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変形抜刀術

 小さな刃が回転する事により、隙間風が吹き荒ぶような甲高い音が確実に近付いて来ています。

 私は平静を保つよう努力をしながら、研ぎ澄ませた神経を伸ばし左手に握る盾へと張り巡らせるイメージをします。

 試しに僅かに盾を動かし、手足のように自在に、また指先のような細かな微調整も出来る事を確認します。

 これならーー。

 真正面に構えていた盾を斜めに構えなおすと、振り下ろされる黒の大剣の横っ腹を盾で押し出す形で右から左へなぎ払います。


 するとジユゥンっと金属が切り取られる音。

 そして程なくしてカランと言う乾いた音も。


 その音の正体は、バーレスの剣が殆ど軌道を変えることなく地面までの最短距離を突き進む事により、その間にあった私の盾の下半分を斬り落とした音でした。

 盾に体重をかけていた私は、跳ね返される形で右に体勢を崩します。それをなんとか右足一本で踏ん張ると、右手の剣で当初の予定通り斬りつけようとバーレスの頭部に狙いを定めます。相手は次の攻撃に移るべく黒剣を体に引き寄せ始めていました。

 バーレスの体勢、恐らく突きが来ます。しかも斬れ味が凄まじい、先程と同じ風の回転刃付きの攻撃で。

 しかし相手の防御不能の攻撃を止める手立ては……、このまま相打ち覚悟で仕掛けるしか道はないのでしょうか?

 その時ふと黒の大剣に違和感を感じ、良く見ます。すると黒の大剣からは先程のような回転刃は出ていませんでした。

 これは、もしかしてーー。

 そして突きが繰り出され、同時に隙間風が吹き荒ぶような甲高い音が鳴り始めます。刃を横に向けた煌めく刀身が、私の心臓目掛けて突き進んでいます。

 後方は論外ですが横に避けてしまっても、黒の大剣から生えた風の刃に触れてしまい助かる確率は限りなく低いでしょう。

 そして頭の中で思案する中、既に身体は反射的に動き出していました。そうですね、そこしかありません。迫る黒剣の下方へと駄目元で潜り込むしか。


 腹筋から首筋を中心とした全ての筋力を使い身体をくの字に倒し、防具の重みも利用してそのまま姿勢を低くしていきます。

 そして刹那の間隙ののち、体勢が完全に崩れてしまっていますがしゃがみ込む事に成功した私の上を、ありとあらゆるものでもその進みを止める事が出来ないであろう突きが通り過ぎていきます。

 そしてバーレスの伸びきった腕に握られた黒の大剣の刀身から、推測通り回転刃が消えていきます。やはり空飛ぶ風の刃と同じように、剣を振るった時にのみ風の回転刃が現れるようです。


 そして今は、窮地の後の好機!

 しかし低い姿勢のまま左脚を一歩踏み出した所で気が付きます、攻撃手段である私が手にする剣の向きに。まず剣を握る右手が自身の斜め後方にあり、それに加えて刃先が真後ろを向いているのです。これでは最短距離の攻撃である突きを出そうとしても、一度剣の向きを変える必要があります。

 いえ、諦めるには早すぎます!


 私は左腕で持つ盾を手放すと、その左手で右手から奪うようにして剣を持ち替えます。

 そして自身の剣の刀身を下から上へと押し上げながら、バーレスが引こうとしている黒の大剣の刀身とピッタリ一本のつるぎのように重ねると、今度は空いた右手で二本を擦れないよう握り締めます。

 頭をひょっこり黒の大剣の下から左に出すと、目標であるバーレスの首を確認します。そして私の剣を左手一本で引き抜きます。

 少し本来の形とは違いますが、原理は居合い抜きと同じ。

 そして即席の鞘から引き抜かれた私の剣が、何者をも捉えず私の左上へと移動しました。


「なんと! 」


 そこでバーレスは理解したようです。私が移動の手段として一連の動作を行った事を。そして感嘆の声を上げたのです、笑みを浮かべて。

 高速で上空に放たれた剣を、弧を描くようにしてそのまま振り下ろします。

 そして、笑みを浮かべたバーレスの首を捉え、跳ね飛ばしました。


 こうしてバラガの総人口に近い九千人の死者を出した『バラガの悲劇』と語り継がれる惨劇は幕を閉じ、ミケ達と無事合流を果たしたパラディン達は、翌朝運良く生き延びた人達と共に、救援にきたレギザイール軍に発見されるのであった。

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