熱気に包まれしゼド8
炎の勢いで崩れ落ちる建物。
今シグナ達の周りには文字通り炎の壁が幾つも出来上がりつつある。
まずは早い事、ここから脱出をしなければ。
とそこでーー。
「……シグナ」
「あぁ」
クロムが見上げる先、火の手が弱い建物の上から黒布を頭からスッポリと纏った黒騎士が一人、こちらを見下ろしていた。
しかし上手いこといかないものだな。こいつ、かなりの手練れだ。
そこで魔道士が身につけていた黒布が黒騎士の方へとゆらゆら流れてきた。
なんだ、あの黒布の膨らみ、何かがおかしい。後ろからではあるが、まるで人の頭がそこにあるかのようにフード部分に膨らみが見られる。
そしてこちらへ向いたフードの部分には、青白い女性の顔が浮かび上がっていた。
それだけでも驚く事なのだが、次に起こった事でその事を忘れてしまいそうになる。
不意に流れた風が、黒騎士のフード部分をめくったのだ。
フードの下から現れた胸まである長い癖毛と素顔、それが視界に飛び込んできた事により突然心臓が大きく伸縮を始め、思わず呼吸が止まりそうになる。
「……先生」
隣でクロムの掠れ声が聞こえた。
そう、見間違えるはずなどない。
あそこに立つのは、共に旅をし剣技は勿論、人としても多くを学ばせて貰った大恩人である人。
カザンである。
カザンはここにシグナとクロムがいる事に気付いていないのか、一度もこちらに視線を向ける事なく串刺し状態の巨人兵の元へ降り立つと、静かに必殺の構えをとる。
そう、驀進悪鬼羅刹。
カザンは大剣での強烈な突きで巨人兵の鎧ごと胸元を貫くと、手元をグリグリと動かし引き抜いた。
その大剣の切っ先には、乳白色の魔宝石が乗っている。
そして大剣を振ることによって魔宝石を青白い女性の顔が浮かび上がる黒布へ飛ばすと、初めて顔をこちらに向いた。
しかしシグナの願いも虚しく、カザンは攻撃体勢を取った。
遠目からでもその溢れ出るオーラが感じ取れる。その睨みだけで邪魔するものを吹き飛ばしてしまいそうな力。
この迫力、まごうことなきカザンである。
「カザン! 俺達がわからないのか!? 」
とそこで、カザンは顔に手をあてがい跪く。
手の平で顔面を抑える姿は苦しそうでもあるが、指の隙間からこちらを覗く瞳は敵意をむき出しにしている。
黒目を真紅に、白目部分を黒色に染めて。
そしてカザンは両膝を付き蹲ると、苦しみながらも片手を横へ伸ばす。
そこに浮遊してきた黒布が巻きつくと、カザンは地面を蹴り炎の壁の方へ。
カザンは大剣で炎の壁を真っ二つに斬り裂くと、そのまま揺らめく炎の中へと消えていった。
それからシグナ達は生き残った人達と協力して街の消火にあたるが、その間ずっと頭の片隅には変わり果てたカザンの姿がこびりついてしまっていた。




