【エピローグ】時の狭間の宿屋さん
ここは少し変わった宿屋さん。
部屋で休んでいるお客さん達は、ずっとずっと寝むりについています。
でも二階に泊まっているVIPなお客さんは、睡眠を取ることをずっとずっと拒み続けてずっとずっと起きてるそうです。
ずっと寝てるのと、ずっと起きているの、どちらも疲れそうなので私には無理です。
そんなこんなで少し変わった宿屋さんには、住み込みで男の人が働いています。
とてもとても不思議な人が。
「よく言われます」
黒のタキシードに身を包む執事さんは、読心術をマスターしているようで、よく人様の心の呟きを掬い上げては返事をしてくれます。
執事さん、少しありがた迷惑だよ。
「申し訳ございません」
そして執事さんの隣に佇むのはオト魔女さん。
ついさっきこの宿屋を訪れたのですが、どうやら私と師匠は、この人に殺されたそうであります。
ついさっき。
そのためこの宿屋で私達を見たオト魔女さんの第一声が、『あらびっくりしたわね』でした。
うん……って、おーい!
びっくりしたのはこちらの方なんですけど!
なんてったって、死んでるそうですから。しかもこのオト魔女さんの手によって。
ただ、死んだ実感が全く湧かないんですよねー。普通に触れて、普通に会話出来ているもので。
師匠なんか時間が勿体無いと、図書館のほうに行く始末だし。しかも生前より晴れやかな表情で。
でもどうやら死んだ事は間違いないようです。
まぁー、心残りがあるとすれば、残した兄が人様に粗相をしないか、一人で無事に生きていけるのか、が唯一の心配、心残りです。
そんな事を考えていると、執事さんが此方の顔を見ながら笑います。
失礼な!
……って、あれ?
初めてです。
執事さんがいつものように作った表情では無く、心から溢れ出たような笑顔を見せるのは。
「大変失礼致しました。しかし貴女様は、本当に楽しいお方ですね。私は出来る事ならば、貴女様に一生御使いしたいものですが……」
……それってもしかして、告白とかじゃないのかな!?
暫くすると執事さんはいつものような作られた笑顔に戻りますが、その表情にはどこか暖かさが滲み出ているようにも見えちゃいます。
「そうそう、貴女様の記憶でしか知りえませんので確証はありませんが、貴女様の兄上様は、どうやら少しだけ、混ざってしまっているようですね」
「混ざる? 」
「えぇ、混ざるで御座います」
「それって、どう言う事? 」
「詳しくはお答え出来ませんが、ヒントを述べるならば、貴女様のように色濃く出た人様達と縁深き人生を送る可能性が高い、と言う事になります」
「もー、また意味わかんないよ。とくにその『色濃く出た人』ってなんなの? それに私が入っちゃってるの? 」
「えぇそれは間違いありません、貴女様は色濃く出た人様に御座います。そしてこの事に関してはこれ以上お答え出来ませんが、仮に私の推測が正しければ、兄上様に心配は無用だと思われます」
頭がスッキリしないのは残念だけど、兄が無事に暮らせそうなので、それならそれでいいかも。
そして執事さんは、どうやら心配している私にこの事を伝えたくて、わざわざこのお話をしてくれたわけになるようです。
サンキューサンキュー。
すると執事さんは、深くお辞儀をしてくれました。
っと、そう言えば、私死んじゃってるんですよね? でも今までとなんら変わらないんですけど?
すると執事さんが説明を始めてくれます。
「死んだのは器となっている肉体であって、精神は変わらず、であります。そのためここにいる限りは、差異を感じる事はございません」
「へぇー」
「そろそろ良いかしら? 」
そう言って置いてけぼりになっていたオト魔女さんが、私の前に割り込むようにして立つと執事さんと向かい合います。
失礼な人!
と思うかもしれませんが、さっきのやりとりを知っているだけに、これぐらいでは気にならなくなってます。
だって最初、言葉を失っちゃいましたから。
オト魔女さんが訪れた時、イソ魔女さんでした。
彼女は丁寧に話している執事さんに向けて、いきなり爆炎魔法で攻撃しようとしたのですよ。結局不発に終わり、今に至ってますが。
執事さん曰く、『この館内では相手を傷つける事は不可能』なんだそうです。ついでに時間の流れが遅いことをイソ魔女さんに伝えていました。
そうそう彼女と会った時、急いでいたっぽいのでイソ魔女さん。
それからすっかり大人しくなってしまったのでオト魔女さんです。
「単刀直入に言うわ、知識が欲しいの。色々と教えてくれる? 」
「私がここに存在する意義は、現在三つでございます。そしてその中で一番新しいモノが、貴方様にお会いになりその終わり無き旅を終結させるための知識を提供させて頂く手助けをする事、となります。ですから私めに出来る事でしたら、なんなりとお申し付け下さい」
執事さんは身体を折り曲げお辞儀をします。
「……そう」
「それから、長い間お疲れ様でした」
すると仮面を取り付けたかのように無表情だったオト魔女さんが、顔を歪め泣き出しそうな表情になりました。
「さっ、こちらにどうぞ」
オト魔女さんは、俯いたまま執事さんの先導で知識の間へと消えました。
あ!
そう言えば私、死んだらしいけど成仏しないといけないのかな?
するといつの間に戻ってきたのか、執事さんが話し始めます。
「それも選択肢の内の一つでございますが、お気が済むまでこちらで記憶と言う名の本に目を通すもよし、時折訪れるお客様との会話を楽しむもよし、であります。……もう少ししましたら、私の代わりに執事業を行う事も出来るやもしれませんし。どれを選ぶも、貴女様次第でございます」
うん? 代わり?
「代わりとな? それは初耳じゃな」
オト魔女さんと入れ替わるように知識の部屋から退出していた師匠が話に加わります。
「歯車が回り始めて時間が経過しておりますので、間も無く次のステージへと変わるやもしれないのです。さすれば、そのような選択肢も選ぶ事が出来る、程度で御考え頂ければ幸いであります」
「代わりを引き受けた場合、お主はどうなるのじゃ? 」
師匠が気になる部分を聞いてくれました。
「シュバイツァー様、その件につきましては、秘密事項の一つとなります。そのためお話しする事は叶いません。ご了承願います」
「でも選ぶって言ってもなー、どうしようかなー? 師匠はどうするのですか? 」
「そうじゃの、わしは肩の荷が下りた事じゃし、取り敢えず読書じゃ。その後は知らん」
私は密かに執事業に興味を抱いていると、知識の間からオト魔女さんが出てきました。短い時間だったけど、必要な情報は見つかったのかな?
オト魔女さんの表情は、最初とは違い生気が宿った感じがします。
そしてオト魔女さんは、「短い間だったけど、楽しかったわ」と言葉を残してこのちょっと不思議な宿屋さんを後にしました。
その後の読書で知ったのだけど、あのオト魔女さんはとてもとても可哀想な人でした。
必死に進むために悪い事も沢山したけれど、千年もの間、終わりの見えない旅を延々と続けてる、とてもとても可哀想な人。
皆さん、ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。そしてこの章を書き上げるのに、半年以上も時間をかけてしまい申し訳ありませんでした。
次の章は今年中には始めたいと考えておりますので、良ければこれからもよろしくお願いします。
ちなみに六章ですが、『魔王城と解き放たれる者達(仮)』となります。




