熱気に包まれしゼド6
熱風が吹き荒ぶ中あちらこちらから悲鳴が上がり、炎の向こう側には逃げ惑う人々の姿が見える。
いくら風の魔法があるからと言っても、この火の勢いだと早くなんとかして脱出しないと手遅れになるかもしれない。
しかしあの魔道士は大丈夫なのだろうか?
いくら真下に火の気がないとはいえ、そこかしこに上がる炎の熱で上空は地表とは比べものにならないぐらい熱いだろうに。
いや、空を自在に移動する魔道士の姿が揺らめいて見えている。
何かの障壁が奴の周りに展開されているようだが……風なのか?
その時後方から激しい音と共に大小様々な瓦礫が転がってくる。
クロムが相手をしている巨人兵の攻撃が、クロムを捉えきれずその近くにあった建ち並ぶ住宅の一部を破壊したのだ。
クロムは魔道士を警戒しているため、その殆どを避ける事に専念せざるを得ない状況である。
つまりシグナがあの魔道士をどうにかしなければならない。
風と共にほんのりと肉が焦げた香りが届く中、シグナは魔道士に向かい地を蹴る。
しかしあの魔道士、先程の炎の雨で魔力を全て使い果たしたのではないのか?
そんな考えとは裏腹に魔道士から一筋の雷が放たれた。シグナはそれを風を使って躱す事はせず、自身のコートを広げ身を縮める。するとコートに直撃した雷はシグナには届かず、生地を滑るようにして後方へと流れて行った。
雷魔法は四属性の中で一番の速度を誇るがコントロールが難しい。
そんな魔法を風を使用していないとはいえ、駆けるシグナに対し正確に当ててきたのは大したものである。
しかしシグナのコートはクロムの姉から贈呈された特別な品であった。
火炎ビートルの腸に雷光鳥の羽根が織り込まれた生地は炎属性と雷属性両方の耐性能力を併せ持っており、先程のような魔具程度の攻撃ならば今のような芸当は造作無いぐらいに高い仕様である。
魔道士から続けざまに放たれた鋭利な氷の雨を、シグナは風を解放して躱していく。
くそっ、瞬時に状況判断してコートで防げば破れてしまう氷に切り変えてきたか。
今のは武器で防いでも良かったが、先程炎系の魔法を弾くのに使用している。
シグナは日頃から武器の劣化に繋がる事がないように心がけており、魔力に余裕がある時や耐久力の面から考えて無闇に剣で防がない方が良いと判断した時は惜しみなく魔力を使うようになっていた。
しかし奴の魔力は無尽蔵なのか?
シグナ達と遭遇してから使用した魔法だけでも、概算だが40は超えているはずだ。
いや、風の防壁や黒布をはためかせ空を飛んでいるのも魔法だろうから、それ以上か。
それと魔道士はスピードに乗った状態で魔法を打ち出しているため、移動スピードが加算された魔法が飛んで来ていた。
シグナはそれらを時には風を解放し、時には剣で防ぎながら凌いでいっている。
そしてスピードに乗って迫ってくる魔道士から、奴との開戦の狼煙となった魔具による炎の塊の雨が斜に降り注ぎだした。
シグナは四方八方何重にも降り注ぐその攻撃を、魔竜長剣とコート、そして風の魔具の全てを総動員して防御に徹し立ち回る事により、爆炎の中から上方へと飛び出す事に成功した。
ふぅー、魔宝石の力が残っていれば楽だったんだろうにな。
無い物ねだりをしてもしょうがないか。
シグナの魔宝石は風の力を完全に失っており、今では元通り、光るだけの石に戻っていた。
ただし今まで全然鍛えていなかった訳ではない。
唯一使える風の魔法だけはクロムと同じように別の事をしながらでも、しかもクロムと同等の速さで呪文を構築出来るようになっていた。
「突風系高等魔法!」
高速で流れ出す景色。
しかし魔道士へ直接向かうのではなく、少し離れた場所へと突き進む。
この魔道士が使う魔法に魔法を乗せる戦法、以前からクロムも実戦で使えるように研究をしていた。そしてシグナはそれをマネし唯一使える魔法で特訓を続けた。
魔具の風を解放し、勢いを消さないよう魔道士の方へ角度を変えていく。
そして再度唱えた!
「突風系高等魔法!」
目標物と定めた一点以外が高速に流れ、幾千もの線となって通り過ぎていく。
この攻撃は自殺行為に等しいとクロムに馬鹿にされた。
しかしシグナは以前の魔宝石の風と同等近くのスピードが出るこの二重がけを、モノにした。
魔道士の横を切り裂く影。
そして首を切断された魔道士の頭が、黒布から零れ落ちると地表に向かって落下を始めた。




