夢の空中戦
「突風系高等魔法!」
左腕を地面へ向かって振り下ろし、地を蹴ると同時に魔法を発動。
カザンが開けてくれた上空へと、一気に駆け上がった。
凄まじい速さで景色が下へ落ちていく。そして一瞬でセスカの悪夢が目の前にまで来るが、ここで魔具を使用しさらに一歩上へと昇る。
奴を完全に見下ろす位置に来ると、乱れた髪の隙間からツルリとした肌が見え隠れしていた。間近で見ると気持ち悪さ倍増であります。
見上げる奴とこちらの目が合う。するとその大きな口をこれでもかと開き、びっしりと奥まで生えた鋭い牙を見せつけた。そして髪の一本一本が凄い勢いで黒い蛇へと変わっていく、が問題はない。
今度は両足の魔具を同時に発動。奴の頭上を通り過ぎた先は、根を張ると言う行為のために建物へと伸ばしている大量の髪の束。シグナの狙いは最初からこちらだ。
奴は髪の束方面からも急いで黒い蛇を作ろうとしたようだが、完全に虚を突いたため、シグナが間近に接近したときでも出来上がったのは何匹のみ。
そこへ魔竜長剣の斬撃面で一閃!
化け物から建物へと伸びた髪の束を、奴の根元近くから切り離すことに成功した。
そう、実は今回、目的は奴を倒す事ではなく、髪の量を大幅に減らすことであったのだ。
切り離された髪の束は空中で霧散していく。
化け物は切断面からドス黒い液体を撒き散らす。そしてこちらを見ずに、悲鳴をあげながら飛んで逃げていった。
よし、借りは返したぞ!
落下を始めていたシグナは、魔具を使い近くの建物へ飛び移った。下に目をやるとカザンを取り囲んでいたヌイグルミ達が形を崩していき、カラフルな色になっていた場所は元の薄汚れた赤黒い壁へと戻っていった。
これで奴の髪が再生するまでの当分の間、カザンの負担も軽減するはずだ。
建物を降りると、カザンがこちらに向かって親指を立てていた。
「やったな、お疲れさん」
シグナは軽く手を上げ答える。
正直今回もカザンがいたからこその勝利である。並の使い手とでは、こうもすんなり事は進まなかったであろう。
と言うか、ぬいぐるみ戦は何もしなかったというより、完全にカザンのお荷物になってしまっていた。
反省である。
「じゃ、そろそろ戻るよ」
「おぉ、上手く行くといいな」
そしてカザンに力強く背中を叩かれたあたりで景色が揺らぎ、意識が遠のいていった。
次に目を開けば暗い部屋に転移しており、目の前にはカザンが座っている。
夢の世界から無事に戻ってこれたか。
自身が進んでやった事なのだが、なんか凄い疲労感が身体を覆っていて怠い。
やはりあの世界に入り浸だっているカザンは、尊敬に値する高大な人物である。
それからシグナはカードを拝借し牢獄を後にすると、その足で役所に向かって歩いていた。
ああ、空気が美味い。
開放感が一杯すぎて、両手を思いっきり上へ伸ばして叫びたい衝動に駆られるが、人目があるため伸びだけにしておく。
結果大きな欠伸が出た。
しかしのんびり休んでなんかいられない。これからが本番なのである。
そんなこんなでシグナは目的地である役所の前に辿り着いていた。




