夢の地上戦
カザンに出来なくてシグナに出来る事。それは空中での戦闘である。
と言っても数歩分しか空中に留まれないのだが。
とにかくまずは奴の懐にまで接近しないと話にならないので、今回も双頭の飛竜戦と同じく大幅なショートカットを試みるつもりです。
それはシグナが唯一扱う魔法であり、いつも魔具で発動させている風魔法の呪文詠唱版、突風系高等魔法である。
この魔法は対象を吹き飛ばす程の突風を起こす魔法であるが制御が難しく、発動させる際術者に結構な反動が生じる。
そのため自身が体制を崩さないために発動とは真逆である背後に五箇所の風を出すのが正規の姿だ。
ただシグナの場合は自身が高速移動するのに使用するため、そのような制御は必要ない。
と言うか繊細な制御なんて出来ないというのがオチであり、移動に使うにしても扱いが難しいため実戦では上空へ飛び上がるぐらいにしか使ったことがなかったりする。
とにかくこの魔法で一気に近づいたら、あとは魔具を駆使しての空中戦を仕掛けるのだ。
問題は詠唱時間中、意識が散漫になってしまう事だが、まあ詠唱に必要な魔法のイメージをしながらでも少しの間だけなら奴らの攻撃は躱せるだろう。
そうと決まれば善は急げ。カザンに目で合図を送り、呪文の詠唱のために必要な風のイメージを創り始めていく。
「ギィャャャヤヤーー! 」
突然の事だった。
腹の底から身体がビリビリと震える。奴が強烈な泣き声をあげたのだ。
もう臭いのには鼻が慣れて気にならなくなっているが、あんな大声をこちらに向かって発せられると煩くて堪らない。
おかげでやり直しだ。
心を落ち着かせるんだ、……よし! そして再度辺りの風が自身に集まってくるイメージを開始する。
「シグナ、来るぞ! 」
カザンがシグナを守る形で、眼前に立つと大剣を構えた。
周囲に気を配る。取り囲むようにしている黒い蛇のようなもの達が上空に浮かぶ奴の鳴き声に呼応したのか、こちらを一斉に見る形で動きを止めていた。
『ビタンッ』
その内の一匹が空へと向け飛び跳ねた、かと思うとそれに釣られて次々とその場で飛び跳ねる蛇達。
体をウネウネとさせながら上昇し、弧を描くようにしてそのまま上空から降ってくる黒い蛇の群れ。
カザンが両腕に力を込めた! そして虚空を一振り、生まれた剣圧で黒い蛇達の塊を吹き飛ばす。
シグナは一応魔竜長剣を正眼に構えてはいるが、自身が唯一扱う風の呪文の詠唱の最中である。下手に動けない。兎に角詠唱だ!
「四方を司る従順なる魔獣よ、汝の天駆ける裏葉色のーー」
次は槍を手にしたヌイグルミ達がこちらを二重三重と取り囲む形で前進してくる。
カザンは単身突撃すると、上段からの一振りで三体のヌイグルミを斬り飛ばす事により地面に叩きつけたのち、バックステップでこちらに戻った。
そしてシグナの左脇に肩を入れ担ぐ。
そこで反対側から詰めて来ていたヌイグルミ達が一斉に槍を突き出して来た。
その突き出された槍の先端は蛇へと戻り、軌道を変えながら突き進んで来る。
カザンはこれを回避するべく、シグナを担いだまま上空へジャンプ。
そこでシグナの準備が完了した。
「カザン、オッケーだ! 」
そう言ってシグナはカザンの手から離れ、二人の落下を狙うヌイグルミ達の槍を魔竜長剣の殴打面で巧みにいなしながらそのうちの一体を破壊し着地。
背中ではカザンが着地と同時に数体のヌイグルミを斬り飛ばしたようだ。
そこへ再度黒い蛇達が飛び跳ねると、上空を覆うようにして降り注いでくる。
カザンは先程と同じ様に一振りでそれ等を蹴散らす。
いつ見てもカッコ良い。剣を極めた者はその一振り一振りが必殺の剣へと変わる。シグナが辿り着くにはあと何年、いや辿り着く事が出来るのだろうか。
などと悠長に考えている暇はない!
シグナは呪文を力ある言葉と共に発動させた。




