セスカの悪夢
ずっと雨の音を聞いていた気がする。
そして意識が徐々に回復して行く中で、その音はすでに聞こえなくなっていた。
体全体に湿った風を感じ、目を開けば辺りは濃淡のある赤黒い霧に包まれていた。
むせ返るほどの大量の霧の切れ間からは、見上げる程の建物の一部が見え隠れする。
そこで突然吹いた一陣の強烈な向かい風が、シグナに纏わり付く霧を溶かして行く。
そして霧が晴れていくと、レギザイールの城下町とは違う別の街の大通りに立っている事に気づかされた。
通り沿いに建ち並ぶ見上げる程の高さがある建物や足元の石畳には、所々赤い苔のようなものがこぶり付いている。
……視線を感じる。
咄嗟に空を見上げれば紅蓮の空が広がっており、急流を流れる枯葉のように漆黒の雲が次から次へと押し寄せては流れていく。
気のせい、か。
しかしよかった。以前この世界に来たとき、あの黒い雲が空一面を覆うと雨が降った。赤色のそれは若干粘り気があり、濡れるたび不快な気分にさせられた。
カザン曰くここは夢の中らしい。
そしてこの夢の世界の主は、『セスカの悪夢』と呼ばれる魔物である。
二年も前から、元気だった者が寝たまま帰らぬ人になるという事がセスカの街で起こり始めた。
主に裕福な家庭や魔法使い達の間で起こるそれは、これまで原因不明の新種の病という見解であったのだが先月事態が一変する。
生存者と名乗る者が現れ、証言で夢の中に住む魔物の存在が囁かれるようになったのだ。
その者は夢から覚めると手元にあった水晶が床に落ち割れていた。あの悪夢から生還できたのはこの水晶が割れたからなのでは? そして悪夢の原因はこの水晶だったのでは? と考えたその者は、人に馬鹿にされながらも従者を使い街中の水晶を掻き集め一つ一つ確認させた。そして何かが常に渦巻いているあの濁った水晶を見つけ出したのだ。
わかっている事は四つ。
水晶の半径5メートル以内で長い間瞳を閉ざすとその世界に引きずり込まれてしまい、水晶内に一人しかいない時にはどんなに揺すっても抜け出す事が出来ない。その水晶自体を破壊すれば一人でも帰ってくる事が出来るが、その世界に誰もいなくなると化け物が他の水晶に移動してしまう事もある、と言う事である。
そうそうもう一つ、武器や防具の持ち込みは、引きずり込まれる際に身につけていた物に限るようだ。
レギザイールがまだ二つの国であった頃からの古い記述にも載っていない魔物。時代の片隅に時折出現する新種の魔、という見解でレギザイール王国はこれを認識した。
そこで特務部隊のカザンが指名され、部下のシグナと共にその夢の中の魔物を調査、そして可能ならば討伐することになったのだが、ほぼ魔物の能力について情報がなかったため一度追い詰めるも、空を飛ばれてしまった時点で何も出来なくなってしまった。
魔法使いか弓使いを呼び寄せる案も考えたが、かなりの体術を有したものでないと呼び寄せた助っ人の命が危ないため、カザンは帰国を決断する。
秘宝である星の魔法石の力を使い、魔物を封印することを。
満月の日に力を開放する魔法石。一説では神々の所有物であるとされ、所持者には知識を授けまたその光には魔を封印する力があるらしい。
今回カザンの口から星の魔法石を使うと聞くまでは、実在していることすら実は知らなかった。この知識もおとぎ話で聞いただけなので合っているかどうか定かではないが、カザン曰く封印する力は間違いなくあるそうだ。
そしてカザンは現在、この魔物が他の水晶へ移らないようずっとこの魔物と対峙しているのである。
さてと、とにかくここへ来た目的、カザンを探すとするか。




