかった。
隊長に相談をしたらならば、もしかするとバレヘルの皆んなであの施設を探し子供達を救おうと言いだすかも知れない。しかし恐らく相手は国に属する者達なため、最悪レギザイール軍を敵に回す可能性が出てくる。そんな巨大な相手と戦争なんかしても結果は見えているし、国家反逆罪で私達隊員は処刑されるだろう。
いや、もしかしたら隊員だけに留まらず、近親者達まで罰を受ける可能性がある。
かと言って私一人では何も出来ないし……。
こうしている今もあの研究所では実験が繰り返され、連れ去られた子供達が苦しんでいるのだろうに。
……ダメだ。いくら考えても、解決の糸口が見つからない。くそっ、腹立たしい、無力な自身に苛立ちが募る。
「ミケさん? 」
「……すみません、なんでもないです」
「何かあったら、いつでも言って来て下さいね。相談ならいつでものれますので」
そこで隊長は、私から視線を外すと斜め下へと移動をさせる。
「ところでネゴットさんは、こちらへはどのような要件で? 」
その質問にガオウが言い忘れていたとばかりに声を上げる。
「あっ、肝心のネゴさんの今後について何も話してなかったですね」
そこでネゴットがずいっと前に歩み出て、背筋をピンと伸ばし大きく胸を張った。
「パラディン殿、しばらく世話になるぞい」
「えぇ、そうでし……ええっ!」
驚きの声を上げる隊長。そして驚き冷めやらぬところに、更に追い討ちがかかる。
『バーーン! 』
突然のドアを蹴破る音、そして開いた扉から一人の者がドカドカと入ってきた。その者とは何故か不機嫌な面持ちのガナベリア。
そして開いたままの扉の影から申し訳なさそうにマリモンがこちらを見ている事から、彼は侵入を止めようと試みた事と、それが失敗に終わってしまった事が伺えた。
「だ、だ、誰ですか? 」
アリナスがガナベリアの殺気溢れる眼光に押され、後退りをしながら質問をした。
「ガナベリア嬢! 」
それに対し、ガオウがガナベリアの胸を凝視しながら心底嬉しそうに叫んだ。
そこでガナベリアが、グイッと表情を無理やり笑顔へ変えた。
「おうっ、これから私もやっかいになるからな! 」
「えっ、ええーー! 」
その言葉にガオウが目を輝かせる中、私と隊長の声がハモった。
この後詳しく聞いた話によると、ようはガナベリア、会社をクビになったらしい。原因は賞金稼ぎで街を離れる事を会社に言い忘れていた事が発端で、無断欠勤であると犬猿の仲である同期の女性に問い詰められ、その際思わず手が出てしまったらしい。鼻血を流しながら気絶をした女性は、その会社の社長の親族にあたるそうらしく、「二度と来るな」とガナベリアはその場で解雇を言い渡されたそうだ。
「あのカマトト、殴ってせいせいしたよ! それにまぁ、バレヘル連合も私がいれば鬼に金棒だろっ! 」
ウチは来るものは拒まない組織です。よって隊長が拒否をする事はないんでしょうけど。
「に、にぎやかになりそうですね」
バレルヘルムで素顔は見えないけど、隊長の笑顔は引き攣っているに違いない。
「騎士様〜、そろそろ約束の買い物の時間ですわよ〜」
そこにふらふらと入って来たタルト姫、とその護衛の色白な騎士のスノーさん。今日は護衛一人の日のようだ。
そしてタルト姫がガナベリアに気づいた。そして視線は一点で釘付けになってしまう。
その視線に気づいたガナベリアが、自身の胸とタルト姫の胸を見比べ、悪そうな表情で吐き捨てるようにして言う。
「なんだこのお子様は? 」
「なっ、お子様ですって!? あなた、あなたはわざわざ胸を出してるから露出狂なんでしょ! よく見れば知性の欠片も残ってなさそうな顔をしてますわね! 」
「あぁあ? 」
ガナベリアがピンと脚を伸ばした状態で腰を思いっきり折り、そうする事によってまだ成長盛りのタルト姫を下から見上げるようにしてガンを飛ばしだす。
「二人ともやめるんだ! おっぱいには上も下もないんだ! おっぱいはみんな平等なんだ! 」
馬鹿なガオウが二人の間に入り仲裁しようとした。どさくさに紛れてガナベリアの胸に手を触れながら。
「おお、これはラッキーすけーー」
「邪魔だー! 」
ガオウが何かを口走っている時に、ガナベリアの鉄拳がガオウの顔面に突き刺さった。
「……邪魔ですわ! 」
そしてよろけ倒れたところをタルト姫がゲシゲシと足蹴にする。
ん?
なんでタルト姫が足を出すほど怒っているのだろうか? ……そうか、ガオウが口では上も下もないと言っていたのに、実際にはガナベリアの胸の方へだけ手を伸ばしたため、姫は大小による差別を受けたと判断したのであろう。
といつの間にかタルト姫に加わり、ガナベリアもガオウを踏み始め出していた。
しかしガオウ、おそらくラッキーすけべに見せかけるためわざわざ声にまで出したんでしょうけど、あれはどっからどう見ても完全に故意、つまり痴漢をしたのである。
なおもガオウは踏みつけられている。
捕まって牢屋に入れられないだけ、幸せに思いなさい。
こうしてバレヘル連合に新たな仲間が加わり、さらに日々の話題に事欠かなくなった。
しかしその頃、レギザイール国の北部では街規模での住人の失踪が相次いでおり、そのもぬけの殻となった街には、ごく微小の宝石だけが残されると言う不可解な事件が起きていた。
そしてその調査役にはドリルが所属する特務部隊が選ばれ、彼等は四人揃って現地入りをしたところであった。




