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勇者カザン

 しかし臭うな。

 街に足を踏み入れ進んでいくと、所々漂う赤黒い霧と一緒に硫黄のような生臭いえた臭いも充満しており、そのあまりの臭さに思わず咳が出てしまう。

 シグナはその場で俯き呼吸を整えると、魔竜長剣ドラゴンソードをいつでも扱えるよう静かに握りしめた。


 ここからは何が飛び出すか分からない。建ち並ぶ廃墟や物陰からは距離を取りつつ、辺りの物音や気配に気を配りながら慎重に大通りを進んで行く。

 その時、シグナの耳が風に乗って届いた低い女性のすすり泣く声を捉える。

 それは段々とこちらへと近づいて来ているようで、泣き声が次第に鮮明に大きくなって来た。


 そしてそいつは霧を引き連れ、建物の影を縫って飛来して来た。

 人の大きさぐらいある黒髪の塊である魔物、セスカの悪夢。

 乱れた黒髪の中央部からは、ゆで卵のような質感で形状の青白い皮膚が顔を出し、そこには大きな一つ目と鋭い牙がズラリと並んでいる大きく裂けた口だけが存在していた。


 奴は獲物を狙うかのように、廃墟の上部からその姿の半分だけを覗かせこちらを見下ろしている。妖気のようなものが発されているのか、ただ見られているだけなのだが、半端なく重苦しい。

 そして奴は油断ならない。考えていないようで考えているのだ。

 今回は泣き声を上げ近づいて来たが、黙って身を潜めじっと獲物が近づくのを待つ事もある。


 しかしこいつがここに居るという事は、即ちカザンも近くにいるという事である。


 その時立ち込める霧に一陣の鋭い風が吹きつけ、その風によって切り裂かれた隙間から人影が飛び出してきた。

 そしてこちらに気付いたその人影が、こちらに向かい声をかける。


「おー、シグナではないか」


 声の主は二メートルを超える長身に筋骨粒々の鋼の肉体を持つ、この世界に入る際に水晶の前で座っていた大男、勇者カザンである。


 しかしなんと表現すれば良いのだろうか。カザンが隣に来ただけで、例えどんな困難な状況に陥ったとしても、どうにかなってしまうと言う雰囲気にいつもなれる。そんな心強い空気を持つ男カザン。彼はまさに百人力と言う言葉がふさわーー。

 突然シグナの思考を遮るほどの揺れが頭を襲う。


「……カザン、揺らしすぎ」


 カザンはシグナの頭に手を置くと、親が子にするような、髪の毛がぼさぼさになるぐらいのナデナデをして見せた。そして笑う。


「ハッハッハッ、こんな所までどうしたんだ? 何か困った事でもあったのか? 」


 流石カザン、と言うか普通にそうなるか。


「それが街でいい奴に出会ったんだ。それで、今そいつが困っているんだ」


 カザンは、「ほぉ」とだけ言うとこちらの言葉の続きを待つ。

 ……あぁ、あの時もそうだった。シグナの言葉をしっかりと聞き、受け止めてくれた。


 因みに今こうしてカザンと話している間、セスカの悪夢はこちらを観察するのみで何かをしてこようとはしていない。

 奴はカザンを警戒しているのだ。

 現にこれを機に襲ってこようものなら、その瞬間を心待ちにしているカザンの反撃を受けることになるだろう。

 シグナも最悪躱すぐらいは出来るよう、意識から奴を外さないようにしている。


「そいつは警備兵でめっちゃ頑張っているんだけど、仕事で足を引っ張る奴がいるんだ。それでカザンの名前を少し借りたいんだけど、いい?」

「名を貸すことは構わないが、私も一緒に行ったほうが良いか? 」

「いやいや、そんな大層な話じゃないから」


「そうか」と言ったカザンは、クリスタル製のカードを一枚取り出す。

 カードの中には大小の宝石や様々な金貨が散りばめられており、七色に輝くそれは、誰が見ても高価な物であることが一目でわかる代物である。

 そしてカードにはレギザイール王国の特使である事がしっかりと刻まれており、このカード自体が現在、国内ではカザンを指す証となっている。


「ここを出たら私の内ポケットにある、これを持って行くと良いだろう」


 ちなみに他の者がこれを使うと言う事は、カザンの代理と言う事を意味する。

 代理が不正で使ったり何か問題を起こせば、カザンだけに留まらずレギザイール王国にも迷惑が掛かってくる。

 カザンにとってこのカードを他人に渡すと言う事は、はっきり言ってリスクでしかない。

 ただ単に信頼してくれているのだ。またシグナの事を思ってくれての判断でもあるだろう。


 役所の人間、カザンの名を出してコテンパンに上から貶してやろうかと思っていたが、少し考えを改めてスマートにいくか。

 しかしここまでしてくれるとは、カザンには本当に頭が上がらない。

 この人にはいつか、何かどでかい恩返しをする事がシグナの夢の一つである。

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